その依頼者、無謀にすぎる 6
かまわず踵を返し、外へ向かう。
事情も知らない者たちに、無責任な同情を向けられたところで、現実は何も変わらない。
ならば、またどうしようもない現実を己の口から語って、絶望したくなかった。
子供じみた行いを自らに言い訳するように、イシュアはつぶやいた。
「……じいも見当違いをやらかしたものだ。
そなたらのようなものが迷宮最高の救助者にして、迷宮最強の勇者などと、ありえないことだ。
金貨一枚を掛けるまでもない」
「何ですってえっ……?」
隊への侮辱は、アリエッタの逆鱗だ。
ふわふわの赤毛を逆立てて、猛然とテーブルを回り込む。
「ちょっと待ちなさいよ!」
イシュアの上衣に掴みかからんばかりの剣幕だ。
完全に逆上しているアリエッタの袖口を、シルヴァはついと引いて止めてやった。
「そうだぞ、待ちな。
マントを忘れてるぜ」
「そこぉ?」
「重要だろ? マントだってタダじゃねえ。
文無し旅ならなおさらだ、王子サマともあろうお方が金貨一枚惜しむくらいのな」
あっけらかんとした口調に苛ついたイシュアは、恨みがましさを隠せていない顔をこちらに向けた。
シルヴァが差し出したマントに無言で手を伸ばす。
と、いきなりシルヴァがマントを引いた。伸ばした手が宙を泳ぐ。
「な……!」
ようやくまともにこちらを見た。
その瞬間を逃さず、シルヴァはがっちり視線を合わせた。
「まあ、早まるなよ王子」
シルヴァがにっと歯を見せると、なんとも愛嬌あふれる人懐こい笑みになる。
つい引き込まれるような、理由もなく心を許してしまいそうな、無邪気な笑顔だ。
「俺たちのことは信じられねえんだろうけどさ。
でもその家臣は信頼できる奴なんだろ?」
「無論だ」
老爺は、存在の全てをイシュアに捧げ、尽くしてくれた。
イシュアが幼い頃からずっと老爺は、心底からイシュアを想い、旅立ちのあの日には、涙を流して同行できない己を責めていた。
彼が、力になれない己のせめてもの代わりにと、名指したのが救援隊『黄金の鈴』だった。
「ここはひとつ、その家臣の言葉を信じて契約していけよ。
その家臣どのの信頼、俺たちは絶対裏切ったりしねえから、な?」
大きな手でイシュアの両肩を叩く。
視線を外さない。
シルヴァの瞳の真夏の空のような明るい青がまぶしい光を放ち、イシュアの瞳の奥に淀んだ影をかき消す。
そして一転、屈託のない全開の笑顔。
無垢な幼な子に誘われているようだ。
その不思議な引力に、イシュアはあっさりと白旗を揚げた。
気まずそうに、部屋の中へと向き直る。
そんなイシュアの背を、またシルヴァはぽんと叩いてやった。
軽く息をつき、ギヨームも柔らかく微笑む。
「では契約内容について説明いたしましょうか」
一同は再び席に着いた。




