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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第二章(リアル世界篇(伝説の魔術師リヴ・レヴ(詩音)を中心としたルキフェルとの戦い))
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第18話(8月21日)


リンは異能者の戦いで負った怪我で入院中であった。


そして、一つの使命を帯びたファエサルの訪問を受け、戦いを振り返る。


夏休みの登校日。

蒼空が亡くなったことで、二学期からの残りの学校生活について、色々と決める3人。


そうした中、神獣の蒼空が新しい生活に向けた動きを見せ始めるのであった。


 重傷を負ったリンは8月20日、現実世界に戻った後、直ぐに部下達を呼び、SINGP国にある傘下の病院へ入院した。


 「リン様。 これ程の怪我を負って戻って来られたのは、初めてですね。 怪我の方は最新治療を使えば1週間くらいで退院は出来ます。 体内に入ったウィルスは、薬を飲めば大丈夫ですから」

 主治医から診断結果を聞いた後、一眠りする。


 「暇だ」

 起きてから、ベッド上で呟くリン。

 現実世界では、世界を飛び回る実業家のリン・シェーロン。

 1週間もベッド上で過ごすのは本意では無い。

 「CEO、お客様が来ておりますが?」

 昼前、豪奢な病室の隣の控室で、仕事をこなしていた秘書の一人が、面会の確認をしに入って来た。

 「ここに入院して間もないのだぞ。 客......名前は?」

 「アウダ・アイン・ファエサル様でございます」

 「おう、そうか。 通して良いからな」

 「はっ」


 すると、先日迄一緒に戦っていた『幻想の魔術師』が病室に入って来た。

 「リン殿、お怪我をされたと聞いて、プライベートジェットで駆け付けました」

 「随分早いと思ったら、そういうことでしたか。 ファエサル殿、ご無事で何よりです。 ヨーロッパ戦線は急に激戦となったと聞いていたので」


 「ところでリン殿。 その怪我は?」

 「幻想空間のせいですよ。 相手にやられたものではありません。 あれ程の世界が創造されるとは、想定外でした」

 「自分の魔術なのに、体験したことはありませんから、どんなことが起きるのか、良くわかっていないのですよ。 ところで、最後の瞬間に幻想空間が消滅しましたが、そんなことが......」

 「あれは、ミヅキ・タチバナの覚醒によるもの。 私はシオン・アキヅキとその彼に命を救われたのです。 そうで無ければ、幻想空間の消滅に飲み込まれていたでしょう」

 「シオンにですか? リン殿が相手にとどめを刺さず、殺さずを貫いて来たことが、そういう形で活きましたな」

 「見返りを求めているわけでは無いですよ。 ただ単に因縁を作りたくないだけですから」

 「しかしミヅキ・タチバナが? 彼女は何処でそんな魔術を......」


 「ファエサル殿、この魔術の名前を聞いたことありますか? 幻想空間を破壊して塗り替えたあの空間は『ダークネス・レヴェリー』でしたよ。 間違いなく」

 「それは......本当ですか?」

 「ただの回復魔術師ならば、使うことは出来ないでしょう。 でも、ナタリーも言っていました。 彼女は暗黒魔術が使えると」

 「暗黒魔術......神々達以外の勢力、主に『ルキフェル』の連中が使う魔術のことをそういう言い方で纏めて称していますが、そんな特殊な魔術をミヅキが使えたのなら、共和主義勢力の回復魔術師の入れ替わりが激しいのと、何か関係がありそうですね」

 「確かに。 ナタリーは25年間回復魔術師をしていますが、その間に共和陣営は4人も回復魔術師が変わっていますから」

 「回復魔術師は、新しい回復魔術師が誕生すれば、基本的には亡くなる筈。 相手方のあまりの高頻度の出現に、前々から少しおかしいと思っているのですが......」


 「話は変わりますが、ヨーロッパ戦線は第三勢力の参戦で、大変でしたよ」

 「『ルキフェル』が? 異能者の戦いに第三勢力の介入を許してしまうほど、彼等の力が増大していると言うことですか?」

 「彼等の介入を受けて、敵も味方もめちゃくちゃでした。 そして、『聖騎士』ローラン・キース・レイフが亡くなりました。 残念ながら」

 「それは本当ですか? 陣営最強の男が......今回は随分多くの異能者が亡くなりましたね」

 「ルキフェルの連中は、彼の命を狙ったのでしょう。 彼の妻はナタリーですから、回復魔術が効かない点を突かれた形ですね。 『聖騎士』『聖剣士』をあの勢力は恐れていますから」


 「そして、彼からリン殿への最後の伝言です。 『聖剣レーヴザックスを受け取れ』と」

 「私に? 私は聖騎士になる資格が無いので、前に断った筈ですが......」

 「まあ、そう言わずに。 遺言に従い、私が預かって来ました。 その為にここまで急いで来たのですから」

 ファエサルはそう言うと、側近を呼びに病室を一旦出て、直ぐに重厚で大きな鞄を持って来させた。

 そして、鞄を開ける。

 そこには、年代物の古い剣。

 数十世代をも経ていると言われているが、剣にはサビ一つ無い。

 現実世界に於いてですら、不思議なオーラを放っている。


 ファエサルが説明を加える。

 「この剣をパラレル世界で、聖騎士か聖剣士が使うと、その能力を倍増させる効果があると言われています」

 「そして一振りで、ルキフェルの連中が使う暗黒魔術の効力を遮断することが出来るのです。 彼等の暗黒魔術は、そのエネルギー源として、異能者即ち神々達の使者の生命力や魔力を吸い上げることから、我々から見ると非常に厄介です。 聖騎士や聖剣士が聖剣を扱うと、暗黒魔術を断ち切れるので、今回ルキフェルの連中は、剣の遣い手の方を倒しに来たのでしょう」


 「結局私に聖剣士になれと? ローラン殿が遺言を......」

 「まあ、そういうことです。 属する陣営に関係なく、実力と心の内面をみて、リン殿に次代の白羽の矢を立てたということでしたよ」

 「それだけ、ルキフェルの勢力が増大しているという認識なのでしょうね。 異能者の戦い迄もが三つ巴に変わる時代が迫っているという」

 「現実世界も、共和主義陣営と全体主義陣営のどちらにも与さない国家群が増えていますよね? それも無関係では無いのかもしれません」


 「どちらが善でどちらが悪の様な考えが一時期有りましたが、単純にそういうものでは無いですからね。 何処の国にも人々が生きている。 1日1日必死にね。 そして一部の有識者とか優秀だと言われる者達が、自分達のエゴや考え方を押し付けようと、無知な人々や無力な人々を扇動したり、巻き込んだりして、紛争や戦争を引き起こす」

 「その結果、全体主義になるか、共和主義になるか、それをその国に住む人々も含めて決めた結果が、今の色分けですからね。 善悪では無いのですよ。 その国やその時の状況がそれを決めたのです。 ただどちらにも種々の問題点が有るから、曖昧主義の第三勢力国家が増えているのです」


 リンの話を聞きながら、ファエサルが嘆息を洩らす。

 「パラレル世界と現実世界は表裏一体。 ルキフェルの力が強くなれば、現実世界で我々が襲われる可能性も出て来るということですね。 彼等には異能者の戦いの暗黙のルールなど、適用されないですから」


 リンは気になったことを続けてファエサルに質問した。

 「ところでナタリー殿はどういう様子でしたか? 悲嘆にくれていると思いますが......」

 「夫であった聖騎士ローランの死で、回復魔術師の座から引退するようですよ。 神々達からの全ての恩寵を捨てれば、引退が許されますからね、回復魔術師の場合は」

 「そうですか。 彼女には何度も助けられました。 新しい人生に幸あらんことを祈ります」

 リンは、そう言うと目を瞑って、亡くなったローラン・キース・レイフにも哀悼の意を示すのであった。


 回復魔術師だけは、神々達からの全ての恩寵を捨てれば、一般人に戻ることが出来る。

 しかし、現実世界での恵まれた環境を捨てる決断を出来る人は先ず居ない。

 恩寵を捨てた途端、容姿は崩れ、資産は消滅し、困窮のドン底に突き落とされる可能性が高いからだ。

 しかし、四半世紀に渡り、回復の魔術師をつとめたナタリー・キース・レイフはヨーロッパの何処かの修道院に入り、最愛の夫の冥福と人々の幸せを願う聖職者の道へ進むということに決めたそうだ。


 「さて、現実世界に戻って最初の私の仕事は、その剣をリン殿に届けること。 思ったより元気そうで安心しました。 私も砂漠の民としての仕事が山積みなので、戻りますよ。 またそのうち、商談やルキフェルとの戦いでお目に掛かることになるでしょう。 どうか、その日までご自愛ください」

 ファエサルはそう言い残して、帰国の途についた。

 リンは秘書を呼び、午後からベッド上で仕事を再開することにした。

 彼の双肩には、巨大コンツェルンの傘下企業に勤める数十万人の社員と数百万人の家族の生活が掛かっている。

 だから、異能者の戦いが終わったからと言っても、現実世界において、休んでいる暇はあまり無いのであった。



 8月21日の朝。

 ところは変わって、NH国札P市内。

 この日は、都幌学院における夏休み期間中の登校日であった。


 今から約30年後の未来は、気温の上昇が進み、北K道でも暑い日が多くなり、道央道南地方の夏休みは、7月21日〜8月31日迄に変更した学校も多くなっていた。


 詩音と聖月は、莉空と一緒に学校に登校する。

 これは初めてのことであり、詩音と聖月はワザと目立つように、莉空を真ん中にして、3人並んで歩いていた。


 その姿を見て、ザワつく学院生達。

 「あの男の子、誰?」

 「ちょっと。 凄くカッコイイよね?」

 「詩音様と聖月様に挟まれて登校なんて、凄い光景〜」

 

 「莉空が注目されているね」

 「まあ、外見大きく変わったし、当然か〜」

 「莉空のクラスメイト達はどういう反応をするのかな? 今迄、酷い扱いしていたみたいだから」

 詩音と聖月は、そんな会話をしているが、莉空にはあまり興味は無いようであった。

 「今日は、前のクラスのままだからね。 お昼ごはんは合流して学食で食べようよ」

 詩音が莉空に学校での予定を話していると、校門を通過して敷地内に入る。

 3人の注目度は、益々増す。


 「聖月様、お誕生日おめでとうございます」

と声を掛けられ続ける聖月。

 返事はしないものの、にこやかな笑顔を見せることで、複雑な心境を誤魔化す聖月。

 「聖月、大丈夫? 私が止めさせようか?」

 詩音が心配して提案するも、

 「私と蒼空の件は、学院の生徒たちには関係の無いこと。 だから、今日だけは我慢する。 昨日の夜、蒼空ともそういう約束したから......」

 蒼空は学校の敷地内に入ると、それまで入っていた聖月のリュックから抜け出して、猫の姿に変身し、3人を護りながら、ノンビリ過ごすモードに入っている。


 「じゃあ、莉空もイジメられないようにね」

 詩音は、莉空に冗談を言って手を振る。

 聖月も笑顔で手を振って、建物の入口で別れる。

 2人は超富裕層のみが入れる選抜クラス、莉空は一般クラスで、学舎自体が異なるからだ。

 莉空も手を振り、話しながら去っていく2人の姿を見送る。

 そして、自分の教室へ。

 先ず蒼空の座席に、そっと花を手向ける。

 それから、自分の席に。

 クラスメイト達は、莉空の外見のあまりの変わりように驚くが、詩音と聖月2人の、莉空への親しげな態度に、声を掛ける勇気はない。

 ヒソヒソと、噂話を続けるだけだ。



 HMで担任が、高槁蒼空が不慮の事故で亡くなったことを告げる。

 静まる教室。

 しかし、クラスメイトの大半が蒼空と話したことすら無かったので、悲しみを見せたのは莉空以外に居なかった。


 授業は普通に進んでゆく。

 蒼空の死は一切無かったかのようだ。

 もはや現実世界に存在しない人は、元から居なかったものと同じ扱い。

 でも、それが人間の世界の流れ。

 生と死は表裏一体。

 常に日常茶飯事。

 時の流れから途中下車した人達に対して、いちいち大きく反応していては、物事は進まない。

 悲しむのは、ごく親しい周囲の人々のみ。

 それで良いのだ。

 莉空も、そういうことを理解出来る年齢になっていた。


 久武や吉良といった、莉空と蒼空を馬鹿にし続けてきた御学友連中も、莉空を見下し続ける勇気は無かった。

 と言って、今迄のことを謝罪することも、プライドが高過ぎて出来ない。

 それ程に璃月詩音の存在は、学院内で大きかったのだ。

 詩音の祖父や父が経営する巨大企業群から仕事を貰っているNH国の国内企業は無数にあり、もし縁を切られたら、たちまち行き詰るところも多い。

 都幌学院は富裕層の通う学校であり、そういう傾向がより強かった。

 まして、詩音は亡くなった正妻が産んだただ一人の子。

 璃月家現当主である祖父の長女であった詩音の母。

 全権を握る祖父の跡継ぎは、直系孫の詩音と決まっていた。

 既に本社はSINGP国とAM国に移しており、売上の90%以上が国外という多国籍企業体であるので、祖父母はAM国、父は後妻や後妻が産んだ2人の弟とSINGP国に居住しており、NH国内で暮らしているのは詩音だけであった。


 

 昼休みになり、莉空は学食に向かう。

 学食は選抜クラス専用の場所が有るものの、そこに一般クラスの生徒は入れないので、この日は詩音と聖月が全員が入れる学食の方にやって来た。

 それだけで、一般クラスの生徒達からみたら、大変大きな出来事である。

 キャアキャア騒ぎながら、遠巻きに見守る一般クラスの女子生徒達。

 「詩音と聖月の存在って、学院内では本当に凄いんだね」

 あまりにも遠い存在だったので、興味すら無く、実態を知らなかった莉空。

 昼食は蒼空と屋上で、買って来た弁当やパンを食べて過ごす日々であったのだ。

 「みんながキャアキャア騒ぐのハッキリ言って迷惑なんだよね。 だから、こっちの学食に来れないの。 逆に」

 困惑した表情の詩音。

 全くだと同意する聖月。

 「そう言えば、蒼空は?」

 すると、聖月が屋根を指差して、

 「この上に居るよ。 昼寝しているのだと思う」

 そんな会話をしながら、注文レーンでボタンを押して適当に注文する3人。

 端末を通して、支払いは自動的に終わる。

 「昼食代は私持ちだから、2人共、気にしないで」

 いつもそうしている詩音。

 財力が桁違いなので、それが当たり前のことで有るそうだ。

 その代わり、家事が苦手な詩音の為に、それを聖月が受け持っている。

 そこに、昨日から莉空が加わった。

 莉空が側に居れば、詩音はエンブレム魔術を現実世界でも使える。

 万が一、あくどい連中に狙われても、自衛出来る様になったのだ。

 今迄と一番異なるのは、その点であり、常に誘拐などの被害に遭う恐れを抱えているという最大の弱点が克服されたのは、非常に大きい。


 食事をしながら、詩音と聖月は他愛のない話題を話している。

 莉空は間に挟まれながら、2人の姿を見守り続ける。

 現実世界に戻れば、詩音と聖月は18歳の女子高生。

 ただ莉空だけは、逆に達観している雰囲気のままであった。

 それは、育ってきた環境の違い。

 高校1年生の時から、アルバイトで生計を立てており、半分社会人である分、同級生より大人びているのは当然であった。


 「莉空は私達と居ても、あまり楽しそうじゃないね?」

 詩音が少し不満そうに突然言い出す。

 「そういう訳じゃないよ。 食事の時に会話する習慣が無いんだよ。 祖父母が亡くなって、ずっと一人だったから......」

 「そうだよ。 私も蒼空が亡くなって、少し莉空君の気持ちもわかる様になった。 静かに食事したいって感じるよ、今は」

 聖月にも、そういうことを言うのは少し無神経だと指摘されて、シュンとなる詩音。

 「そうだよね。 今迄学校では、蒼空君と昼ごはん食べていたのだものね。 私、ちょっと無神経だった。 ごめんなさい」

 詩音は素直に謝る。

 そして、つい先日迄の、海未、紗良の2人の先輩を加えた、6人での食事を思い出す。

 なんだか、部活の合宿の様な時間。

 でも、一緒に生死を賭けていた者同士であり、普通では有り得ない連帯感と一体感が、短時間の食事タイムをより楽しく感じさせていた。

 その雰囲気を詩音だけが、この学食での昼食タイムに持ち込んでしまっていたのだ。

 仲間のうち一人がもう居ないということに対する心の影は、莉空と聖月にとって、非常に大きかった。


 昼食を食べ終えた時に、詩音がいたずらを仕掛けた。

 魔術を使って、学食内を霧だらけにして、ひと騒動を起こさせたのだ。

 その騒ぎの最中に、人知れず学食を出てゆく3人。

 そして、猫の姿の蒼空と合流していた。

 校舎の陰で、蒼空に学食で買って持って来たハンバーガーをあげながら、話し掛ける。

 「猫の姿はどう?」

 『つまらないけど、勉強しなくて良いのは、楽だね』

 蒼空は、3人の頭の中へ直接返事をする。

 「変わったことは?」

 『無いよ。 逆に有ったら困る』

 「放課後は?」

 『校門の外で待っているよ。 聖月がリュックを下ろしてくれれば、その中に入るから』

 この後の段取りを決めて、それぞれ教室に戻る。


 午後の授業も終わり、放課後。

 莉空は担任の呼び出しを受け、教務科へ出向く。

 そして二学期から、選抜クラスへの転籍許可が出たことを告げられた。

 「君は、高槁君と親しかったな。 辛いだろうが、新しいクラスに行っても頑張れよ」

 そう励まされる。

 今迄、殆ど話したことの無い担任に話し掛けられるなんて、おかしい。

 『これは璃月家の力に対する媚び諂いなのだろうな』と感じた莉空。

 イイ人を演じる様なわざとらしい担任の言葉に、反吐が出そうになる莉空であったが、同時に大人の事情も理解出来る度量を持ち合わせていた。

 短く、

 「お世話になりました、先生」

と挨拶をして、教務科を出る莉空。


 その後、教室に戻って身辺整理をし、自身が手向けた、蒼空の座席に置かれたままの花束を片付ける。

 誰も居なくなった教室。

 楽しい思い出というのは殆ど無かったが、蒼空と過ごした場所でもある。

 出る時に、一礼をしてからドアを閉め、学び舎をあとにする。

 校舎の出口では、詩音と聖月が待っていた。

 その様子を遠巻きに見ている一部の生徒たち。

 2人の美女を待たせていたのが、戸次莉空だと知って、驚いていたが、3人はそんなことは気にせず歩き出す。

 「遅かったね」

 「担任に呼び出されてた。 二学期から2人と一緒のクラスになることが決まったから」

 「なるほどね。 それで荷物が多いのか〜」

 「そういうこと」

 

 校門を出たところで、聖月がリュックを地面に置くと、待っていた蒼空が猫の姿のまま入り込む。

 「じゃあ、帰ろうよ。 夏休みはあと10日あるけど、蒼空が色々とやりたいことがあるらしいの。 家に帰ったら聞いてあげてくれる?」

 聖月がそう言うので、莉空と詩音は了承する。

 珍しく、徒歩と電車で帰宅する詩音と聖月。

 今迄は、犯罪対策の為、車で送迎の登下校だったので、こういう通学方法は憧れだったらしい。

 「その気になれば、アルテミス・イスカチェオンも使える可能性があるみたいだからね」

 詩音が自身の最強防御魔術の名前を出す。

 詩音の話によると、アルテミス・イスカチェオンは核攻撃が有っても護り切ることが出来るらしい。

 もちろん、試せる話では無いので、眉唾物ではあるが。

 

 「詩音には、他にも強力な魔術有るんだよね?」

 莉空が質問する。

 「これ以上は、無いわよ」

 いつもなら、そういう言い方をしないのに、少しはぐらかす様な感じをみせる。

 手の内は隠しておくべきという考えを持ち始めた詩音。

 帰宅後、莉空と2人っきりの時に、

 「実は、夢の中の師匠に怒られちゃって」

 より厳しい戦いになるから、手の内は明かすなと魔術の女神?に叱られて、考えを改めたらしい。

 そういうことを聞かされたのであった。



 帰宅後、蒼空は3人に、

 『SINGP国へ行って、リン・シェーロンとビジネスの話がしたい。 段取りを取って欲しい』

とねだっていた。

 「リンと? あの人、大実業家だよ。 そんな簡単に会えないって」

 詩音が無理だと断る。

 すると、蒼空が、

 『段取りする努力もしてくれないのなら、1か月間莉空を専有するから......』

 強行手段に出た蒼空。

 『神獣恐るべし』

 莉空と聖月はそう思っていた。

 「ううう、それは......」

 詩音が悩み始める。


 結局、根負けして、詩音はお祖父様に連絡を取っていた。

 リン程の大物に、ビジネス関係の話をする段取りであれば、父では無く、祖父クラスで無いと難しい。

 「どうして、ビジネスの最初の交渉相手がリンなの?」

 『それは、僕のことを理解しているからさ。 神獣だってね』

 聖月の質問に蒼空が返答する。

 「で、何をするの?」

 聖月が続けて尋ねると、

 『それは、向こうに行ってからのお楽しみ〜』

 そう答えて、聖月にも教えなかった蒼空。



 3時間後。

 「明々後日ならアポ取れたよ。 今、入院中だから、いつも程忙しく無いからOKだって」

 詩音が蒼空に話し掛ける。

 「じゃあ、明後日にSINGP国へ出発しよう」

 2人と一匹に予定を提案する詩音。

 『ありがとう詩音。 君の為に今、リンと会っておいた方が良いからね』

 蒼空は何かを予感か知っているようで、詩音にだけその様に話し掛けた。

 少し驚いた詩音。

 蒼空は、ビジネスだけでは無く、今後の戦いの関係も有って、リン・シェーロンと会う機会を作ろうとしているのだと気付かされたのであった......

 

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