勇者はギルドの酒場にいるか 2
「……客ぅ?」
女の影に、先程の少年の姿があった。
ほとんど死人と化してぴくりとも動かなかったシルヴァだが、瞬間、生き返って飛び起きる。
幸運の神はやはり自分を見放さなかったのだ!
少年の前に滑り込んで、ひざまづいて手を合わせた。
「はじめて見る顔だよな?
もしかして、わざわざ俺に金貸しに来てくれたの?
客っつーよりむしろ神? 君自身が神なの?」
「……は?」
シルヴァは立ち上がると、客の少年ににやりと笑いかけ、決めポーズを取ってみせた。
「心配無用! グラータの天才賭事師シルヴァとは俺様のことだ。
すぐ倍にして、いや三倍にして返すからな!
いや~ピンチにいきなり金貸してくれる神が降臨するとは!
やっぱ俺、幸運の神に愛された男だな!」
「……………………はあ?」
何を言われているのか判らない。少年は助けを求めるように女を仰ぐ。
「あの……これが?」
案内してきた給仕の女も、やれやれと肩をすくめた。
「そう、コレ。
あ、シルヴァ、あんたここのツケもまだ残ってんだからね。
早いとこ耳揃えて払っておくれよ」
「わかってるって。
今度の勝負が本当の本番! 華麗なる大逆転劇を見逃すなよ!
最後に笑うのは俺様さっ……!」
シルヴァはふんぞり返って高笑いした。
周りがはやし立てる声は、常勝賭事師たる己への賞賛にしか聞こえていない。
給仕の女は首を振って、少年の肩をぽんと叩いた。
「……悪いこと言わないよ?
あんた、コレに金貸すのだけはやめときな。
『常敗賭事師シルヴァ』って言ったら、この街で知らない奴はいないんだから」
「え?……えええっっっ?」
少年は思わず、懐に大切に仕舞った金貨に手を遣った。
旅立ちの日、老爺は一枚の金貨を少年の手に握らせて、こう言った。
『グラータの街に着いたら、救援隊『黄金の鈴』を頼りなされ。
攻略の途中で大怪我を負ったり、体力が尽きてしまったり、道を見失って遭難したり……。
迷宮に降りる前に契約を交わしたものの命に危機が迫ったとき、魔法道具の鈴の音に呼応し、たとえどんなに深い階層にでも駆けつけて救助する。
それが彼ら、救援隊『黄金の鈴』でござります。
契約金は、契約者の目標の階層を問わず、金貨一枚。
契約者が何事もなく目的を達し、無事に地上に帰還すれば、掛けた金貨は戻りませぬ。
ですがもし事が起き、契約者が鈴の音で呼べば……
掛けた金貨一枚で、彼らの技倆と命を買うことができまする。
あのものたちは、迷宮最高の救助者にして、迷宮最強の勇者。
必ずや、貴方様のお命を、希望を守ってくれまする……!』
周りのものすべてが離れていくなか、最後までただ一人、少年の味方でいてくれた老爺。
まさか彼の言葉を全力で疑う日が来ようとは。
(じい……本当に、こんな輩を頼れと……?)
少年は憮然として、『最強の勇者(=アホ認定済)』に寒い眼差しを投げた。