第19話(リヴ・レヴの登場)
神獣の蒼空は、聖月の為に、自身の特性を生かした事業を展開する売り込みで、SINGP国のリンの元に向かう。
そこにおいて、謎であった詩音の魔術の師匠について、ようやく存在が明らかになる。
それがアールヴの人『リヴ・レヴ』なる者であった。
2日後。
莉空と詩音と聖月は、神獣の蒼空を連れて、SINGP国へ向かっていた。
蒼空だけは、動物用ケージで荷物室だったが、他の3人は快適な空の旅を楽しんでいる様であった。
一人を除いては。
かなり緊張している莉空。
飛行機の座席で身動き一つせず、固まったまま。
名前に『空』の字が入っているが、『りく』と読むので、地に足が付いていないと、駄目なタイプらしい。
その様子を誂って楽しんでいる詩音と聖月。
前日、蒼空が莉空に憑依して、儀式を済ませたこともあって、聖月は久しぶりに笑顔が多かった。
それに対して詩音は、複雑な感情を抱いていたが、といって何か言うつもりも無い。
何だか割り切れない、非常に微妙な心理状態であった。
夕方には到着して、入国手続きを済ませ、夜にはホテルにチェックインした3人と一匹。
翌日は、神獣(蒼空)がビジネスの用件をリンに直接語りかける様なので、3人はオマケという感じの予定だ。
翌々日には、詩音の父にも、ビジネスの話を持ち掛ける予定を蒼空(神獣)が急に言いだし、その手配で詩音はチェックイン後も結構忙しそうにしていた。
『「レヴ、これは?」
「女神アルテミスの忘れ形見の腕輪だよ」
「本当に? ただの古い汚い腕輪にしか見えないけど......」
「じゃあ、シェーロンに貸すから使ってみてよ」
「何の効果が有るの?」
「付けた人の防御力が上がるとか魔術が使える様になるとかだよ。 多分......」
「何で、多分が付くの?」
「神々達の聖蹟遺物って、そういうものなんだ」
「???」
「使う人によって、効果が有ったり、無かったりだからね〜」
「......」』
アールヴの伝説の魔術師「リヴ・レヴ」と過ごしていた若い頃の夢を久々に見たリン。
『珍しい夢を見たな。 そう言えば、あの腕輪を借りたままだった。 彼女は此の世の何処にも居ないと言われているから、もう返せ無いけど......』
そしてふと、彼女の面白い行動を、思い出し笑いしてしまう。
神々の時代だった頃の古物を集めるのが趣味のレヴ。
偽物を掴まされることが多いので、いつも大量のモノを魔術で小さくして持ち歩いている。
現実世界で、一人ご飯をしていると、支払いの時にしょっちゅうマゴついてしまう、普段は鈍臭いレヴ。
持っているお金のどれがその国の通貨なのか、よくわかっていないから、結局沢山持っている持ち物を引っ掻き回して、店の人や他の客の顰蹙を買うのがワンパターンであり、リンが弟子の頃は呼び出しを食らって、代わりに支払うこともしばしば。
しかし、そんな彼女も魔術師としては、神々達以上の実力と言われる程であり、一対一なら負け知らず。
数千年に渡り、一人敵対する暗黒勢力のルキフェルの者達と対峙し続けてきた。
ところが7年前、現実世界でルキフェルの五大良将を討伐中、謀略にかかり、ルキフェルの大王に一瞬の隙を突かれて、暗黒魔術『ブラッディー・ダークバーン』で体を焼かれてしまった「リヴ・レヴ」。
不死と言われていた筈だが......
あまりにも呆気なく倒されたので、擬態だとも噂されているが、真相は不明のまま。
当然のことながら、それ以後、誰も彼女の姿を見てはいない。
リンが、莉空達一行のアポイントメントを直ぐに受け入れたのには、訳があった。
詩音の防護に徹している莉空に、渡しておきたいものがあったからだ。
それが、この日いま夢で見たばかりの「リヴ・レヴ」から渡された腕輪である。
リン自身が使っても効果が何も無く、無用の長物となっていたのだ。
しかし今回、聖騎士ローランより聖剣を受け取ったことで、
『特別な力を発揮出来る神々の聖蹟遺物は、効果を受けられる者が所有すべきだ』
と考えを改めたからであった。
約束の時間の直前。
リンが病室で着替えて、対面の準備をしていると、突然、頭の中に声が響く。
『シェーロン。 聖剣レーヴザックスの存在をミヅキ・タチバナに知られてはなりません。 一旦、私が保管して隠すことにしましょう』
そんな内容だったので驚き、直ぐにベッドの横を確認すると、ファエサルから受け取った鞄ごと、聖剣が消えていたのであった。
『あの声はリヴ・レヴ......やはり今朝見た夢は何かと繋がっている。 ということは、彼女は何処かで存在し続けているということなのか?』
すると間もなく、莉空と詩音、それに聖月と神獣が病室にやって来た。
詩音は、見舞いの品を秘書に渡しながら、
「怪我の具合は如何でしょうか?」
と申し訳無さそうに挨拶をして、話しを始める。
「詩音さんのお蔭で、重傷とはいえども命に別状ありません。 こちらこそ礼を言わねばならない立場です」
「滅相もありません、リン様。 どうしてもこちらの神獣が、リン様とビジネスの件で話がしたいというので、お祖父様にお願いしてアポイントメントを取らせて頂きました。 快く受け入れて頂いて、ありがとうございます」
「いやあ、この通り、あの幻想空間での怪我で入院中ですから、何処にも行けずで、アポのタイミングが丁度良かったのですよ。 神獣がビジネスの話をしたいという点も面白いですからね」
「それで、神獣殿。 具体的にどういう話なのですか?」
すると蒼空は、直接リンの頭の中に話し掛けた。
『リンさんの傘下企業で、動物を使ったCMや商品のパッケージ等沢山ありますが、それを私にやらせて貰えないかという提案です。 私は中型サイズ迄の動物であれば、どんなモノにでも姿を変えることが出来ます。 神獣なので、求めるポージングはなんでも直ぐ出来ますし、撮影側の手間も大幅に省けて、しかもカワイイ見栄えのする犬や猫にも直ぐ成れます。 一石二鳥、いや一石三鳥の提案と思いませんか?』
「これは、驚いた。 それはその通りですけど、良いのですか。 神獣が金儲けしても?」
『私は、神々達のイジワルで、死なないとなれない神獣というスキルを持たされていました。 異能者としての良い思いを現実世界で何も受けていないのですから、これぐらいは当然の権利です』
蒼空はそう答えると、その場でカワイイ犬に変身して見せた。
「ははは。 これは凄い。 他の動物のタレントは全員仕事が無くなってしまいますね。 神獣に敵う筈が無いですから」
『先ずは、事情を知るリンさんに、このお話をさせて頂きました。 一番話が早いですから』
「わかりました。 面白そうなので、やってみましょう。 ところで、現実世界では神獣と契約を交わす訳にいかないので、保護者役が必要ですが?」
『それは、橘聖月に任せます。 形式上ですが、人間が契約しないと不都合ですからね』
「明後日には、部下に契約書を準備させますよ。 その後、先ずは試しに1件くらい撮影をさせて貰っても良いですか?」
かなり乗り気のリン。
あっという間に、本契約に迄進んでしまいそうであった。
その後、直ぐに秘書達を呼んで、指示をしたリン。
流石、凄腕の経営者という行動力であった。
「明日は、詩音のお父様と、同じ話をする予定です。 求める動物は異なるでしょうから、問題はありませんよね?」
聖月がリンに確認する。
「それは、もちろんですよ。 全く同じ動物で無ければ、問題ありません。 無数に変身出来るのですから、被ることは無いでしょうけど、その点だけは、お願いしますね」
リンは、神獣の方を見ながら、面白そうに笑うのであった。
その後、リンは神獣の愚痴を聞かされることとなった。
初めての戦いの時に殺されかけたことに対する......
『あの時、ほぼ死ななければ、きっとまだ人間でした』
と。
それに対して、リンは謝罪したが、
『おかしい。 殺さないように手加減していた筈なのに、瀕死に陥っていたとは......おそらく神々達が彼を神獣にする為に、俺の攻撃にそういう意図を込めたのだな。 彼を神獣にしなければならない理由と目的が有るのだろう、最初から』
そう感じたものの、リンがその考えをこの時点で口にすることは無かった。
そして、目的を果たした神獣と3人は、リンに挨拶をしてホテルに帰って行った。
その姿を病室から見送る。
『そうだ、腕輪を渡そうと思っていたのだった。 明日でイイか。 聖剣も探さないと不味いからな』
つい、神獣が持ち込んだビジネスの話に気を取られ、もう一つの肝心な用件を忘れてしまったことに気付いたのであった。
詩音は、最初の役割が無事終わり、一安心していた。
「蒼空。 明日はお父様と会うんでしょ? でも私は行かないよ。 あの人と顔合わせるのイヤだから」
あの人とは継母で、絶対に会いたく無い詩音。
その心情をわかっている聖月が、
「大丈夫よ。 私が蒼空と一緒に行くから。 詩音の継母さんは、名門とかに弱い人だからね」
詩音の継母は、旧公家の出身。
璃月家も歴史はあり、本家は大名家で有ったが、詩音の家は遠縁の分家でしかなく、それ程の名家とは言えない。
その為、継母はプライドの高さから、詩音を目の敵にしていた。
自分の子ではなく、詩音が跡継ぎと決められていることへの不満も含めて、詩音に対する当たりが非常にキツい。
詩音の父と継母は2人共、璃月家の血を引いていないので、詩音が跡継ぎであるのは、当然のことであるのだが......
それに対し、聖月の家は歴史的に活躍した有名武将も居る名門で、しかも本家筋。
だから、継母は聖月には比較的低姿勢であった。
「聖月、お願いね。 父にはよろしく言っておいて」
詩音はそうお願いすると、この話題は打ち切り。
その後は、都市国家SINGP国の超近代的な街歩きと食べ歩きを楽しむ3人と一匹であった。
翌日。
リンは莉空に、神々の聖蹟遺物と言われている『アルテミスの腕輪』を渡し忘れてしまったので、詩音に連絡を取る様秘書に指示した。
すると、詩音からも、
「確認して貰いたいものが有るから、病室を伺いたい」
という申し出があったということなので、いつでも構わないと伝える。
その後暫くすると、詩音と莉空の2人だけが、リンのもとを訪れて来た。
「昨日御伺いしたばかりなのに、申し訳ありません。 入院中でいらっしゃるのに」
「こちらも、そちらの彼に渡そうと思っていた品物があったので、丁度良かったですよ」
リンの秘書が、来客用に準備した椅子に座ってから、
「実は今朝方、夢の中で師匠から『リンさんの大事な物を一時的に預かったので、返してきなさい。 くれぐれも聖月には内緒で』って言われたのです。 持ち物を確認すると見慣れない鞄が有りましたから......」
詩音は、不思議なことを言い出し、魔術を使って小さくなっていた鞄を元の大きさに戻すのであった。
「現実世界でも、魔術が使えるのですか?」
レヴ以外に、現実世界で魔術を使う人を初めて見たリンは非常に驚いて、詩音に確認する。
「今回の戦いを終えてからです。 現実世界で襲撃されても対応出来る様にということでしょう」
『リヴ・レヴが居なくなって7年。 彼女による討伐が無くなって、ルキフェルの力が相当強くなっているということかな。 それとも暗黒魔術師ミヅキ・タチバナが直ぐ側に居るからだろうか?』
詩音の返事に、その様なことを考えていたリン。
「それで、この鞄はリンさんのですよね?」
「そうです」
「では、お返しします」
リンは、重い鞄を開けて中身を確認する。
すると、中身を見た詩音が、
「聖剣レーヴザックスだったのですね......」
と呟く。
「詩音さんは、レーヴザックスを知っているのですか?」
「はい。 師匠から少し話を聞いていますから」
師匠という言葉を複数回聞いて気になったリン。
「ところで師匠とは、どなたなのですか? もしよろしければ、名前をお聞かせ願えれば......」
すると、詩音は即答した。
「魔術の女神ヘカテーの化身で、アールヴです」
「アールヴ?」
「それで分かるからって言われていて。 私はそれが名前だと......」
「アールヴとは、よく会われるのですか?」
「いいえ。 アールヴは私の夢の中に出て来るだけです」
「それは、いつ頃からですか?」
「11歳の頃から......7年くらい前からですね」
「もしかして、実際に会ったことが無い?」
「一度もありません。 でも、確かに存在している感じですよ」
詩音がそこ迄話をすると、リヴ・レヴは悪戯心を刺激されたのだろう。
一瞬、詩音と入れ替わって見せた。
その姿を見たリン。
見間違いかとも思い、目をこすって、再確認しようとすると、詩音に戻っていた。
しかしそれは紛れもなく、リンが見知っている『リヴ・レヴ』そのものであった。
するとリンは、急に涙を見せ始め、
「本当に亡くなっているのかもと少し思い始めていましたが、やはりそんな筈は無かった。 まさか詩音さんと一体になって存在しているとは......」
と嬉しそうに話す。
その様子に戸惑った詩音は、
「私と一体? アールヴがですか?」
「そうです。 今、一瞬入れ替わったのですよ。 気付きませんでしたか?」
「いえ。 全く」
「私の知っている範囲でアールヴのこと、お話しましょうか?」
「是非、お願いします。 大半の魔術を教えてくれた師匠のこと、私は何も知らないので」
それからリンは、姿勢をキチンと正して、アールヴについて知っていることを話し始めた。
「アールヴはパラレル世界の住人で、絶滅した長命種族。 魔術を使う人達です」
「それでは、アールヴというのは、その人固有の名前では無いのですね?」
「種族名です。 詩音さんの師匠の名前は、リヴ・レヴ。 異能者の魔術師の大半の者の師匠にあたる方です」
「私だけでは無く?」
「ファエサル殿や、亡くなったエリン殿の師匠でもあります。 『◯◯◯の魔術師』と異名が付く魔術師達は、皆、彼女の弟子です」
「そんなに凄い人だったのですか? どうみても今の私と同い年くらいの、背が高い美女にしか見えないですけど......」
「年齢は3000歳以上と言われています。 不死と言われていましたが、当人いわく『寿命は有る』とのことでした。 7年前にルキフェルの魔術で肉体を焼かれてしまい、以後行方不明なのです」
「ルキフェルの魔術?」
「そうです。 別名暗黒魔術。 貴方の親友、聖月・橘が幻想空間を破壊する時に使ったのもそうです。 あれは超高難度の暗黒魔術『ダークネス・レヴェリー』というもの」
「どうして、それをリンさんが知っているのですか?」
「お二方は知らなかったのかもしれませんが、今や現実世界に於いても戦いが始まっているのです。 神々達の使者である我々異能者対ルキフェルの者達という構図で」
「ルキフェルとは?」
「神々達を裏切った者達、神々達に恨みを持つ者達の集まりの総称です。 大半は追放されたか、堕落して自ら降格した神々達とその使者(異能者)ですね」
「......」
「元、神々達ですから、能力は互角です。 徐々に勢力が強くなっていて、侮ることは出来ません。 私も何も知らない若い頃襲撃されて、あのダークネス・レヴェリーの空間に閉じ込められたことが有るのです」
「どうやって、あの空間から出れたのですか? 私達も異能者の戦いの時間切れで無ければ、あそこから出れなかったと思いますが......」
「リヴ・レヴに助け出されたのです。 彼女は異能者の戦いでは中立の立場。 人間達の世界についても、あまり興味は持っていません。 しかし、ルキフェルを非常に憎んでおり、一人でルキフェルと長い時間戦い続けているのです」
「その後、私はリヴ・レヴの弟子にして貰いました。 それから7年間、2人きりだけの、激しく、辛い戦い。 ルキフェルの魔術は異能者の生命力や魔力を吸い上げるので、私はしょっちゅうリヴ・レヴに助けて貰っていました......」
「でも、楽しくも有ったですよ。 リヴ・レヴは人間でいうと、天然なところが有るので、それが面白くて」
リンがそう言うと、詩音の中のリヴ・レヴは少し怒った顔を詩音の表情の上に重ねてみせた。
「敵の『精霊の魔術師』エリン・ベッキ・ブローリーや『幻想の魔術師』アウダ・アイン・ファエサルの2人の魔術師と4人一緒にパラレル世界で、ルキフェルの者達と半年間位戦ったことも有りました。 異能者の戦いの期間以外は、敵味方っていうのは関係無いですから」
そこまで話すと、リンは『あの頃は、みんな若かったなあ』と懐かしそうな顔を見せた。
『リンってこんな表情もするんだ』
詩音は新しい発見をした気持ちであった。
「ルキフェルの者達も、異能者とほぼ同じなので、パラレル世界で倒せば死にます。 ですから16年前に、聖騎士や聖剣士と魔術師のほぼ全員を動員した大きなパーティを組んで、ルキフェル討伐を集中的に実施したことがあったのです。 その結果、一定の成果が出て、解散となりました」
「しかし、時間が経てば、彼等はまた復活してしまいます。 戦場で倒された異能者のうち、一部がルキフェルに取り込まれてしまうから」
「それで、リンさんは箱D市内の戦いで、救えない味方の異能者にトドメを?」
「必ずしもそこまで考えた訳ではありませんが。 不本意ながら、あのままだとルキフェルに堕ちたでしょうね。 2人共に強い意思の無い人物でしたから......」
すると、リンの頭内に直接話し掛ける声が聞こえた。
『シェーロン、お久しぶり。 随分オッサンになったわね』
憎まれ口は変わらないリヴ・レヴ。
『7年前、私の油断から、ルキフェル達の罠に嵌って、大きなダメージを受けたのは事実。 だから、まだみんなの前に姿を見せることは出来ません。 今は骸骨魔術師』
嘘か本当かわからないが、自嘲気味の説明をしたレヴ。
『詩音は、私を映し出している鏡。 だから、私を懐かしむ方、思い出したい方は、詩音を見て気持ちを落ち着けて。 私の美貌には及ばないけど、段々と似てきているから』
ナルシストぶりも健在であった。
『それでは、また。 そのうち直接話せる日が来るかもね。 ただ、私とシェーロンの時間の流れがあまりにも違うので、確約は出来ないけど』
レヴはそう言うと、詩音の中の奥底に帰って、再び眠りについてしまい、リンの前から姿を消した。
『次とは、いつの日になるのだろう。 どうか俺が生きているうちに、その日が来て欲しい』
そう願うリン。
嬉しさと懐かしさと寂しさで、頬を涙が伝うのであった......
2人の心の中の会話を聞いていた詩音。
思わずリンに、
「ごめんなさい。 聞こえてしまいました」
と言って謝罪する。
「もしかしてリンさんは、師匠のことを......」
そこまで言葉を出しかけたが、それで止めた詩音。
リンも何も答えなかった。
暫くの沈黙のあと、話を戻す。
「ルキフェルの魔術を使ったということで、聖月は......」
「彼女は現在、私達と同じ異能者。 神々達の使者です。 それは間違いないことです。 ルキフェルの者ではありません」
「でも、いつか......」
「今のところ、彼女が神々達の使者(異能者)で居続けるのか、それともルキフェルの魔術師になるのかは、五分五分といったところでしょう。 どちらの道に進むのかは、彼女自身が決めることです」
「闇に堕ちる恐れが有るからと、排除する様なことは出来ません。 彼女は現在も神々達の使者なのですから......」
「それに、詩音さんもルキフェルの魔術使っていますよ」
「えっ?」
「ブラッディー・イーグルとかブラッド・サターンとかですよ」
「あれは、師匠が......」
「リヴ・レヴは、ルキフェルの討伐を続ける中で、彼等の使う魔術も研究しています。 だから、必要に応じて改良して身に付け、それを詩音さんに伝授した」
「ミヅキも同じです。 彼女の師匠から伝授された魔術に、ルキフェルの暗黒魔術が有った。 それを使ったから、即ちルキフェルの一味に身を貶したという結論にはなりません」
「わかりました。 暫く聖月を見守ることにします」
「我々に出来るのは、それだけです」
「ところで、渡したいモノとは、何でしょうか?」
用件を思い出した詩音。
「そうでした。 リヴ・レヴから私に貸し出されていた腕輪です。 着けやすく、しかも敵にわかりにくい様、時計に改造してあります」
そう言って、貴重品ボックスから取り出す。
「私には何の効果もありませんでしたが、詩音の彼ならば、効果があるかもしれません。 試してみてください。 着けているだけで良いのですから」
「だって、莉空」
それまで、ずっと黙って2人の会話を聞いていた莉空に話が振られた。
「ありがとうございます。 是非使ってみます」
「レヴが集めた聖なる宝は、まがい物も多いので、あてにはなりませんが、これはおそらく本物でしょう。 何かが宿っている感覚はありますから」
「すいません、リンさん。 つい数日前迄、敵だった私達に対して、敵に塩を送る様な形になってしまって」
「あの時、命を救って貰った御礼の一部ですよ。 それに、異能者の戦い以外の方が、実はかなりヤバいのです。 ルキフェルと我々との戦いが」
「わかりました。 これからは油断しない様にします」
「そうして下さい。 数年後の異能者の戦いで、再びお手合わせしたいですからね」
そう言ってリンが笑うと、病室に秘書が入って来て、何か耳うちをした。
「すまない。 ビジネスのお客が結構待っているそうだ」
そう言われたので、病室の廊下を見ると、数人のビジネス関係者が並んで待っていた。
「それでは、また来ます。 リヴ・レヴが目覚めたら」
「おお、その時は是非」
その様な挨拶を交わすと、詩音と莉空はお暇する。
リンは去っていく2人を見送る。
『やはり、レヴは生きていた。 これは長生きしないと。 是非、再会の日を迎えたいからな』
そう思ったリンは、直ぐにビジネスモードに戻り、来客の対応を続けるのであった......
アールヴ=エルフの語源




