第29話(乱射事件)
通り魔事件の影響で平穏な生活が送れなくなった詩音。
気分転換の為、AM国のリゾート地へと向かったが、そこでも事件に巻き込まれてしまうのだった......
詩音と莉空は、無事にHWI州OAF島の国際空港に到着。
すると、事前に連絡を受けていた海未と紗良が2人を迎えに来て待っていてくれたのだ。
「久しぶりです、海未先輩、紗良先輩」
莉空が嬉しそうな表情で、頭を下げて挨拶をする。
「いや〜、莉空君、すっかり顔が別人だね~。 話は聞いていたけど全然わからなかったよ」
海未は握手をしながら、久しぶりに会った感想を述べる。
母エリンが掛けていた『平凡』にする魔術が解けたことで、大きく容貌が変化したからだ。
「詩音も感じが変わったね~。 もう異能者では無く、伝説の魔術師になっちゃったって聞くと、なんだか少し寂しい気もするな〜」
紗良は詩音とハグをしながら、そんなことを話すのだった。
すると、詩音の瞳がダークパープル色に変化する。
「詩音、その瞳の色は?」
「私はリヴ・レヴ。 お二方とは初めましてだね。 詩音同様によろしく〜」
あえて雰囲気を変えて、改めて挨拶をしたのであった。
「瞳の色を変えると、2人が入れ替わるの?」
紗良が詩音に質問をする。
「いえ。 もう2人に違いは無いんですよ」
瞳の色はダークパープルのまま、詩音が答える。
「なるほど〜。 よくわからないけど、完全に同一ってことなんだね」
海未の答えに頷く詩音。
「とりあえず、俺の別宅に向かおうか? 長時間移動の疲れで、ひと休みしたいだろ?」
その言葉を合図に、4人は海未が所有する別荘へと向かう。
リゾート特有の弾けた雰囲気のある空港ターミナル内。
4人は久しぶりの再会で、少しはしゃぎながら、20歳前後の若者らしく、迎えの車へと歩いて行くのだった。
その4人の様子を監視している人物が複数居ることに、全く気付かないまま......
「何だか楽しそうだな〜。 俺達と違って」
監視者の一組目の男が同僚に話し掛ける。
「そりゃそうだろうよ。 まさか東KYOから尾行されているなんて、全く気付いていない様子だからな」
「あんなガキ共に追尾がバレたら、俺達クビだよ」
2人はそんな会話をしながら、4人の後を距離を空けてついて行く。
「行先は、大金持ち3人のうち、誰かの別荘だろ? それだけ判れば、今は十分だから」
そんな会話をしながら、現地の協力者が準備したレンタカーに乗り込む2人の男。
彼等は、十年ほど前に公安等を組織改編して新設されたNH国情報保安局の情報員であった。
詩音が、情報保安局の調査対象になったのは、例の2つの事件の関係者であったからだ。
連続性犯罪事件の取調べは、世間の注目を浴びた重要事件の為、HK道警察本部の捜査員が行っていた。
そこに今回の通り魔事件の発生。
被害者とはいえ、詩音に対する微妙な疑念が、警察本部から本庁へと情報が上がり、それが情報保安局へ。
ちょうどそのタイミングで、詩音が急遽AM国に渡るという情報が入り、怪しいと睨まれて追尾されることになったのだ。
監視者の二組目は、ヒイロ・アンダーソン少佐が所属するAM国軍の特別チームの関係者であった。
異能者が4人、詩音は異能者扱いではなくなったので、実質3人であるが、それが一同に集まるという連絡が海未より入ったことで、警護をする為に、OAF島到着時から監視が始まったのであった。
そして、三組目。
これは、謎の欧米系女性外国人。
ただ一人で、目的は不明。
所属組織も不明。
詩音だけをジーッと監視し続けている。
そこには、得も言われぬ不気味さも漂っていたのだが、詩音は全く気付いていなかったのだ。
4人は海未の別荘に到着すると、テンションMAXに。
異能者であることによる現実世界での恩恵のお蔭で、大富豪の海未らしい、贅沢な別荘。
これには、唯一の庶民である莉空もビックリ仰天。
「めちゃくちゃ広い〜」
「まさか、専属シェフまで居るの?」
「次の戦いで命を落とすかもしれないって、今回の異能者の戦いで俺と紗良は実感したんだよ。 俺達みたいな普通のスキルしか持っていない異能者は、運が良くなければ長くは生き残れないだろうってね。 高い防御スキルが有った蒼空君ですら亡くなるぐらいだから」
海未は、贅沢をしている理由を説明する。
「現実世界では可能な限り、やりたいことは出来る内に全部やっておこうって思ったんだ」
「次回は、詩音も聖月も居ないのでしょ? 厳しい戦いになるよね」
紗良は、数年後のことを既に気にしている様な、少し暗い表情を見せながら、
「莉空君、めちゃくちゃ強くなったんでしょ? 魔術も一部使えるって聞いたよ。 詩音が居ないのだから、莉空君に護って貰おうかな?」
そう言って、莉空の背中を軽く叩くのだった。
2人のそんな話を聞くと、莉空も心配になる。
すると、詩音が、
「次回は、多分リン・シェーロンが味方になってくれると思うよ。 だから、攻撃はリンを中心に、防御は莉空を中心に戦えば、大丈夫だよ」
未確定だが、少しは気休めになる情報を海未と紗良に話したのであった。
翌日。
海未の案内で観光を始める4人。
HWI州のOAF島を巡る。
3組の尾行者もそれぞれが、それぞれの目的を持って、追跡を続ける。
幸い、OAF島は多くの観光客がおり、尾行しても目に付くことは無い。
水着に着替えた4人。
某有名ビーチで日光浴を始めたのだ。
「詩音の水着姿って初めて見る〜」
紗良も美女だとは言え、詩音には敵わない。
実は、詩音の容姿は長ずるにつれて、レヴの容貌と同一へと変化していた。
もし、或る襲撃が発生しておらず、2人が別々の存在のままであったならば、本来の詩音の容貌は全く異なるものになっていたのだ。
そのことを知っているのは、詩音当人だけ。
「その傷は?」
脇腹に目立つ程の切創があり、まだ数日しか経っていなかったので、傷口が塞がっただけの状態。
「これが、例の通り魔事件で刺された傷なの」
詩音は不本意という感じで答えると、水着の上から大きなTシャツを着て、傷を隠そうとする。
そういう行動は、年頃の女の子らしい。
「じゃあ、あまり水着にはなりたく無いのよね?」
「そうなのだけど、やっぱりOAF島に来て、一度も着ないのもなんだかね~」
紗良の問い掛けに、そんな答えをした詩音。
だから、一旦水着姿になったのだ。
日光浴をしてノンビリ過ごしていると、時間が経つのは早い。
徐々に日も傾き始めたので、海未の別荘に戻ることに。
迎えに来た車両に乗り込む詩音達4人。
その4人を追尾する3組の追跡者。
自分達以外の追跡者の存在に気付いたのは、AM軍特別チームの護衛者達であった。
「アイツ等、何者だ?」
「NH国人かな?」
「シオンの護衛か?」
「いや、今回護衛は付いていないとの情報だ」
「となると......」
特別チームは、NH国情報保安局員の尾行者への対応策を考え始める。
流石に選ばれし人達のチーム。
寄せ集めの、決してプロとは言えないNH国情報保安局の情報員とは、経験値と地力が異なる。
「あの東洋人達が明日も居たら、応援を呼んで確保してしまおう」
その様な結論となっていたのであった。
そして、その二組をも視界に入れている、ただ一人の追尾者。
女性追尾者のターゲットは、詩音のみ。
この日も特に動くことは無く、遠くから監視をしているだけであった。
到着3日目。
この日はショッピングセンターに向かう4人。
海未の運転する車両で、センターへ。
駐車場に車を停めて、大型のショッピングセンターの建物内へと入って行く詩音達4人。
それを追尾する情報保安局の情報員2名。
そして、情報員を追跡する特別チームのメンバー。
4人が立ち止まって、ある店に入ったところで、NH国情報保安局の情報員は、AM軍特別チームのメンバーに囲まれてしまっていた。
「しまった......」
周囲に見えないよう、さり気なく銃を突き付けられ、
「動くな」
と命令される。
ここはAM国。
両手を上げて、素直に従うしかない。
東KYOから詩音を追尾して来た2人の男は、特別チームの手中に墜ちたのであった。
「お前達は、なぜあの4人の若者を追尾しているのだ」
その場で始まる尋問。
情報員2名のうち、階級が上の男が答える。
「上司の命令によりです」
そのフザけた答えに、
「我々はAM軍だ。 そんな答えしか出来ないのなら、身柄を拘束させて貰う」
そう言って、男2人の両手に手錠が掛かった時であった。
突如ショッピングセンター内の直ぐ近くで、銃の乱射が始まったのだ。
男1人が防弾チョッキを着て武装し、四方八方に銃撃をしている。
それは無差別乱射の様に見えたが、よくよく見てみると、狙いは詩音達の様であった。
「キャー」
「とにかく逃げろー」
「オーマイガッ」
「神様ー」
「アーメン」
多くの人々が混乱に陥り、それぞれが大声を上げて逃げ始める。
銃撃を浴びた人達は、激しい流血と共にスローモーションの様な感じで、ショッピングセンター内の通路上に倒れてゆく。
4人の若者の周囲に居た人達が次々倒れ、銃撃は詩音を目掛けて乱射......
同時に数十発の銃弾が詩音を襲う。
『ヤバい。 避けられない』
海未も紗良も莉空もそう感じて、体勢を低くしながら身構える。
その時であった。
詩音の周囲では、銃弾が何かにぶつかって勢いを失い、床上に転がり落ち続けたのだ。
その後も銃撃犯はしつこく詩音を狙い、自動小銃を撃ち続けるも、全ての銃弾が同じ状況に。
やがてこの犯人は、AM軍特別チームの銃撃を受け、射殺されたのであった。
鳴り響くサイレン。
警察や救急隊がやって来て、負傷者の救護や死亡した犯人の確保等が直ぐに行われる。
詩音の直ぐ近くに居た多くの人々は、なぜ自分達が助かったのか、全く理解出来ていない。
銃撃犯は、射殺される迄100発以上の銃弾を連続的に撃っていたのだから......
その大半の銃弾は、詩音が張った防御魔術オプス・イスカチニによって、その運動エネルギーを吸収されてしまい、空間上で突然推進力を喪失し、床上に次々と落下していたのであった。
そして特別チームの現場責任者らしい男が、莉空達4人に近づいてきた。
「海未・ルフェール様。 これはいったい......」
銃弾が人々に命中せず、床上に沢山落ちている状況を見て、海未にその理由の説明を求めたのだ。
「俺や紗良の力ではありませんよ。 僕達は現実世界では普通の人間です。 異能者のスキルは一切使えません」
その様に答えた時、
「私はアールヴ・エルフ。 だから現実世界でも特別な力を使えるのです」
詩音が責任者に向かって答えたので、今度は莉空が驚く。
「詩音。 そのことを話しても大丈夫なの?」
と。
「シオン様が......貴女はいつ、エルフになったのですか?」
詩音の言葉に、信じられないという表情で答えた責任者。
その問いに、今度は無言を貫く詩音。
誰が詩音達を狙っているかわからないので、安易に答えられない。
そのことを察した現場責任者は、直ぐに状況を何処かへと連絡すると、
「シオン様。 私共のトップの者が、話をしたいと言っております。 どうなさいますか?」
「それならば、海未の別荘でお話しましょうか。 あそこならば、特別チームの方々も警護し易いでしょ? どうも、誰かに狙われている様なので」
詩音も、続けざまに事件に遭遇したことで、警戒心を強めている。
「ところで、チームの人達が確保しているあの男2人は? 今回の銃撃事件と関わりが有るのですか?」
質問をしながら詩音は、少し離れたところで手錠を掛けられ、壁を向いて座らされている自国人の方に近付き、その顔を確認して、記憶を呼び戻そうとする。
「この2人......そうだ、機内で見たわ。 私と莉空がビジネスクラスに居た時、エコノミークラスの客なのに入り込んで来て、CAさんに注意されていた人」
その言葉を聞き、男2名に対する尋問の必要性を認めた責任者。
そして、詩音に自己紹介をする。
「私は、AM軍特別チームのジョン・シュミット中佐と申します。 どうぞお見知りおきを」
「シオン・アキヅキです。 今更自己紹介は必要無いですかね? 別名はリヴ・レヴ。 現実世界で唯一人のアールヴ。 人々がエルフと呼ぶ架空世界のモデルとなった異人の最後の生き残りです」
その答えに再び驚く中佐。
「詳しいお話は、トップの方が来られた時にしましょうか? 代わりに特別チームが確保したあの男達のことを聞かせて下さいね」
詩音は笑顔で答えると、頷いた中佐。
「シオン様。 貴女のお蔭で、数十人の善良な市民が命を落とさずに済みました。 彼等に代わって御礼申しあげます」
最後に、丁寧な挨拶をすると、男2人を取り調べる為、一旦その場を離れる特別チーム。
詩音達も、現場に駆け付けた警察や救急隊の聴取を終えると、海未の別荘に戻ることにしたのであった。
AM軍特別チームに身柄を拘束された情報保安局の男2人。
確保時に、銃撃乱射事件が発生したこともあって、厳しい追及を受けていた。
2人がAM軍に逮捕されたとの情報が入ったNH国側から、そのことに対する抗議が入るも、乱射事件との関連性が有るので、拘束を解くことは出来ないと回答されると、それ以上の抗議は行われなかった。
「お前達は、何者だ」
厳しい追及にも、のらりくらりと躱す2人。
名前や所属等も答えないので、パスポートを一旦没収して、人定を調査することに。
「手間ばかり掛けさせやがって」
そうした態度が、余計にAM軍の怒りを買ってしまう。
当初、尋問は部下に任せていたが、埒が明かないので仕方なくシュミット中佐自身が事情聴取に乗り出すことに。
「あの若者4人は、我々AM軍の保護対象者だぞ。 なぜ尾行していたのだ」
その言葉を聞き、
『璃月詩音がAM軍の保護対象者? 随分不味い相手を追尾してしまっていたのだな......』
そう思った情報員の角隈大樹。
ただ言葉には出さず、
「私達は上司からの命令で追尾していたに過ぎません。 その理由は聞かされていないのです」
半分嘘、半分本当のことで有るその答え。
「そんな言い方ばかりで良いのか? お前達を拘束した途端、あの乱射事件。 当然、関連性を疑っている。 我々の保護対象者が狙われたのかもしれないからな」
その強い言葉に、少し動揺してしまう角隈情報員。
「それに、君達の身柄拘束に対して、直ぐにNH国から抗議が入ったよ。 そのことだけを見ても、君達がNH国の情報部員だと言っているようなものだよな? ダイキ・ツノクマ」
名前や所属も把握されてしまったことを知り、流石に言い訳をしないと不味いことになるかもしれないと考え始める。
暫く考えてから、
「わかりました。 このままだと乱射事件の関係者にされてしまいそうなので、お話します」
と答えたのだった。
その後の言い分によると、
『追尾していたのは璃月詩音だけであり、それも情報収集の為であったこと。 今回の乱射事件の直前に、札P市内で詩音が通り魔の被害に遭ったこと。 その時の通り魔の犯人が不自然な焼死をしたことで、詩音が調査の対象になったこと』
等を説明したのだった。
詩音の尾行理由が判明し、少し考え込むシュミット中佐。
「そちらの言い分はわかった。 暫く身柄は拘束されるが、その理由は同盟国である我が国の国内で、諜報員が勝手に情報収集活動をしたことに対してであるからな。 通告無しにその様な活動をするのは安保条約違反と国際法に触れる行為だ」
その様に告げられ、天を仰ぐ角隈諜報員。
部下の身の安全のことも考え、一定の事実を話さざるを得なかったと、自身に言い訳をしたのであった。
一方、別荘に戻った4人。
「今回の乱射事件で、私が狙われているってハッキリわかったね」
詩音の言葉に莉空が、
「それって、ルキフェルの連中?」
と心配そうに確認する。
「この間の通り魔の犯人といい、今日の銃撃犯といい、マインドコントロールの様なものを使って、操っていたのだと思う」
「それって、魔術?」
「現実世界で魔術を使えるのは、私だけ。 ルキフェルの連中にも使えないわ。 でも、それに準じた何かなのだろうと思う。 マインドコントロールと言っても、チップを脳に埋め込んだりする方法とかなのかな?」
詩音は、人を操る方法について、自身の考えを語る。
「詳しいことは、AM軍の特別チームの代表が来たら、みんなの前で話すわ。 魔術や異能者に関して、私なりの考えをね」
そう答えると、それ以上、この話題には触れなかった。
『現実世界に魔術が存在する筈は無い。 でも、レヴには使うことが出来る。 一旦なぜなんだろう』
莉空は、今日の出来事を目の当たりにして、その様なことを考え始めていたのだった。




