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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
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第15話(慟哭の時)


厳しい時代環境に飛ばされていた蒼空と聖月。


蒼空は聖月を護り続けた代償として、重傷を負っていた。


しかし間もなく、異能者の戦いは時間切れ。

無事に現実世界に戻れそうであったが、神々達の仕掛けた運命は、それを阻止しようとしていた......


 時間は少し戻り、8月18日の朝。


 蒼空と聖月の居る幻想空間は、激しい戦いの真っ最中であった。

 南軍の攻撃が御所に迫ってきていた。

 北軍は押されっぱなしで敗色濃厚へと、戦況は一気に悪化。

 KYOの街は、あちらこちらで火の手が上がる。

 攻撃を少しでも押し留めようと、守備側が火を放つ。

 これが、1300年近い歴史を持つ古都で、最大面積が灰燼となったという、激しい戦いなのであった。


 「この寺にも、攻撃が迫って来たね」

 蒼空が人々の様子を見ながら、聖月に話し掛ける。

 「ここが落ちるのも、時間の問題かな」

 タイミングを見ながら、ここに居る主要な武将達に付いていくしかないだろうと予測し、移動の準備を始める聖月。


 「魔術も効果が弱くなっているし、幻想空間の人々を攻撃することも出来ない。 なのに、人々の攻撃は当たってしまうという理不尽さ。 しかも空間内の大半が戦乱状態で、逃げ場も無い」

 思わず、今回の自分達が居る幻想空間内の設定を愚痴ってしまう蒼空。

 詩音やリンの様な、強力なスキルの持ち主であれば、それでも何とか出来るだろうが、自身や聖月の様に強いスキルの無い異能者にとっては、地獄の様な状況であった。


 『そう言えば、いずれ分かるって言ってたなー。 本来の役割について......』

 苦しい状況にあることで、少し前の不思議なお告げの様なものを思い出した蒼空。

 「残り1日半で、何が有るのだろう?」

 思わず呟いてしまうと、聖月が、

 「蒼空。 もしかして、何か有るの?」

と確認してきた。

 呟きが聞こえてしまった様だ。

 「実は、橘邸の地下に閉じ込められた時に、神々達から『お前には特別な役割と能力が有る』って言われたんだよね。 夢の中だから、当てにならないけど......」

 聖月はそれを聞き、不安になった。

 『パラレル世界で異能者が見る不思議な夢。 それは、恐らくホンモノの神々達からの言伝て。 こんな苦しい状況で間もなく分かるっていうことは......』

 そして、

 『神々達は、私と蒼空をワザと苦境に陥らせている。 真綿で首を絞める様に』

という事実に聖月は気付いた。


 一旦考えを整理する聖月。

 『詩音と別々の幻想空間に飛ばしたのは、蒼空に更なる真の力を発揮させる為の試練っていうこと。

 でも、まだ何も発動して居ない......こんなに苦しい状況で、残り時間も僅かなのに。

 莉空と比べると、全く潜在能力が発揮されていない蒼空。

 既に満身創痍で重傷に近い状態。

 回復魔術も効かない。

 しかも、特殊な絆は私、橘聖月と結ばれている。

 私の裏の顔は、暗黒魔術師。

 魔術を使う度に、現実世界の人々の生命力や、異能者の生命力や魔力をも吸い尽くす悪魔の様な存在』


 これらのキーワードを合わせると、聖月には一つの結論が出た。

 『神々達は、私に暗黒魔術を使わせようとしている。 蒼空を犠牲にさせて......蒼空の潜在能力はその時に解放されるのだろう。 私を護る暗黒屍蝋ゾンビとして......』


 迷い続ける聖月。

 聖月は既に蒼空を愛していた。

 だから、神々達は私に蒼空を殺させて、心が死んだ私を強大な暗黒魔術師に育て上げようとしている。

 既に暗黒魔術師は、聖月の他にも数名存在。

 詩音は、その対抗馬として選ばれた女神側の魔術師。

 そうでなければ、あれほど極端に強い魔術師が突然登場する筈が無い。

 その弱点を補助する存在として、莉空も現れた。

 そして、莉空にも相当な魔力が宿っていることに聖月は気付いていた。


 運命の残酷さに気付いてしまった聖月。

 しかも、自死すら出来ない存在の聖月。

 死のうとすれば、その直前に自動的に他者の生命力を吸い上げて、生き残ろうとする魔女であるからだ。

 『これが、神々達を呪う気持ちを持つということの始まりなのだろう』

 師匠であるアルシア・エーリットが「いずれ分かる」と予言した通りの展開に、背筋が凍る様な感覚を持った聖月であった。

 

 戦さは激しくなり、相◯寺にも火が放たれた。

 死んだ武将達の甲冑の一部を借りて着けた蒼空。

 武器も短刀を一応借りる。

 幻想空間の人々を攻撃出来ないので、意味は殆ど無いものではあったが。

 逃げ出す北軍の武将達。

 聖月と蒼空もそれに付いて、一緒に移動する。

 タイミングを見て、優勢な南軍側に移動したいのだが、なかなか良いタイミングが無い。

 聖月を庇い続ける蒼空の体は、矢や刃が当たって、益々傷が増えていた。

 それでも、歩みを緩めず、庇うことも止めない蒼空。

 既に、立っているのも辛い程の状況であった筈だ。

 「あと1日ちょっと......聖月を護り続ける」

 その思いだけで、動くことが出来ていた。

 敗残兵が、追手を防ぐ為に、町家に火を点ける。

 あちらこちらで火の手が上がり、大火へと情勢は悪化。

 聖月と蒼空は、建物に身を隠すことも出来ず、逃げ続ける。


 その後、大火が追手の攻勢を緩める形になり、やっと一息つける時間が出来た。

 聖月は、蒼空の傷をチェックし、刺さった矢を魔術で優しく抜き、詩音から教わった傷口を塞ぐ魔術を一応使ってから、薄めたエタノール水を魔術で作って、傷口にかけて消毒し、包帯を巻く。

 「ありがとう、聖月。 もう少しだから、頑張ろう」

 蒼空は聖月に励ましの言葉を掛けたが、半分は自分自身に向けた激励でもあった。

 聖月は今回の戦いで、最初のリンの攻撃で軽い怪我をしたものの、その後は無傷であった。

 その大半は、蒼空が庇い続けてくれたことによる。

 だから、傷を見る度に、涙が滲んでしまう。

 「蒼空......私を庇い続けるのは、もう止めて」

 「私だって、魔術師の端くれだよ? 少しは自分自身を守れるから......」

 でも、蒼空は首を振る。

 「これは僕の役目。 何の為にこの場所に来たのかって、ずっと考えていた」

 「そして、これが僕なりの結論。 君を護る為にこの場所に登場したんだ」 

 「それは夢で神々達にも言われた。 『聖月を護るのが役目』だと」

 そこまで話すと、蒼空は少し辛そうな表情を見せた。

 傷口が痛む様だ。


 「今迄、僕はごく普通に生きてきた。 何の変哲も無い日々。 学校行って、授業こなして、家に帰って、勉強して寝てというルーティンの様な生活を、小学生から高校三年生迄ね」

 「でも、終業式7月20日の放課後、突然あの施設に連れて行かれて、聖月と詩音に言われたんだよね。 『君達は特殊なスキルを持つ異能者。 戦いに参加する義務が有ると』」

 「ここに来て、約1か月。 仲間と一緒に戦い、死にかけて、生き返って、訓練して、怪我して、お互い仲間を庇って、必死に走ってきた」

 「色々な話もしたよね。 笑って、泣いて、喜んで、悔しい思いもして」

 「みんなの抱えている悩みや苦労、想いも知ったよ。 幸せに見える人達にも、それぞれが抱えるモノがあるって」

 「たった1か月なのに、それまでの17年間よりも遥かに充実していたと感じているんだ」


 「そして、聖月を好きになった。 こんな最高の経験が出来るなんて、戦いに参加した時には思いもよらなかったよ」

 「だから、僕が倒れて、役目を果たせなくなるその瞬間まで、君を、聖月を、護らせて欲しい」

 「駄目かな?」

 すると、聖月は蒼空に抱き着いた。

 そして、唇にキスをする......

 

 「聖月、僕、重傷の怪我人だからね」

 はにかんだ笑顔の蒼空。

 「回復魔術は効かなくなったけど、一つだけ良いことが有るよね?」

 「それって」

 「聖月と遠慮なくキス出来ることだよ」

 蒼空は爽やかな笑顔で答える。

 この時の笑顔を、聖月は生涯忘れることが無かった。


 その後、体がきつそうな蒼空は、眠りについた。

 その安らかな顔をずっと見つめる聖月。

 まだ、始まったばかりの、ささやかな幸せな時の終焉が直ぐそこに迫っていることに気付いている聖月は、涙が止まらなくなる。

 「ねえ。 どうしてこんな運命なの。 辛すぎるよ」

 聖月は泣き続ける。

 何時間も。

 同じ日に同じ場所で生まれた聖月と蒼空。

 その宿命は、あまりにも残酷な様に、この時聖月は感じていた......


 日付が変わって、日の出前に、再び戦さが始まる。

 既に北軍は総崩れで、この日は抵抗する者も殆ど居なかった。

 聖月と蒼空が寝ている間に、主要な武将達は逃げ出していたのだ。

 残された兵士達は続々と降伏する。

 抵抗する者も居たが、嬲り殺し状態であった。

 その様子を見て、蒼空と聖月は暫く動かず、様子を見ることにした。

 「今日は激戦にならなさそうだね」

 蒼空が一安心した表情を見せる。

 「蒼空、怪我の具合は?」

 聖月が心配して確認する。

 蒼空の顔色が悪い様な気がしたのだ。


 「あまり良くないね。 実は」

 そう切り出すと、蒼空は詳しい説明を始める。

 東KYの橘邸の地下に、怪我をしたまま1日閉じ込められて出た後、治療魔術を施した詩音から言われたことを。

 ウィルス感染しているので、魔術で抑え付けておいたが、もし詩音の魔力が減衰する様なことがあると、抑え付けておいたものが外れて、悪化するかもしれないよと。

 「それって......」

 聖月は絶句する。

 樹海の幻想空間で、瞬間移動魔術を2回使ったことで、詩音の魔力が消滅した時間がかなりあったからだ......

 「今、一緒に居れば、改めて魔術で治療して貰えたのになあ~」

 呑気なことを言う蒼空。

 「本当に大丈夫なの?」

 「聖月、あと18時間くらいだよ。 ようやく終わりが見えてきたのだから、大丈夫」

 その答えを聞いた聖月は、涙を流し始めてしまった。

 「どうしたの、聖月」

 涙を見て、あたふたし始める蒼空。


 そして、聖月は自身が予想した最終日の展開を話し始めた。


 「ということは、僕は現実世界に帰れないのか〜」

 残念そうに話す蒼空。

 ただ、意外と晴れ晴れした表情であった。

 「あのお告げは、確かに未だ実行されていない。 残り18時間だけど、必ず何かが有るってことだね」

 すると、聖月は蒼空に何かの提案の耳打ちをする。

 そして、恥ずかしそうな顔をした。

 「聖月。 僕だって、したいよ。 でも体調も悪くて怪我も重いし血だらけ。 しかもずっとシャワーも浴びれて無い。 ここで聖月の魔術でっていう手もあるけど、こんなボロボロの体じゃ聖月に失礼だと思う。 ウィルス感染しているというのもある。 もし現実世界に戻れたら、その時絶対しようね」

 そう答えた蒼空。

 聖月は少し残念そうな表情をしたが、必ずしも聖月の予測通り、2人の日々がこの日で終わってしまう訳では無いと思い直したのであった。

 


 北軍の抵抗が少なくなったので、優勢な南軍側の領域に移動した聖月と蒼空。

 こちらは勢いに乗っており、追撃戦に移行していた。

 「良かった~。 こちら側に居れば、これ以上矢が刺さる可能性は低そう」

 安心した蒼空。

 すると安心感からか、蒼空は崩れる様に倒れてしまった。

 今迄張っていた気が抜けて、重い怪我による疲労が一気に出たのであった。

 聖月は魔術を使って、蒼空の体を木陰に運び、休憩を取る。

 やがて太陽が天頂を過ぎ、やや傾き始める。

 『残り12時間を切った。 私の杞憂だったのかな? この日が今生の別れになるという......』


 更に日が傾き、夕日の時間になっていた。

 南軍側は優勢なので、飛んでくる矢は一本も無く、更に前進を続けていて、聖月と蒼空の居る場所は静かであった。

 KYOの市中は焼け野原で、人々が離散し、人気ひとけが無いというのも影響していたのだろう。

 蒼空もようやく起きて、最後になるだろう非常食を食べていた。


 その時だった。

 突如、近くの燃え残っていた小屋が崩れて、バラバラになったと思ったら、2人を破片の嵐が襲う。

 危機を感じた蒼空のシールドが自動的に張られたので、大半の破片はシールドに弾かれたが、一部が蒼空の体に突き刺さった。

 急に動ける様な体の状態では無かった筈なのに、蒼空は瞬間で聖月の体を庇っていたのだ。

 「ツオの攻撃だね」

 蒼空は冷静に聖月に話し掛ける。

 「蒼空、大丈夫? シールドが......」

 ウィルス感染の影響だろうか?

 本来なら全部弾き返した筈のシールドが不安定で、一部薄い部分から突き抜けてしまった様だ。

 「聖月。 この間僕が言ったこと覚えてる?」

 再度のツオの攻撃をシールドで弾き返した蒼空。

 ただ、やはり一部薄い部分があり、そこは聖月の魔術の防壁で補う。

 「覚えているけど......出来ないよ......」

 涙ぐんでしまう聖月。

 「僕と回復魔術師としての聖月には、彼等を倒す攻撃力が無い。 このままでは、時間切れの前にいずれシールドが破られる。 その時は僕の生命力をテコに暗黒魔術を使って、危機を乗り切るんだよ。 聖月」

 「そんなこと出来る訳ないよ~、こんなに好きなのに......」

 再びキスをする聖月。

 「生命力を提供する僕への気持ちは、今ので十分。 聖月の暗黒魔術ならば、彼等を一撃で倒せるんだよ。 そうなれば、今回の異能者の戦いで、聖月は無事終焉を迎えられる」

 蒼空は、必死に聖月を説得する。

 しかし、首を振り続ける聖月。

 『どっちにしろ、聖月は死にかけたら、ツオやメイリンの生命力を吸い取るから、同じか。 僕だけじゃなくて、もう一人か二人が道連れになるという結果の違いだね』

 そう思い直した蒼空。

 説得は諦めることに。

 そして、隙を見て、守りやすい近くの大きな木の下に移動した。


 その後は、ツオとメイリンの攻勢を受け続けることになった蒼空と聖月。

 幻想空間内のスキル力制限が掛かっている影響で、苛烈な攻撃という訳では無かったが、反撃手段が殆ど無い蒼空と聖月に対してなので、一方的な攻撃となる。

 蒼空のシールドは、ずっと張り続けられていた。

 聖月を防護する部分は非常にシールドが厚く、ツオとメイリンの連携攻撃を一つも受け付けず、弾き返す。

 ただ、その分、蒼空の防護は少し弱くなってしまっていた。

 聖月がその分を防壁魔術で補い続けるが、幻想空間内での魔術は4割減といった感じで、少しずつ穴が出来てしまう。

 

 何時間経ったであろうか。

 満身創痍の蒼空。

 あちらこちらから流血しているものの、シールドは破られていない。

 聖月は無傷であった。

 聖月は時々、魔術でツオ、メイリンに攻撃を加えながら、不完全な治癒魔術を時々施して、止血を試みる。

 「聖月、暗黒魔術使う気になった?」

 蒼空が一度だけ再確認してくる。

 「あと3時間だよ。 耐え切れれば、蒼空は死なないで済むから......」

 「3時間か〜」

 呟いた蒼空。

 それ以降、蒼空が口を開くことは無かった。


 それから......

 蒼空の生命力は、かなり減衰していた。

 蒼空のシールド防壁は、自然界のパワーを借りているものであるが、幻想空間ではその力を数分の1しか発揮出来ていなかった。

 しかし、聖月を護るという強い意思が、シールドを大幅に強化していたのだ。

 ただその分、生命力を消耗していた。

 徐々に意識が遠のく蒼空。

 『あ~あ。 聖月と一つになる約束したのに、果たせそうも無いな......』

 『それに結局、隠されたスキルとか能力って出て来なかった......やっぱりあれはただの夢か』

 そんなことを考えているうちに、完全に意識が無くなる。

 それでも、シールドは張られ続けていた。

 だから、蒼空が絶命した時間は全く分からない。

 彼は死後も聖月を護る為のシールドを張り続けていた。

 詩音が魔術をかける時に唱える文言にある『地底の精霊達』。

 それらが、蒼空の遺志を継いで、聖月を護るシールドを張り続ける手助けをしてくれていたのだ。


 その頃、絶命した蒼空は、神々達の召喚を受けていた。

 「高槁蒼空。 君は今から神獣となる。 そして、橘聖月がこの場所に召喚されるその日迄、彼女の側に居続けるのがお前の定められた使命」

 「神獣になることで、君は現実世界でも特殊な力を使うことが出来る。 それを必要に応じて用いて、今後どの様なことがあろうとも、彼女がどんな決断をしても、聖月を支え続けるのだ」

 「現実世界で、人間の姿が必要な時は、戸次莉空の体を借りることが出来る。 君の能力を受け入れられる特殊な力を莉空は持っているからな」

 そう告げると、神々達は姿を消していた。



 蒼空は死後、神の使いである神獣となって、聖月の側に現れた。

 「聖月。 ゴメン」

 その言葉を頭の中で聞いた聖月。

 慌てて蒼空の状態を確認する。

 既に心臓は止まっており、絶命しているのに気付いたのは、午後11時半を過ぎていた。

 「何で、蒼空。 あと少しだったのに......」

 慟哭する聖月。

 あまりにも激しいその涙は、狂乱した様にも見える程であった。


 少し時が経つと、その美しい顔は憤怒の表情に変化して、怒りに満ち溢れていた。

 「最初からこうしておけば、蒼空は死なずに済んだ。 私の甘い心が、判断が、最愛の人を殺してしまったの......」

 後悔をしても、しきれない聖月。

 彼女にはツオとメイリンの生命力を吸い上げれば、二人を瞬殺出来る『暗黒魔術』という力が有ったのに、『生命力を吸い上げる時に、蒼空を巻き込む可能性が高い』という迷いが有り、その力を行使しなかったことが、この様な悲劇を迎えた最大要因であった。


 「こんな空間、壊してやる」

 そして、ついに、暗黒魔術の呪文を唱え始める。

 中でも、最も強力なものを。

 『ダークネス・レヴェリー』

 静かに低く呟いた、聖月。

 するとその瞬間、異変に気付いて逃走を始めたツオとメイリンの体が痙攣し始める。

 「あ~~~~~」

 「ぎゃああああああああ~~~~~」

 二人の断末魔の悲鳴。

 蒼空の命を奪った二人の異能者は、その生命力の全てを聖月の唱えた暗黒魔術に吸い上げられ、数分間、地獄の苦しみを味わった挙げ句、絶命するに至った。

 聖月は怒りと悲しみの極致に達し、蒼空を殺した幻想空間を完全破壊しようと決意しての『ダークネス・レヴェリー』の選択であり、暗黒魔術によって幻想空間を塗り替え始めたのであった。



 それを側で見守る蒼空。

 聖月は、死んだ筈の蒼空の気配が有ることに気付く。

 「蒼空、何処?」

 「聖月の後ろ」

 振り向く聖月。

 すると、蒼空の幻影が立っていた。

 思わず抱き着こうとする聖月。

 しかし、空を切ってしまう。

 足元には、見慣れない動物が聖月を見上げている。

 「まさか、蒼空?」

 動物に話し掛ける聖月。

 「そうだよ。 ゴメン。 これが僕の隠された能力だったんだって。 特別な『神獣』になるという......」

 「喋れるの?」

 「神獣だからね」

 「人間になれるの?」

 「なれないよ。 当面はこの姿」

 ショックを受ける聖月。

 でも、全てを失った訳では無いことを知り、少し安心した聖月。

 「現実世界に戻ったら、神獣はどうなるの?」

 「さあ〜?」

 「喋れるのかな?」

 「無理じゃないかな」

 残念そうに答える蒼空。

 「そうだ。 現実世界で、人間の姿になりたかったら、莉空の体借りろって言われたよ」

 「それって、蒼空が莉空に憑依?みたいなことが出来るっていうこと?」

 「そういうことでしょう。 多分」

 「じゃあ、アノ約束は?」

 「詩音の許可貰わないと」

 「えーっ、そうなっちゃうの?」

 「仕方ないよ。 一人の体を二人で使うようになるってことだから」

 「まあ、逢えない訳じゃないから......」

 「ずっと側に居るよ。 こんな姿だけど、もう死ぬことは無いから......」

 その言葉に、涙が止まらなくなる聖月。

 蒼空は側に居てくれる。

 でも、出来れば人間の姿で居て欲しかった......

 学校生活を一緒に楽しんで、デートしたり、愛して貰ったり、蒼空の実家の農場で手伝ったり......

 今迄経験したことの無い色々なことを一緒にしてみたかった。

 でも、もはや叶わぬ夢に......


 そんな気持ちを神獣の蒼空も共有していた。

 だから、全部は叶えてあげられないことを、申し訳なく思っていた。


 「ところで、C国のあの二人は?」

 「この世から消し去ったよ。 異能者の戦いに何の影響もない無意味な攻撃で、蒼空を殺したのだから、当然の報い」

 その言葉を発した時の聖月は、怒りに満ちており、今迄の聖月とは明らかに異なる姿であった。


 「これからはイバラの道になるけど、覚悟ある?」

 神獣の蒼空が聖月に確認する。

 「私、覚悟決めたよ。 これからは、どんなことが有っても、もう遠慮はしないって。 蒼空は私に付いてきてくれるんでしょ?」

 「それが僕の役目だから。 例え暗黒魔術師のリーダーになる道を選んでも、ずっと護り続けるよ」

 そう言うと、神獣は蒼空の姿になり、聖月を抱き締める。

 驚く聖月。

 僅かな時間だが、確かに温もりが感じられたのだ。

 「ちょっとの時間しか出来ないんだけど。 これは、パラレル世界でだけね」

 蒼空は、そう教えると、元の神獣に戻った。

 「さて、莉空達と合流したら、今回の戦いは終了の時間だよ。 長かったね、ご苦労さま。 そして、聖月ありがとう。」


 聖月に一緒に行こうと合図をした神獣の蒼空。

 流石に、神の一種である神獣。

 誰にもわからないダークネス・レヴェリーの漆黒空間内の見えない道を、軽やかに駆けていくのであった。


 

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