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悪戯と黄昏の刻に・第一紀(異能者の戦い)  作者: 嶋 秀
第一章(パラレル世界篇(詩音・聖月・莉空・蒼空を中心とした異能者の戦い))
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第13話(強大な幻想魔術)


今回の異能者の戦いでのクライマックスとして、『幻想の魔術師』ファエサルが用意した、強大な幻想空間。


その規模、内容は前回の樹海でのものとは比べ物にならない程のものであった......


 聖月は、蒼空と莉空を連れて、KYO市内中心部のホテルにチェックインしていた。


 「先輩達と連絡が取れない。 どうなっているのだろう」

 非常に不安な表情の聖月。

 詩音が隣に居るとはいえ、莉空と融合したままで、しかも魔力の回復はそれ程進んでいないとのことであり、今のところ戦力にならない状態であった。

 

 その後、夜遅くに緊急連絡が入り、海未と紗良が瀕死の重傷を負って入院し、戦線離脱となったことが分かった。

 「詩音、私達どうしたら良いのかな?」

 聖月は莉空(詩音)に話し掛ける。

 「聖月。 残り5日だから、何とか耐えようよ。 もう少し時間が経てば、私も少しは魔術使える様になるし。 それにリン達は私の姿が消えたままだから、何処に居るのか気になって、直ぐには手を出して来ないと思うから」

 

 その後、莉空は眠ってしまったが、聖月と蒼空は眠れない状態であった。

 不安いっぱいの聖月の手を握って、気持ちを少しでも和らげようとする蒼空。

 深夜になって、ようやく2人共にウトウトとし始めたのであった。



 この頃リンは、ファエサルと合流していた。

 「詩音の所在は確認出来ていないが、残りの3人はKYO市内中心部のホテルに宿泊した」

 リンがファエサルに説明する。

 「先程戦った2人も相当な重傷で、既に彼等の病院船に収容されて、北に向かった。 もう参戦不能だろう、ミヅキの回復魔術を受けない限り」

 「それでは、頃合いも良さそうなので、幻想魔術をかけましょうか? リンさん達の準備が良ければ」

 「準備OKだ。 お願いする」

 すると、ファエサルは幻想魔術を唱え始める。

 徐々に周囲に霧が立ち込め、ファエサルは魔術を唱え続けながら、そのままヘリコプターに乗り、リンに別れの挨拶として手を振る。

 幻想魔術が発動すると同時に、ヘリは急速上昇し、姿が見えなくなった。

 その後KYOから脱出した、アウダ・アイン・ファエサルは、急遽参戦を命じられたヨーロッパ戦線へと急ぐため、大陸方向へ去って行ったのであった。


 リンとツオ、メイリンはあえて幻想魔術の中に入る。

 最後の5日間は、この空間内での戦いとなる。

 「さて、幻想空間とはどの様なものかな?」

 楽しそうなリン。

 戸惑いの表情を見せるツオとメイリン。

 対照的な3人の表情であった。



 ウトウトしていた蒼空。

 ふと目覚めると、横になっていた筈のベッドが無かった。

 周囲は霧が薄く立ち込めている。

 慌てて、聖月を起こす蒼空。

 聖月も寝惚け眼をこすりながら、周囲の様子が一変したことに気付く。

 「あれ、ベッドは?」

 木の板の上で寝転がっていた、聖月と蒼空。

 しかも、直ぐ隣のベッドで寝て居た筈の莉空の姿が見えない。

 「これは......幻想魔術?」

 すると、外に炎が見える。

 板戸を開けると、松明の灯り。

 そして、ヒュンヒュンと空気を切り裂く音。

 何かが飛び交っている。

 そのうち、その何かが蒼空の頬を掠めた。

 「いてっ」

 頬に血が滲む。

 それを見てビックリする聖月。

 蒼空を掠めたのは弓で射た矢で有ったのだ。

 「前回の幻想空間とは、全然違う。 矢が刺さったら、大怪我をしてしまうかも」

 慌てて、防御魔術を周囲に張る聖月。

 非常に暗く、何も見えないKYOの街。

 松明の灯りの先を見る為、目を凝らすと......

 小さな馬に乗って、甲冑を着けている人や、駆け足で馬についていく大勢の人影が見える。

 「これは昔の戦いの最中だよ。 KYOでの大きな戦いって言うと......」

 「応◯の乱?」

 聖月と蒼空が声を揃える。

 背の低い男達が鬨の声を上げて、戦っている。

 そのうち家屋にも火が放たれる。

 逃げ惑う、KYOに住む女、子供、老人達。

 大半の人々は、身長160センチの聖月よりも小さい。

 身長177センチの蒼空は、彼等から見ると、大男だ。

 「とりあえず、戦の中心部から抜け出しましょう」

 聖月が蒼空に言うと、逃げる民衆についていく2人。

 弓矢の防御は、ある程度魔術で出来たが、約600年前のKYOでは、安全に休む場所を見つけるのは難しい。

 「KM川沿いに出ましょうか? 街は火が放たれて危険だから。 その方が周囲を確認し易いでしょ?」

 去年修学旅行でKYOに来ていた蒼空と聖月。

 その時の自由行動の経験が、まさかこんなことで少し活きるとは、2人共思って居なかった。

 

 「逃げ惑う人達の様子をみると、私達のことを気にしている様子は無いですね」

 聖月と蒼空にぶつかっても、不思議な顔はするが、気に留めず、そのまま逃げ続ける小さな人々。

 逃げる人々もKM川に向かっている様だ。

 「この当時のKYOは、戦乱が多くて、しょっちゅう焼けていたはず。 将軍の権力が弱くて、実力者に攻め込まれることが多かったんだよね?」

 歴史で学んだ知識をもとに、今後の方針を決めることにする2人。

 蒼空は聖月の体を庇いながら、移動を続けるのであった。



 リンは、幻想空間に入ると、ツオ、メイリンとはぐれてしまっていた。

 「ツオ、メイリン、居るか〜」 

 周囲にC国語で話し掛けるリン。

 返事は無い。

 「数メートルしか離れて居なかったのに、不思議だな。 これが幻想魔術が創り出した幻想空間か〜。 本当に凄い」

 思わず呟く。

 木造の家屋が建ち並び、往来を歩く人々。

 『時代はEDOかな? 和装の人ばかりだし、チョンマゲで帯刀の男が多いからな』

 そんなことを考えていたところ、突如抜刀したサムライがリンの方に斬り掛かって来た。

 思わず、サッとかわしたリン。

 しかし、刃先が少し掠めてしまった。

 すると、その場所が切れて流血し始める。

 「おお、なんと。 攻撃は当たるのか?」

 流石のリンも、これには非常に驚いた。

 刀が振り下ろされた先には、別のサムライが居て、深手を負っている。

 怪我したサムライは逃げ出す。

 抜刀して追い掛ける数名のサムライ。

 『俺を狙った訳では無いみたいだが、武器が当たると怪我をするのか。 ファエサルっていう魔術師の真の凄さを目の当たりにしているのだな』

 そんなことを考えながら、不慮の斬り付けを避ける為、周囲に気を配って歩くリンであった。



 莉空は、痒みで起きた。

 「あれっ? ベッドで寝ていた筈なのに......」

 呟きながら起きると、汚い小屋の中であった。

 「虫に刺されたのか。 痒いなあ~」

 ブツブツ呟く莉空。

 小屋を出ると、そこはEDO末期のKYO市内であった。

 何故、時代が直ぐに分かったのかと言うと......

 『誠』と背中に書いた武士が闊歩して歩いていたからだ。

 「新選◯......」

 そう呟いてから、気付いた。

 『ファエサルの幻想魔術が創り出した幻想空間に居るのか〜。 やられた〜』

と。

 瞬間移動魔術が使えないので、残り5日間、ここに滞在するしかない。

 しかも、聖月、蒼空とはぐれてしまっている。

 『これは残りの日々を自力で切り抜けるしか無いか〜』

 莉空の潜在能力を詩音が操って、最大限引き出し、乗り切るしかないと腹を括るのであった。


 その後、市中を歩く莉空。

 『幻想空間の人々に、僕の姿は見えていないのだな』

 現代人の服装や格好を見ても、誰も気にしない様子に、その様に判断する。

 「それ以外は、樹海の時と一緒かな?」

 そう考えていた時に、新選◯数名の隊士が抜刀して一人の武士を追い掛ける。

 その集団を躱した時に、抜刀した刀の刃先が莉空に触れた。

 「痛」

 当たった箇所を見ると、少し皮膚が切れている。

 『もしかして、幻想空間の人々の攻撃が......』

 莉空(と中の詩音)は、共に驚く。

 『これは、市中をゆっくり歩いてもいられないな〜』

 偶然、刃物を振りかざされたら、大怪我する可能性が有るっていう問題点をどう解決すべきか。

 そんなことを考えながら、気を付けながら歩くのであった。


 すると、早くもリンと莉空が偶然遭遇することに......

 「おや、君はシオンと一緒に居る子だね」

 「嗚呼、こんなところで早くも戦うことになるとは......それもリンと」

 ガックリする莉空。

 「シオンは、何処に居る? ずっと姿が見えないようだが」

 「大陸に進出したのかもですね。 こんなところで油を売っている場合じゃないと思いますよ」

 莉空が適当な返事をすると、リンの攻撃が始まる。

 ただ、幻想空間内のせいか、いつもの様にはいかない。

 リンが破壊出来る範囲が普段より遥かに小さく、普通の異能者の『攻撃スキル』レベル止まりであった。

 小さ目の木造家屋を1軒バラバラにするのが限界で、それで莉空を攻撃したが、大半が木片ばかり。

 これでは莉空に大きなダメージを与えることが難しい。


 「この空間では、いつもの出力が出ない様だね。 リン」

 莉空はそう言うと、紋章魔術の『エンブレム・ファイア』を放ち、莉空に向かって飛んできた木片を全て燃やしてしまった。

 「君は魔術を使えるのか?」

 流石に、これにはリンも驚く。

 「少しだけなら」

 莉空はそう答えると、『エンブレム・ストーム』を発動して、燃えカスと煙をぐるぐると巻き上げて、周囲を見えなくする。

 リンの眼球を目掛けて、燃えカスの塵や煙が襲い掛かり、思わず目を瞑ってしまう。

 そして、局地的な嵐が収まって、目を開けると、莉空は姿を眩ましていた。

 「逃げられたか〜。 しかし、この空間だと攻撃の出力がこんなに小さいとはな」

 恐らく、幻想空間を破壊出来ない様、異能者のスキルの力の上限に調整が加えられているのだと気付いたリン。

 『あの子も、直ぐそれに気付いて、虚仮威しの様な超低出力の魔術を使ったのだろう』

 莉空(の中の詩音)が使った魔術は、大きな焚き火の強化版と小さな竜巻レベルの魔術でしか無かった。

 しかし、それを効果的に使い、その場から去って行った手口を見て、

 『あまりにも、鮮やかなやり方......詩音の力かな?』

 そう考え、この時追跡は諦めることにした。

 リンがスキルを使った時に、偶然武士の刀が振り下ろされ、背中を少し切られてしまっていたのもあったからである。

 『この空間の戦いは、意外と難しい。 この時代のKYO市内は、暗殺や殺戮が続いたテロだらけの厳しい時代だったらしいからな』


 一方、リンの前から姿をくらました莉空。

 莉空も魔術を使った瞬間、武士の抜刀攻撃が当たっていたのだ。

 「莉空、大丈夫?」

 「大したことは無いよ」

 莉空は自身の傷を確認して、莉空の中に居る詩音が傷口を塞ぐ魔術を使い、自身で自身を治癒する形となった。

 「さっき、リンもスキルを使った時、抜刀した武士の刀が当たっていたみたいだし、僕も詩音が魔術を使った時に少し斬り付けられた。 それは偶然では無く、もしかしたら、この幻想空間では、必然の出来事なのかもね」

 「確かに魔術を使う一瞬って隙が有るから。 もっと注意しないとイケないか〜」

 「さっきの魔術って、詩音の魔力使って無いよね?」

 「うん。 莉空が持っている魔力を使わせて貰った。 精霊の魔術師の実子だから、そうした能力を受け継いでいるみたいだよ」

 「そうなんだ~。 自分じゃあよくわからないけど」

 「リンの能力に制限が掛かっているし、きっと私の魔力がフル状態であっても、強力な攻撃魔術は制限が掛かっていそうだから、魔力不足でもこのまま乗り切れそうね」

 「聖月と蒼空は何処に居るのだろう?」

 「聖月の魔力は探知で感じるんだけど、居ないのよね~。 さっきその場所に行ったら、居たのはリンだったから」

 「ひとまず、何処かで休もうよ」

 「それなら、N条城にしない? あそこなら無闇に刀を振り回す者も居ないし、畳の上でゆっくり出来ると思うよ」

 「流石、詩音。 良い場所提案するね~」

 「当たり前でしょ? 学院の優等生ですから」

 「そうと決まったら、早く向かおう」

 莉空は詩音と会話しながら、その様に決めたが、結局のところ独り言をずっと喋っているだけであり、傍から見ると相変わらず不思議な感じのままであった。


 N条城に着くと、門番に呼び止められることも無く、詰所の武士も莉空のことはスルーで、中までアッサリ入れた。

 「やはり僕の姿は見えて居ないね」

 大広間の片隅で横になって、くつろぐ莉空。

 「一度、こうして見たかったんだ〜」

 詩音が莉空に話し掛ける。

 誰も居ない、大広間。

 「折角、こういう変わった空間に居るのだから、普段出来ないことをしないと」

 「詩音はポジティブだね。 それが君の力の源なのかも」

 「そうかなあ~。 自分のことポジティブだと思ったことは一度も無いけど......」

 「こんな異世界で、みんなから詩音の魔術を頼りにされていて、失敗すれば本当に死んでしまうのに、リーダーとして行動しているじゃない?」

 「確かにね。 でも重荷に感じることも有るよ。 仲間とはいえ、その請託は......ってね」

 「やっぱり詩音でも、そう思うんだ」

 「私、聖人君子じゃないよ。 自分のことだけでも精一杯なのに、他人の命を護る様な責任迄負わされても......」

 「そうだよね。 まだ18歳なのだから」


 「そうだ、一つ聞きたいことが有るのだけど」 

 「なに?」

 「詩音の唱文魔術って、唱えている時の文言、毎回微妙に異なるよね?」

 「うん」

 「あれって、一つ一つの魔術で、全部異なるの?」

 「あ〜〜。 あれはね~、天界の言葉だけで良いんだよ」

 「???」

 「私が何を言っているか、意味不明の訳のわからない言葉が有るでしょ?」

 「うんうん」

 「あれは天界の言葉で、あの言葉だけ呟けば、魔術は発動するの」

 「なるほど~」

 「『天空の彼方の女神よ、地底で眠る精霊達よ、我にその力を与え給え』っていう様な部分は、私のオリジナル」

 「じゃあ、それは敢えて言っているの?」

 「こういう感じの言葉を口にした方が、魔術の発動に集中出来るから」

 「気持ちを集中する為なんだね」

 「そういうこと」

 莉空の中の詩音は、莉空の質問に答えると、N条城大広間で大の字になった。

 「いやあ〜、ここは本当に良いね~。 リンに再遭遇するまでは、ここで滞在しよう」

 そう言うと、魔術で隠していた装備品の中から、非常食を取り出し、大きさを元に戻してから食べ始める。

 「非常食以外も結構色々と有るから、食べたくなったら、中に居る私に向かって、語り掛けてね」

 詩音は莉空に向かって説明を終えると、莉空の中で寝てしまった。

 回復途上中なのに、怪我の治癒で少しだけ魔力を使ってしまったから、疲れが出た様であった......



 リンは、市中の旅籠に入っていた。

 幻想空間内の人々から、リンの姿は見えていないので、勝手に入った形であるが。

 「傷口がちょっと不味いかな」

 そう呟くリン。

 スキルを発動した瞬間に、刀で斬り付けられたので、案外傷が深かった様である。

 リンはスキルの能力が非常に高いものの、魔術師では無いので、戦いへの必需品を縮小して携行するようなことは出来ない。

 幻想空間へ入った時に持っていた携行品の大半は食糧で、それ以外のものは多く無かったので、救急用品は大したものを持っていなかった。

 傷口を消毒して、白いシャツを巻く。

 『まさか、過去の幻影が斬り付けてきて、それで実際に怪我するとは......何でも有りのパラレル世界だけど、これは究極かもな』

 そんなことを考えながら、横になってひと休みする。

 『ツオとメイリンは、この時間軸の幻想空間には居ないようだ。 ということは、別の時間軸の空間も有るってことだろうな』

 最大級の幻想魔術は複雑だとファエサルは言っていたが、それは幾つかの過去空間が存在していて、どの時代に入り込むかは予測不能だという意味なのだと、リンは理解したのであった。

 

 リンは怪我も有ってか、そのまま寝てしまい、気付くと朝になっていた。

 幸い、リンが入り込んだ旅籠の客室は空室だったようだ。

 「いてて」

 傷口からの出血は止まっていたが、シャツと癒着してしまい、剥がすのにはお湯が欲しいところであった。

 今回の幻想空間では、物を使うことは問題無く出来るので、旅籠の風呂場に入り込んで、湯船で傷口とシャツの癒着を取ってから、再度消毒をして、シャツを巻き直した。

 「まあ、こういう経験も面白いものだよな。 異能者の戦いなんてどうでも良くなってしまう状況だしな」

 そんな独り言を呟くリン。

 実際、攻撃の出力が普段の10分の1以下に落ちてしまっており、今、同じ幻想空間に居る、新しい異能者の男の子が相手では、お互い命のやり取りになるような戦いには、最早ならないだろうと判断もしていた。

 このEDO末期の、波瀾万丈な殺戮の街『KYO』で、幻影が振るう攻撃を果たして最後まで躱し続け切ることが出来るのか、という点に戦いの焦点は移ってきていたのだ。 

 ひとまず、この池◯屋という旅籠で暫く滞在し続けてみようかとリンは考え始めていた。

 莉空と再遭遇しない限り......



 1400年代後半のKYO市街に火が放たれ、人々と一緒に逃げていた聖月と蒼空。

 聖月は防御魔術を張っていたが、逃避行動中、聖月を庇い続けてきた蒼空の体には何本かの矢が刺さっていたのだ。

 この幻想空間での防御魔術は、効果が完璧から程遠い状態で、矢が防御壁を突き抜けてしまっていることに聖月が気付いたのは、戦いの場からだいぶ離れてからであった。

 「蒼空〜......その刺さっている矢は?」

 聖月は思わず悲鳴に近い声を上げてしまっていた。

 「大丈夫だよ、聖月。 海未先輩から借りた防護チョッキを着ていたから」

 蒼空はそう返事をしたものの、矢は防護部分を貫いて、蒼空の背中に刺さっているものもあった。

 「ちょっと、見せて。 治療するから」

 蒼空は、先日の負傷が完治していないのに、新たに矢での傷を負ってしまったことで、傷口の状態は良くなかった。

 ひとまず聖月は、魔術で矢を抜いて、携行している救急用具を元の大きさに戻してから、傷の手当てをする。

 『回復魔術さえ効果が有れば、全く問題無いのに......』

 聖月は悔しさを感じながら、詩音も使う回復の代用魔術を施して、傷口を塞ぎにかかる。

 しかし、詩音の様に上手くは出来ず、止血効果に留まった。

 「蒼空、ゴメンなさい。 私が詩音ちゃんぐらい、この魔術上手く出来たら、傷口治癒出来るのに......」

 そう言ってから、悔し涙を見せる聖月。

 「聖月。 僕は君が怪我して無ければ、それで十分だよ。 傷はいずれ治るし、異能者の戦いも残り僅かなのだから、何も心配すること無いよ」

 気丈に聖月を気遣う返事をする蒼空。

 ただ自身の傷の状態が良くないことは、当人が一番良くわかっていた。

 恐らく、矢に毒が塗られていたのだと、蒼空が気付くぐらい、急速に体調の悪化を感じる。

 「聖月......」

 蒼空は呟くと、意識を失ってしまった......


 蒼空の意識が戻った時、夜だった筈が昼間になっていた。

 場所も少し移動して、大きな木の下に居た。

 聖月が魔術を使って、蒼空の体を移動させたのだろう。

 「蒼空、気が付いた? 良かった〜」

 聖月は意識が戻った蒼空に気付き、涙を溢す。

 「矢に毒が塗られていたみたい。 中和薬を飲ませたけど......」

 「ありがとう。 治療をしてくれて」

 蒼空は感謝を述べると、聖月の頭を撫でる。

 「こんなところで、一人っきりにしないで......」

 聖月は涙声で蒼空にお願いをする。

 「大丈夫、あと4日?かな。 必ず現実世界に一緒に戻るからね」

 蒼空は聖月を励ます言葉を口にしたが、攻撃力の低い自身と聖月だけでは、無事乗り切れるかどうかの自信は無かった。

 だから、

 『万が一の時は、僕の生命力を提供して、聖月だけでも暗黒魔術で脱出して貰おう』

と考えていた。


 「莉空や詩音は、ここに居なそうだね」

 だいぶ時間が経ったのに、合流出来ていない状況に、少し危機感を覚える蒼空。

 「多分、他の空間に居るのだと思う。 この空間に入った頃、詩音ちゃんの魔力は感じたのだけど、そこに居なかったから......」

 「リン達は?」

 「リンは居ないみたい。 ただ他の異能者が2人、この幻想空間に居るのを感じる」

 聖月は、ぼんやりとした感じで状況を答えたが、蒼空には分かっていた。

 恐らく、暗黒魔術の一つで周囲を探知したのだろう。

 『リンが居ないというのは今のところ幸いだが、後から現れる可能性も有るので油断は出来ない』


 その蒼空の様子を見て、聖月は正直に話そうと思い、

 「ゴメン。 暗黒魔術を使う為、少し蒼空の力を借りました」

 事後承諾を求める聖月。

 「気にしないで。 同じ空間に誰が居るかは重要な情報だからね」

 「リンもこの空間内には居るよ。 ただ時間軸が違うみたい。 莉空と詩音も時間軸が違う。 だから異能者の戦いが終わる迄合流することは出来ないと思う」

 暗黒魔術での細かい探知結果を説明し直した聖月。

 「ということは、ここで戦う可能性が有るのは、ツオとメイリンってことだね。 ファエサルは幻想魔術を使うと近付けないみたいだから」

 蒼空が現状を認識し直す。

 「もう一つの問題は、武将達の戦いに巻き込まれること。 この時代の戦いは10万人規模だったらしいから、かなり危険性が有るよね」

 聖月はそう言うと、暗い表情になる。

 「聖月。 そんな暗い顔をしないで。 僕はまだ生きていて動けるし、きっと大丈夫」

 「それに、異能者になると、現実世界で大きな恩恵が有るのでしょ? それを受ける前にこんなところでくたばれ無いよ」

 蒼空はワザとそんなことを話して、明るい表情を見せる。

 聖月は、蒼空の気持ちを見抜いていたものの、その笑顔に救われる気がした。

 『2人なら、この苦境をきっと乗り切れる』

と。


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