第12話(離脱と脱落)
樹海に仕掛けられた幻想空間に嵌ってしまった仲間達を救う為に、莉空と詩音は一つの決断をした。
そして、再びリンの攻撃を受けた莉空達。
樹海での決断の代償は大きく、ついに大きな被害を受けてしまうのであった。
聖月や海未達が、幻想空間に嵌って3日以上経ったものの、魔術が解ける気配は無かった。
「流石に詩音でも、この魔術を解くのは難しいみたいだな」
海未が状況の悪化を指摘する。
「そうなると、自力でここを出るしか無いのか〜。 でも、どうやって?」
「端っこ迄行ったら出れないのかな?」
紗良が、脱出方法の提案を出してみたものの、
「ここに入る時、試してみましたが、出れなかったです」
聖月が残念そうに答える。
「打つ手無しか〜」
「虫籠に捕われた虫達の様な状態だね」
海未と紗良は落ち着いた様子で話していたが、実は半ば諦めの境地にあったのだ。
「聖月、蒼空。 本当にゴメンな。 俺と紗良が車から降りなければ、こんな目に合わなかったのに」
一度、詩音の瞬間移動魔術で脱出していたのに、2人を助ける為、死地に舞い戻って来るという大きな迷惑を掛けてしまったことを詫びるのであった。
「いえ。 ここで見捨てたら一生悔いが残ってしまうと思ったので、戻って来たのです。 謝らないで下さい」
聖月はその様に答えたが、そろそろ脱出の為の決断をしなければならないタイミングに来ていることは分かっていた。
そう、防御系暗黒魔術『フューネラル・マーチ』を使うかどうかの決断の時期が......
ただ、これを使うには、誰かに犠牲になって貰わないと、幻想魔術空間から脱出をする為のエネルギー量を得られない。
この時の聖月は、誰かを犠牲にする様な決断を出来る冷酷さは持ち合わせていなかった。
だから結局、幻想空間が破裂する直前に、自動的に『フューネラル・マーチ』を発動し、その時犠牲者になる人として、海未か紗良のどちらかが運で決まるよう、魔術を調整しただけであった。
更に半日が経過した頃、聞き覚えのある声が近付いて来るのが聞こえた。
ブツブツ愚痴を言いながらの莉空(と詩音)が現れたのである。
「ここまで辿り着くのに、1日掛かっちゃった」
莉空(の中の詩音)が疲れた様子で愚痴る。
「どうやって、ここに?」
4人は不思議に思って確認する。
「それは、魔力を探しただけよ。 聖月の持つ固有のね」
やっぱり詩音はスゴいと思った4人。
「本当にたちの悪い魔術。 最低〜。 ファエサルの性格が出ているよね、全く」
何時までも文句が続きそうな感じだったので、聖月が、
「詩音ちゃん、ここに戻って来ちゃったけど、解決策有るの?」
と質問する。
「無いよ。 全く」
あっけらかんと答えたので、驚いた。
「ここは、間もなく崩壊するでしょ? その時の収縮エネルギー量を考えると、幻想空間内に居る人はみんな死んじゃうよ」
「うん、それは分かってる。 でも、聖月だってこの中に入った訳じゃない? 何か解決策が有っての行動じゃないでしょ?」
「......」
聖月は直ぐに返事が出来なかった。
「あれ......もしかして、何か方法が有るの?」
「いえ、無いわ。 全然」
落ち着いて否定する聖月。
いつもと何かが違う反応に、『ちょっとおかしいな』と思った詩音であったが、追及する様なことはしなかった。
目前の大事を解決する方が優先であったからだ。
「それじゃあ、みんな行こうか?」
莉空(の中の詩音)は、全員に立ち上がる様に指示する。
「えっ、何処に?」
「幻想世界の外にだよ」
「詩音、解決策無いって言ったじゃない?」
「唯一の成功事例をもう一度やるよ」
「瞬間移動魔術を?」
「ここでもう一度使うと、一週間近く魔力がなくなるし、今回の異能者の戦い期間中での三度目使用は絶対無理。 最大の切り札の魔術だから、出来れば使いたく無いけど」
「......」
「ここを出たら後のことは、みんなにお願いするね。 幻想空間外側の四隅に魔術用の生け贄が有るから破壊して。 そうすれば、この魔術は消えて無くなるわ。 ただし、爆発的な空間収縮が発生するから、防御を何重にも作ってから、破壊してね」
莉空(の中の詩音)は、みんなに事後の措置を説明して、依頼するのであった。
「じゃあ〜、僕と手を繋いで」
莉空は左手を聖月、聖月は蒼空と手を繋ぐ。
右手は海未、海未は紗良と手を繋いだ。
「天界の女神ヘカテーよ、聖なる妖精達よ、精霊の魔術師エリンよ、我に力を授け給え。 ☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓(天界の言葉)、『瞬間移動』」
莉空が唱え終えた瞬間、6人はワンボックスカーの横に立っていた。
「やったー」
海未と紗良が歓喜の声を上げる。
聖月は蒼空とハイタッチをする。
聖月のその表情には、暗黒魔術を使わずに済んだことで、ほっとした心境が含まれており、それに気付いたのは蒼空だけであった。
莉空は、暫くその場に立っていたが、車内に入ると崩れ落ちる様に倒れて、昏睡状態になった。
それから4人は、詩音の指示の通りに幻想魔術によって創られた空間の破壊の準備を始めた。
紗良が攻撃者用に幾重もの防御壁を作る。
莉空(と詩音)が眠っている車は海未が運転して、なるべく遠くに移動させ、空間収縮の影響が及ばない場所に退避させる。
そして、オートバイをレンタルして、紗良が作った防御陣地に戻った海未。
防御陣地には、聖月と蒼空も待機して、念のために攻撃と同時に聖月が防御魔術を発動する。
いよいよ、攻撃の時。
海未が、魔術用の生け贄となっている鹿の死骸を粉々にして、砂に変換した。
すると、空間が歪み始める。
霧が上空に上がってゆき、先の方まで晴れ間が拡がってゆく。
暫くすると、霧が上空で1箇所に集まり始めた。
凝縮が始まり、霧が消えた瞬間......
もの凄い衝撃波が一帯を襲う。
紗良が作った4重の防御壁も3重まで完全崩壊し、最後の壁も半分崩れる。
聖月の防御魔術の壁までもが、大きく波を打って、振動が聖月の手に激しく伝わる。
防御魔術を使い続ける聖月の手も、巨大なエネルギーに持っていかれそうになったが、蒼空が一緒に支えていたので、辛うじて防御は破られずに済んだのだった。
こうして、ファエサルの幻想魔術による幻想空間は解消されたのだ。
「やっと、先に進めるね」
紗良が安心した表情を見せる。
海未はオートバイに乗って、3人に手を振る。
車を取りに戻るのだ。
「残り8日間」
「あと少しで帰れるんだね」
聖月と蒼空は、早く現実世界に戻りたい様である。
数時間後、迎えに来た車に全員が乗って、漸くFJ山の樹海を離れることが出来た。
「ここで4日以上、足留めされたね」
紗良が言うと、聖月が、
「仕方ないですよ。 無事脱出出来ただけでも良しとすべきです」
続けて紗良が、
「リン達の攻撃は無かったですね」
敵の動きに少し疑問を呈したが、聖月が、
「詩音が居なかったら、脱出出来なかった魔術ですから、元々攻撃する必要が無いのです。 それに下手に攻撃すれば、幻想空間が突然壊れた時の巻き添えになる等、逆に危険が伴いますし」
と答え、幻想空間内での戦いには、かなりの難しさがあることを説明したのであった。
その後、FJ山の南側を通過し、方陣の内部に車が入ったことで、詩音が新たに作った方陣は有効に。
そしてやっと、目的地だったM島市に到着した6人。
既に22日目の夜遅くとなっていた。
新◯線が事故で長期運休中の為、西方へは、そのまま車での移動を選択したのだった。
結局、幻想魔術の罠から脱出する為に魔力を使い切った詩音は、戦い最終盤で、魔術が殆ど使えなくなってしまうという大きな問題が発生してしまう結果に。
当面は、莉空と融合したままである。
融合を解除する魔力も残っていなかったからだ。
「特にこれからの一週間は、攻撃されたら詩音の魔術が無いのでキツイね」
「万が一のことが有ったら、俺と紗良が命を賭けて食い止めるよ。 詩音が魔力切れになった原因は、俺達のせいだから」
海未は、聖月と蒼空にそう宣言する。
「ひとまずホテルをとって、ひと休みして、明日から西方に進出しましょう。 方陣を作りながら」
聖月が今後の方針を決めると、眠ったままの莉空を蒼空がおぶって、ホテルにチェックインする。
そして全員が、4日間に渡る幻想空間での滞在で疲労困憊状態であり、ベッド上で横になると、そのまま寝落ちしてしまったのであった。
翌日。
全員が起きた時には、午後になっていた。
ただ、莉空も起きたのが意外であった。
莉空がトイレから戻って来ると、蒼空が、
「もしかして、詩音さんに......」
「全部見てるよ。 男の朝の生理現象のアレとかもね。 でも仕方ないじゃない?」
莉空(の中の詩音)が答える。
「融合解除出来るのはだいぶ先になるし、魔力の完全回復は更に先になるから、当面は融合解除しないよ。 自分自身の防御もロクに出来ないからね」
「確かに、その方が良いかも。 莉空はヤバくなったら、自動的に防御出来る能力が有るから」
蒼空はそう答えると、
「さあ、もうみんな起きたから、出発しよう」
車に乗って出発すると、魔力回復の為、莉空はまた寝てしまった。
聖月はひとまず、NG屋市内迄進出する様に指示を出した。
距離は長いが、特別な神々の山なども特に無いので、市内に進出してから、方陣を設置することに決めたのだ。
「途中で攻撃が有ったら、その時に改めて対応しましょう」
パラレル世界での経験時間が、年齢に比して極端に長い詩音と聖月。
聖月は『名家』の維持ばかりに固執する両親と過ごしたく無いからと、小学校高学年以降、詩音の家に入り浸りだったが、詩音も血の繋がりの無い母親との折り合いが悪く、回復魔術師候補の聖月の力を使って、夕方から夜遅く迄、毎日の様にパラレル世界に滞在して居たので、この世界での経験値という点では、大ベテランの異能者並みという状況であった。
よって、リーダーの詩音が指揮を采れない以上、聖月が代わりに指揮を采るのは、ごく自然なことである。
夜にはNG屋市内に入った。
「やっぱり、攻撃はありませんでしたね」
敵側のこの反応は聖月から観ても意外であったが、幻想魔術には大きな問題点が有って、掛けた側も容易に近付けないという面によるものだと、推測していた。
24日目。
この日は、領域奪還を進める為、方陣を作ることにする。
三E県の伝統有るIS神宮付近に紋章を描く為、出かける一行。
詩音が魔術を使えず、戦力が大幅ダウンしたことから、5人(+1人)は一緒に行動をせざるを得ないので、手分けして方陣の作成をすることが出来なくなっていた。
神社の近くに到着すると、莉空も起きて一緒に参道を歩く。
「魔力切れって不便。 敵の紋章の場所もわからないわ」
莉空(詩音)がボヤくと聖月が、
「私が見つけるから大丈夫よ」
と言ったものの、莉空(詩音)は聖月が簡単に見つけることは出来ないだろうと思っており、半信半疑の様子。
その後やはり、全員ぐるぐる沢山歩かされて、約2時間半後に漸く敵の紋章を見つけた聖月。
「ここは、色々な力が働いているから、見つけにくいのよ」
莉空(詩音)がフォローの解説をする。
NH国の古代の神々と、魔術の女神とは系統があまりにも異なる。
更に、多くの戦乱も絡んでいる場所であると、魑魅魍魎が多くて、非常に見つけにくいらしい。
聖月が攻撃魔術を少し使って、敵の紋章を破壊。
そこに新しい紋章を描く。
その後、紋章を書いたことに対する、固有の神々へ挨拶する為の参拝をしてから車に戻った5人。
残り日数も少ないので、出来るだけ西方を目指すことにし、夜はこの地区で最古の社の一つであるAT田神宮にて、方陣用の紋章を描き、ホテルに戻る。
「明日は、比EI山迄行って方陣の紋章を設置し、レンタカーを返しましょう。 そして、KYO都に入る予定で」
聖月がみんなに指示し、了解した4人。
莉空(と詩音)は、まだ体力と魔力の回復に務める為、再び寝てしまっていたのだった。
この頃リンは、ファエサルがKYO市内に仕掛ける、大規模な幻想魔術の手伝いをしていた。
「今回のモノは、FJ山に設置したモノとは、規模が違いますね」
リンが質問を兼ねた感想を漏らす。
「大きさも数十倍、幻想空間内に現れる過去も複雑なものとなります。 これこそ私が出来る最大級の幻想魔術です」
とファエサルが説明をする。
「異能者の戦いにおける30日間の期限切れが有るからこそ設置出来る大規模のものなのです。 そうでないと、魔術を施した術者である私は、地球上の何処に隠れても、大幻想空間が消滅する時の膨大な収縮エネルギーに吸収されてしまい、死んでしまうので」
「......」
「これが今回の戦いにおける、私からシオンへの最後の置き土産ということで、どう活かすかは、リンさんにお任せします」
ファエサルはその様に説明をした。
「私としては、FJ山の辺りから、シオンの姿を確認出来なくなっていることが気になりますね」
リン達は、詩音が『融合』という特別な魔術を使えることを知らないので、ずっと莉空と同化していることに気付いていなかったのだ。
だから、最強の魔術師の一人である詩音の動向を非常に警戒していた。
その上、全体主義陣営総指揮官の命令により、ナタリーが他の戦線に転進したことで、回復魔術の施しを受けることが出来なくなっていた。
更に、樹海に仕掛けた幻想空間が消える時には、『念のため数百キロ離れていたい』というファエサルの希望も有った。
よって、ここ数日間は攻撃をせずに、KYOの市街地に莉空達を引き込んでから、迎撃する態勢を取っていたのだ。
「彼等は明日、KYOに到着しそうですね」
鴉を使って情報収集していたファエサルが、リンに聖月達一行の行動予測を説明する。
「こちらも戦力ダウンしたので、彼等がKYOに入る直前に敢えて攻撃を仕掛けて、KYOの町へと追い込みます。 そして、ファエサル殿の幻想魔術の範囲内に入って貰いましょう。 私とツオ、メイリンも幻想空間に入って、その中で戦うことにします。 ファエサル殿は魔術に成功したら、予定通り、帰国して向こうの前線に転進して下さい」
リンは今回の戦いの最後の作戦を説明すると、再び準備に勤しむのであった。
異能者の戦いも残り僅か。
聖月の指揮で、比EI山に入った5人。
方陣用の紋章も聖月が描いて、CHU京地区の方陣が有効になった。
「もう2箇所くらいに方陣を追加して、強化しておきたいね」
聖月が希望を言うと、
「IWS八幡宮に設置すると、NH国固有の古代の力も発揮されそうだよね。 IS神宮、AT田神宮と合わせて称されているから」
莉空(の中の詩音)が、その様に勧めたので、ひとまずその場所を目指すことにする。
「KYOは千年の都だから、別に専用の方陣を作っておくと、ポイントが高いと思う」
海未と紗良も、今回の戦いの最後の点数稼ぎに、残り5日間で設置を目指したいと言う。
「ただ、リン達も恐らくKYOで待ち構えているでしょうね。 異能者の戦いにおけるNH国での最重要ポイントだから、この場所が」
聖月は全員の気を引き締め直して、いよいよ比EI山を下りて、KYOに入る準備をする。
ところが、麓に下りると、突然、攻撃が始まったのだ。
付近の建物が次々に崩壊し、その破片が5人に向かって銃撃の様に降り注ぐ。
周囲に居た人々は何が起こったのか分からないまま、逃げ惑う人、立ち尽くす人、色々であった。
攻撃して来る方角を見渡すと、リンが一人で攻撃を仕掛けて来たことが分かる。
「ここは俺達が防ぐ。 3人はKYOの市街地へ先に向かってくれ」
海未と紗良が、樹海で迷惑をかけた名誉挽回と、詩音の力が戻る迄の時間稼ぎの為に、その様に申し出る。
「先輩達、お願いします。 私と蒼空は莉空(と詩音)を護るのに専念するから」
聖月は、そう言い残して、蒼空と莉空と一緒に、KYO市内方面の路線の駅へと向かって走り始めるのだった。
「リン、俺達が相手だ」
海未はそう言うと、いきなり超小型ミサイルを発射。
ミサイルは上空で自爆し、周囲に特殊な気体を撒き散らす。
無力化ガスであった。
「君は色々と面白いものを持っているな。 だが、俺にはあまり効果が無いぞ」
リンは海未にそう言うと、破砕されたコンクリート片や木片、鉄片などと一緒に無力化ガスも海未に降り掛かってきた。
「ゴホッ、ゴホッ」
防毒マスクをしているとはいえ、リンの攻撃でマスクに細かな穴が開いたことから、その隙間から無力化ガスも吸い込んでしまう。
海未と紗良は咳が止まらなくなるが、それでも耐えて再びリンに反撃を仕掛ける。
リンが攻撃に使った残骸を海未が操り、リンへの攻撃を行う。
紗良がその間に、止まっている比EI山電鉄の車両を目の前に移動させて、防御壁とする。
車両の窓ガラスは海未がスキルで粉々にして、リンへの攻撃に利用。
それに対してリンは、自身の防御スキルで近くを走っていたバスを持ち上げて自身の前に置き、海未の攻撃からの防御壁とする。
海未はスキルを補う為に、超小型ミサイルを連発して、リンの上空で自爆させて、強酸の液体をバラ撒いて、リンの集中力を削ぐ作戦を実行。
紗良もリンの隙を見て、装備のレーザー銃を乱れ撃ちで発射する。
レーザーだと、異能者のスキルでは銃弾の様に自由に操ることが出来ないからだ。
ただ、まだ実験段階の武器なので、威力も弱く、大出力レーザーを出すには大規模な装置が必要なことから、あくまで携帯用のレーザー銃は攪乱目的に留まっていたが。
「面白いものを持っているな」
リンが紗良の個人装備品を褒める。
「それが実用化されたら、異能者の戦いでも、大きな武器になるだろう」
リンは余裕の有る態度で、2人の攻撃を防ぎながら、論評する。
そういう態度をとれるほど、スキル自体の実力差が大きかったのであった。
その後、海未と紗良はリン相手にかなり善戦した。
幼い頃からの連携プレイの訓練を続けていたことで、隙が少ないことと、異能者の戦い用に事前準備していた高価な個人装備の効果もかなり高く、数十分間に渡る攻防となった。
ただ、個人装備の小型ミサイル等には数に限りがある為、レパートリーが出尽くすと、実力差で急速に劣勢となり始めた。
焦りの色を見せ始める海未と紗良。
逃げ出す暇が無く、徐々に追い詰められつつあったのだ。
リンの今回の攻撃の目的は、ミヅキ・タチバナ達を幻想魔術の効果の範囲内に進ませることであり、3人はKYO市内の中心部方面に向かったことが確認出来ている。
『シオンの姿が無いことが、ちょっと気になるが、ここまでは予定通りだな』
リンはそう考えていたので、締めとして、海未と紗良に強烈な攻撃を御見舞いすることにした。
「2人の健闘を表して、私の最大出力の攻撃を見せて差し上げよう」
そう宣言するリン・シェーロン。
すると、周辺の駅やら雑居ビルやら車やら電車の車両がバラバラになり始める。
地面もエグれて、半径200メートル位の小さなクレーター状に。
そして、そこにあった物体が全て直径1センチ位の大きさに粉砕される。
それを見た海未と紗良は、隠れていた電車の車両内から走って逃げ出すも、その逃走方向めがけて無数の破砕されたあらゆる物体が銃弾の様に襲い掛かる。
2人の個人装備の特殊な金属装甲も、次々と損傷し、防ぎきることは出来ない。
装甲を突破した一部の破砕された物体が、銃弾の様に海未と紗良の肉体を貫通する。
崩れ落ちる2人。
何とか最後の力を振り絞って、
『少しでも盾になれれば』
と紗良の上に覆い被さる海未。
紗良は防御スキルを使って、自分達に向かって突き刺さる破片の加速度を少しでも落とそうとするが、効果は少ない。
仕方なく近くの鉄製の看板を何枚か剥がして、海未の体の上に重ねて、緊急用の防御壁にする。
海未も残っている力を振り絞って、向かって来る物体の向きを少しずつ変え続けた。
数分間続いた怒涛の攻撃。
それが終わると、リンは姿を消していた。
攻撃が完全に終了した時、海未と紗良は大量出血し、重なり合って倒れていた。
個人装備の装甲服のお蔭で、何とか生き延びたものの、瀕死の重傷を負ってしまったのだ。
『残り5日。 聖月の力を俺達に使ってしまうと、ピンチの時に何も出来なかった前回の二の舞になる』
海未はそう考え、事前に決めていた緊急連絡のボタンを押して、自身と紗良を病院の集中治療室へ入院させる様、部下達に暗号文で伝える。
15分後に特殊な救急用ヘリコプターで到着した海未の部下達。
その場で応急処置を取りながら、近くの海上を航行していた海未所有の病院船へと2人を搬送する。
海未と紗良は、この時点で異能者の戦いの戦線から完全離脱し、今回の戦いへの参戦は終了となった。
残る戦いは、聖月と蒼空、それに詩音と一緒になったままの莉空の3人で乗り切らなければならない。
リン達も、ファエサルが魔術をかけた後は、3人となる。
残り少ない手勢同士で、最後の5日間の戦いがどうなるのか。
日が落ちて、夜の闇へと時が進んだ25日目が間もなく終わろうとしていた。




