第20話(争いの予兆)
アールヴ(エルフ)の伝説の魔術師リヴ・レヴ。
彼女は多くの魔術師の師匠であった。
闇の勢力ルキフェルの罠に嵌ってから所在不明で有ったが、詩音と共に存在していた。
そして、ファエサルを襲撃する計画を察知。
新たな戦いが始まる予感がする出来事であった......
その頃、アウダ・アイン・ファエサルは、自宅のある砂漠の中の大都市DBIに戻っていた。
ファエサルは45歳。
リンより歳上で、莉空の母エリン・ベッキ・ブローリーと同い年であった。
しかも、異能者の戦いでは敵味方別れて戦う立場だったものの、ファエサルとエリンはリヴ・レヴ門下では非常に珍しい、同期同門の魔術師同士。
基本的にレヴは、同時代に一人しか弟子を取らないからである。
【「レヴ。 私の今の魔術、完璧でしょ?」
14歳のエリンがファエサルの方を一瞥しながら、自慢気に確認する。
しかしレヴは、最近手に入れた聖刀『ハイヤーン』を磨きながら、エリンの魔術の出来具合には興味無さそうに、
「エリン、グッドジョブ」
と超適当な返事をする。
「師匠〜、俺の魔術の方が完璧ですよね?」
ライバル心剥き出しで師に確認をする14歳のファエサル。
「アウダも良くできました~」
ところがレヴは、ファエサルにも簡単な褒める返事をしただけで、やはり魔術の出来具合にはあまり興味が無い。
その態度に不満を持ったエリンが思わず、
「レヴは、どうしていつもそんな感じなのですか? 私達のライバル心だけ煽っておいて、魔術が上手くなると途端に興味が無くなる」
と、レヴに不満をぶつける。
ファエサルもウンウンと頷いて、珍しくエリンに同意。
「ゴメン。 私、ライバルとか居たことないから、そういう気持ちって、よくわからないんだ」
レヴは2人の弟子の抗議に少し驚いて、反射的に謝罪する。
「......」
思わず黙ってしまうエリンとファエサル。
師匠は、ただ一人だけ生き残っていると言われているアールヴと呼ばれる種族の者。
人間とは感情や気持ちに差異が有るのだ。
「魔術は、良くできたとかじゃないんだよね。 自分と仲間の命を護る武器であり、盾でもある。 2人は今後、異能者として命のやり取りをする世界に出て行く義務を背負わされているの。 だから私のもとで学ぶことになったのでしょ?」
「はい、そうです」
「だったら師匠である私にアピールしても意味は無いんだよね。 自分自身で納得出来るものになる迄、魔術一つ一つを突き詰める。 出来る様になったら私に言って。 そうなったら新たな魔術を私から教わって身に付ける。 それを愚直に繰り返していけば、ピンチでヤバい時に、必ず身に付けた魔術が2人を助けてくれるから」
「わかりました」
「私、人間じゃないから、人の思考回路や感情を理解出来ない部分も沢山有るんだよ。 その点だけは承知しておいてね」
「はい」
見た目は、人間と殆ど変わらない背の高い美少女であるリヴ・レヴ。
胸の膨らみが小さいことと、耳が少し大きく先が尖っている位しか外観の異なる部分は無い。
だから、ついつい人間だと思って接してしまう、エリンとファエサルなのであった。
その後は、師匠にアピールする為ではなく、自身が生き残ることに重点を置いた訓練へと移行出来た2人。
結局、エリンは運悪く亡くなってしまったが、ファエサルはレヴの訓練のお蔭で、この年齢迄生き残ることが出来た。
その秘訣は、やはり『神をも超越する伝説の魔術師』と言われたリヴ・レヴから教わった、究極の強力魔術を幾つか使えることにある。
それぞれの弟子の特性や能力に合わせて、何の出し惜しみもなく、超強力魔術を教えてくれたレヴ。
レヴは人間では無いから、出し惜しみとか妬みとかの感情を殆ど持っていないことが大きかった。
その後、リン・シェーロンを最後にリヴ・レヴの弟子は居ないと言われている。
しかも、リンは魔術師では無く、純粋にルキフェル討伐の為の弟子であった。
弟子が途切れたのは、その師匠自身が、ルキフェルの待ち伏せ攻撃で亡くなった?からだ。 本当に亡くなったかどうかは不明であったが......】
『どうしたのだろう。 数年ぶりにレヴの夢を見たな。 しかも30年以上前の出来事のだった』
ファエサルは、そんなことを考えながら、ビジネスでの今日の訪問地へと向かう準備を始める。
すると、リンから特殊な暗号化された通信文が届いた。
それを解読して確認すると、
『不完全ながらリヴ・レヴと逢えたよ。 やはり彼女は死んでいなかった』
という短い文であった。
ファエサルは、直ぐに通信文を消去しながら、
『やっぱりな。 これで生き残って来た意味があった』
と思い、物凄く嬉しそうな表情をしながら、気合を入れ直して出発する。
リヴ・レヴに関わりがあった人は、みんな彼女が好き。
最強の魔術師で、戦いの世界では超スマートなのに、普段、人間(アールヴなので厳密に言えば人間では無いが)としては天然で、周囲の助けが無いとマトモに生活していけないのではないかという心配をしてしまう程の緩さを兼ね備え?ている。
しかも、見た目は美少女。
周囲の人を魅了する部分満載の人物なのであった。
出発して暫くすると、プライベートジェット機の中で、知らない人からのメールが届く。
それは、
「危険。 行先を変更せよ」
との短い文だけであった。
『何だろう。 このメールは......』
少し考えるファエサル。
すると、レヴの言葉を思い出す。
「私達は魔術師。 神々達や宇宙からの特別な力を体得し、体現する者。 もし摩訶不思議に思うような出来事があれば、それの示す方向へと向かうべし」
というものであった。
『今朝見た夢も、リン殿からの通信文も全てはレヴ繋がり。 これは神々の思召しかもしれない。 メールの警告に従おう』
そう決断したファエサル。
現実世界でのルキフェルの襲撃は普通に、爆弾や銃弾での攻撃である。
だから、空港でのテロかもしれない。
そう判断したファエサルは、急遽部下に行先変更を指示し、予定だったIRN国を止めて、次の予定地だったIND国へ向かうのであった。
そして、情報収集をしながらIND国に着くと、当初の訪問予定先だったIRN国のTHRN空港では、銃撃戦があったとのニュースを目にした。
『これは、ルキフェルによる、私への襲撃の残渣物なのだろう。 もし向かっていたら爆弾テロだった筈』
結局、THRN空港にファエサルが現れなかったので、形式上銃撃戦だけ引き起こして、色々な手段で扇動された一般テロリスト達のガス抜きをした。
そういう結果であると、ファエサルは判断したのであった。
このファエサルの危機を救ったのは詩音であった。
リヴ・レヴの最新の弟子である詩音。
弟子というよりは、徐々に一体化へと進んでいることに、薄々気付いていた。
かつては夢でしか会わなかったのだが、最近は直接脳内に語り掛けて来ることも多くなっていたからだ。
先の異能者の戦いで詩音がファエサルに放った『アンドロメダの涙』。
あれは、詩音が魔術を掛けたのではなく、レヴが放ったに等しかった。
詩音は『アンドロメダの涙』という精神攻撃系魔術の存在は、師から少しだけ聞いていたものの、見たことも教わったことも無かったのだから......
さっき詩音の奥深くに消えた筈のレヴであったが、ホテルへ戻る途中の詩音に、いきなり話し掛けてきた。
それは、
『ファエサルに行先変更の警告をして。 直ぐに』
という依頼。
「ファエサルの連絡先、私、知らないよ」
ブツブツ呟く詩音。
その様子に気づき、莉空が
「どうしたの?」
と確認する。
「師匠がファエサルに警告送ってって」
困った様子の詩音。
すると、
「ちょっと待って」
莉空が意外な返事をしながら、SINGP国に来る直前、詩音から貰った、少しだけ旧型の眼鏡型端末を操作する。
いつの間にか、リンのメールアドレスを教えて貰っていたようだ。
すると、リンからファエサルのアドレスを教えて貰う。
それを詩音に転送した莉空。
あまりの手際の良さに、
『もしかして、莉空の現実世界での恩寵スキルが目覚めた?』
そのことに気付いた詩音。
既に、現実世界における異能者の特典スキルが発動しまくっていた莉空なのであった。
「ありがとう、莉空」
教えて貰ったアドレスに、超短文を書いて直ぐ送信する。
「彼の能力ならば、これで十分だよね」
レヴに聞こえる様に声を出して確認する詩音。
しかし、特に返事は無かった。
それが、リヴ・レヴらしい。
彼女はあくまでアールヴ。
人間では無いので、要望が遂行されれば十分で、いちいち返事をする習慣は無い。
だから、周囲から見ると少し素っ気なく、冷たくも見えるが、そんなことは全く無いのである。
「最近、財布忘れたり、端末失くしたり、私のドジが増えてきたのって、レヴの影響?」
莉空にも聞こえる様に呟く詩音。
「多分、そうですよ。 異能者の戦いの最中、僕も詩音と魔術で長い時間融合していましたが、その時感じたもう一人の気配はリヴ・レヴっていう方だったのですね」
莉空でも、その影に気付いていたのだ。
強大な魔術師のリヴ・レヴ。
2人の融合はかなり進んでおり、それは詩音が魔術を使えば使う程進んでゆく。
異能者の戦いで、レヴの魔術と魔力を大量使用した詩音。
既に教わったというより、レヴそのものが魔術を使っているのに等しいのだ。
そのことにも、先程聞いたリンの話で気付いた。
外見も、レヴの面影が見られる程に迄変化してきている。
『いつかは飲み込まれてしまうのかもしれない』
そういう不安も少し持ち始めた詩音。
すると、
『飲み込むのではなく、2人が納得出来る形で融合していくから心配しないで』
レヴが詩音に語り掛けてきた。
『ルキフェルの討伐、再開するのね。 レヴ』
『うん。 もう少し貴方との融合が進んだら始める。 その時は莉空君を連れてゆくから。 その為の訓練も始めようかな』
詩音とレヴの脳内での会話が続く。
『リンとファエサルに、レヴの健在を知らせたのも、その準備だよね?』
『今、生き残っている私の弟子は数人。 詩音は弟子で無く、私そのものだから除くけど。 ルキフェル五大良将ぐらいならば、私と莉空で十分勝てる。 でも、三賢者とか大王やその側近クラスになると、2人だけでは不十分かな?』
少し不安を覚える詩音。
『とりあえず、莉空君の訓練からだね。 私と完全融合したら、それ以後は師匠と呼ばれる様になるのだから、今から教えることに慣れておいた方が良いよ』
そこまで話すと、レヴは詩音の奥底に隠れてしまった。
その後は、いくら話し掛けても返事は無い。
『師匠が私の中に入って7年。 ルキフェルの罠に嵌ったって、いったい師匠に何が有ったのだろう』
百戦錬磨のレヴが、簡単に肉体を喪失する事態に陥る筈が無い。
『きっと、何かの為に犠牲を払ったってことなのだろうな』
リンの話を聞いてから、その様に考える詩音であった。
ホテルに帰ると、暫くして聖月と蒼空も戻って来た。
「お父さんと良い話出来た?」
「うん、まあまあね」
聖月が答える。
すると、蒼空が詩音の頭の中に直接、
『リンと良い話が出来た様だね。 今回この国に来た最大の目的は、君とリンが話すことだったんだ。 異能者の戦い以外は参加しない僕と聖月のコンビとは異なり、君と莉空は長く戦い続けなければならない。 詩音はリヴ・レヴとの宿命も背負っているからね。 その為の一助になる、大事な話だったと思う。 陰ながら応援しているから、頑張って』
と語り掛けた。
『宿命?』
『いずれわかるよ。 レヴが話すだろうし』
『蒼空は、なんでリヴ・レヴを知っ......』
『僕は神獣だよ。 神々達が知っていることは僕も大体知っている』
『それと、聖月はルキフェルに狙われることは無いってこと?』
『ルキフェル側も、自分達の戦力になる可能性がある異能者を攻撃する必要は無いよね?』
その様に答えた。
『......』
聖月が襲われる心配が無いというのは良い情報だけれども、親友の天秤が思っていた以上に、微妙なバランスの上に立っているということにも、改めて気付かされた詩音であった。
「撮影してから、帰国するのでしょ?」
詩音が聖月に確認する。
「学校が始まるから、明日から3日間、撮影と契約関係で忙しいと思う。 詩音と莉空君はゆっくり滞在して過ごして」
聖月もなんかイキイキしている。
『悲しい出来事の後は、忙しい位の方がいいんだろうな』
そう思う詩音であった。
その後、神獣によるCM撮影は順調であった。
半分インチキみたいなものだが、どんな動物にも変身出来て、しかも求めるポーズが直ぐ出来る。
撮影する方も労力が数十分の1になって、時間もコストも大幅に圧縮出来る。
全員がWin-Winの関係になる、最高の提案と契約であった。
聖月は契約金を受け取ると、今回の経費を詩音に支払った。
「聖月、要らないって」
「いえ、受け取って。 蒼空の指示だから」
押し問答が続いたが、結局詩音は受け取った。
聖月を詩音への依存から独立させる。
負い目を一つでも減らすことが、聖月の心の天秤を安定させる筈。
その為の収入を得るのが、蒼空の目的であったのだ。
この間、詩音は聖月が居ないタイミングを見計らって、莉空を連れてパラレル世界に行っていた。
レヴの力を使えば、往き来出来ることを知ったので、ついに莉空の訓練を始めたのだ。
「お手柔らかに」
莉空が少しビクビクしている。
ここで、詩音の中からレヴが出て来た。
「私はリヴ・レヴ。 莉空、これから訓練を始めるよ」
「はい」
「先ず、目を瞑って」
素直に従う莉空。
「心を無にして。 既に貴方の中には、融合魔術で一体化していた時に、私が種を播いてあるから」
「......」
レヴは自身の魔力で莉空の封印を解く。
すると、莉空の中に魔力が満ち始めた。
『レヴ。 莉空って魔術師になる素養が有るの?』
『いえ。 あれはエリンの魔力。 莉空の母のね』
『そんなことが......』
『私がエリンの依頼で、そうしたのよ』
『もしかして、ファエサルの精神攻撃魔術の時、莉空の中で精霊の魔術師に出会ったのは......』
『ピンポンピンポン。 莉空の中にエリンの魔力が込められているからよ』
「莉空。 心の中で腕輪に力を求めてみて。 護る力を」
莉空は言われた通りにする。
すると、レヴが瞬間で攻撃魔術『ゴッド・ファイア』を莉空に放った。
攻撃したことだけでは無く、読み上げもなく、エンブレムも無いのに、中レベルの攻撃魔術を放ったことにも驚く詩音。
しかし、莉空は無事であった。
「まあ、最初としては合格ね。 その腕輪があれば魔術の文言を知らなくても、エリンが使えた魔術は全部使えるわ」
「そうなのですか?」
「莉空はお母さんに感謝するのよ。 彼女は貴方の運命を知って、最愛の我が子である莉空を護り続ける為に魔力を全部移したので、亡くなったのだから」
「そんなことが......」
「そうじゃなきゃ、異能者の戦いぐらいで死ぬ訳ないでしょ? 私の弟子なのだからね」
「腕輪が無いと使えないのですか?」
「貴方が唱文魔術を覚えれば使えるけど......莉空に魔術師としての素養は無いから、無理かな?」
「やっぱり、そうですよね」
「魔術師の素養有る人っていうのは、奇跡的な低出現率だから、当然なのよ」
「では、腕輪を失くせないですね。 絶対」
「ところで、大切なアルテミスの腕輪をこんな形にしたの誰よ?」
「リンさんですけど......」
「なんで、リンが? そもそもどうして莉空が持っているの」
レヴは完全に忘れていたようだ。
リンに貸していたことを......
詩音がそのことを指摘する。
「ゴメンゴメン。 私って忘れっぽいから」
『この人が師匠って大丈夫なのかな?』
『こら、詩音。 それは無いでしょ?』
そう詩音に向かっては心の中で言いながら、何かを唱え始めたレヴ。
すると、腕輪が莉空の腕に吸い込まれていった。
「これで、失くす心配ゼロ」
「僕の腕の中に?」
「一体化させたのよ。 特に健康被害は出ない筈だから......」
「筈だから......って......」
『こういう言い方をするところが、みんなの愛されキャラなんだろうな、師匠って』
詩音はそんなことを考えながら、訓練を見守り続ける。
腕輪が消えてからは、莉空が腕輪に集中する訓練を続けていた。
実物が消えると集中しにくくなるからだ。
それを繰り返す莉空とレヴ。
『私は、訓練しなくて良いの?』
レヴに確認する詩音。
『貴方は実践訓練だけ。 心を鍛えるの。 必要があれば、私が魔術放つから、新しい魔術覚える心配、もう要らないわよ』
『......』
『詩音は私で、私は詩音。 伝説の魔術師と絶世の魔術師が表裏一体になったの。 これからはね』
『絶世の魔術師?』
『詩音の異名よ。 もうこれは決まりだから』
『絶世か〜』
『気に要らない?』
『私、絶世って程では......』
『貴方は今迄の私の弟子で、最も魔力の強い魔術師なの。 だから良いんじゃない? 見た目も私の次に美しいし』
『次って......』
『美貌の件は冗談よ。 人間の美の基準って私にはよくわからないから』
「莉空。 もう少し集中しないと」
レヴが放つ攻撃の一部が莉空に命中して、痛そうな顔をする。
「頑丈ね。 今の攻撃が当たってもその程度で済むのだから」
「いえ、めちゃくちゃ痛いです」
「痛みが人間を強くするのです。 さあ、まだまだいきますよ」
レヴは、『アイス・ブレード』と呟くと、氷の刃が無数に莉空へ向かって突き刺さる。
莉空は集中して、防ぎ切ろうとするが、かなりの刃が防壁を突き抜ける。
幾つもの氷の刃が莉空の体に刺さるが、それでも莉空は防御を張り続ける。
意思だけは強固であった。
すると、防御魔術が変わった様だ。
最上級ランクの『オプス・イスカチニ』に。
そこでレヴは攻撃を止めた。
「『オプス・イスカチニ』が発動出来る様になれば、合格ね。 それがあれば、五大良将の攻撃は余裕で防げるでしょう」
「ありがとうございます」
痛そうな顔をしているが、莉空は丁寧に感謝の意を伝える。
「莉空君はイイ子ね。 誰かさんと大違い」
詩音に皮肉をいうレヴ。
そして、何かを呟くと、訓練で付いた莉空の傷が消えていった。
「あれ、痛みが無くなりました」
莉空が体を触りながら、不思議な感じを確認している。
「まあ、私の訓練はいつもこんな感じよ。 死ななければ、傷は全部治療しますからね」
「今日はここまでにしましょうか?」
「レヴさん、ありがとうございました」
詩音に向かって、莉空が他の人の名前を言いながら、挨拶をしているのは何だか不思議な感じがした。
「私は休むから、あとは詩音に任せるわ」
そう言うと、一瞬でホテルの部屋に戻り、レヴは居なくなった。
夕方に、聖月と蒼空(神獣)が帰って来た。
「今日も無事に終わった〜」
聖月は蒼空を抱っこしながら嬉しそう。
「詩音達は、何していたの?」
「ちょっと、ブラブラしただけよ」
パラレル世界に行って訓練をしていたことは、聖月と蒼空には秘密であったのだ。
「じゃあ、夜の街に繰り出しますか?」
聖月の提案で、美味しいもの探しに外出する3人と一匹。
特に詩音と聖月は、女の子らしく、腕を組みながら食べ物店を覗きつつ、愉しそうに夜の街歩きをしている。
多くの観光客や住民も、すれ違う人達皆が楽しそうな表情である。
全体的に暗い表情の人が多いNH国とはだいぶ異なる。
『平和な光景だなあ~』
莉空は蒼空を抱えながら、2人の後ろを歩く。
『蒼空。 お前が居たら、4人でダブルデート出来たのにな』
そう心の中で話し掛ける。
『もう、それは言わない約束だろ?』
『......』
『それに、これからが俺達の宿命の本番だよ。 だから、今は今出来ることを楽しめ、莉空。 両手に花でね』
蒼空はそう言うと、莉空の腕から降りて、地面を歩き出す。
『両手に花って......』
『学院の高嶺の花2人と関係を持っているのだから、両手に花だろ? 学院の連中に知れたら、殺されるかもな』
『蒼空。 僕と詩音は体の関係を持っていないよ。 それに殺されるって......大袈裟じゃない?』
『うそ、まだだったの。 じゃあゴメン、俺が憑依して聖月と......』
『詩音は聖月に強く背中押されたけど、2人で話して決めたんだ。 まだ知り合って1か月で、お互いそこまでの深い関係になるのは早過ぎる。 聖月と蒼空の関係で焦る必要無いってことでね』
蒼空は申し訳ない表情を見せながら、話題を少し変えた。
『しかし、この国は違うなあ~。 俺らの国と』
『活気があるよね』
『活気だけじゃないよ。 表情が明るくて、より良い未来に向かっているっていう感じ。 莉空と詩音ってこういう感じかな? それに比べて俺と聖月は......』
『......』
『もう色々知っているだろ?莉空も。 聖月の未来に灯りを照らし続けられるか? その踏ん張りどころなんだ、俺は』
黙ってしまう莉空。
最後に蒼空は、
『お互い、これからが茨の道になるだろうけど、頑張ろうな』
そう話し掛けると神獣は、一瞬幻想の蒼空を創り出し、莉空とグーでタッチしたのであった。




