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はじめての迷宮 3

「あ~腹減った……暇だし」

 シルヴァが情けない声を漏らす。

 続いてセトラの腹がきゅう、と鳴った。腹が減りすぎたのか、ぺったり薄くなって、伸ばしたピザの生地のようにシルヴァの肩に貼り付いている。


 空腹で身体に力が入らない。酒場に出かける前に軽く朝食兼昼食を摂ったきり、そろそろ日の暮れる時間だ。

「暇だし……腹減ったあ……」

「ちょっとお、あまり腹減ったって連呼しないでよ。

 こっちまでお腹がすいてくるじゃない」

 フリフリのドレスから一転、実用一辺倒、無骨な鎧を身につけ髪もまとめたアリエッタが、床のラグに座り込んだままかすれた声で抗議した。


 傍らには、アリエッタの背ほどの大きな斧が、クッションを枕にして据えられている。


 『黄金の鈴』本拠地(ホーム)では自炊が基本。思い立ったものがキッチンに立つ決まりなのだが、面倒くさがりのシルヴァと、あまり料理の腕に自信のないアリエッタは、お互いけん制しあってなかなかキッチンに向かおうとしない。


「……腹減ったあ……」

「あーもうやめてったら……」


 すかすかの声同士の情けない争いに敗北するのは、たいていギヨームである。

 テーブルに相棒である大剣を置き、鎧をまとった姿で、迷宮で発見されたと触れ込みの小さな香炉を愛でていたが、軽く苦笑して席を立った。

「少し早いですが夕食にしますか。シチューを温めてきましょう」

 ギョームの「夕食」という言葉に、二人と一匹の腹の音がそれぞれ反応する。シルヴァはのそりと顔を上げた。


「まだ残ってたっけ? またセトラが全部食っちまったんじゃねえの?」

「昼に相当多めに作りましたからねえ、まだ少しは」

「大鍋ひとつでも足りないんだよな、こいつ」

 セトラがぷうう、と抗議の声を上げる。実際シルヴァ、いや『黄金の鈴』のメンバーは、皆よく食べるのだ。自分だけのせいではないと言いたいのだろう。

「よっし、飯にするか……」


 のびをしたシルヴァは、ぴたりとその動きを止めた。


 首だけ動かし、鋭い視線を、暖炉の隣の台座へ向ける。

 呼吸ひとつ。

 黄金の鈴が大きく揺れ、澄んだ音色を奏ではじめた。


 シルヴァの仕草で、ギョームも、そしてアリエッタもすでに武器を掴んで立ち上がっている。

 その動きを、シルヴァは片手を挙げて制した。目をすいと細める。鈴の周りに、金色の詞が光をまとってちらちらと浮かびあがる。


「……いや。

 第五階層だ、俺だけでいい」

「ですな」


 ギョームはあっさりそう言って大剣を置いた。


 駆け出すシルヴァにくるりと背を向け、キッチンの方へと歩き出す。

「では五人分、夕食を用意しておきましょう」




(しまった…………!)


 暗闇に足を踏み出したとたん、いきなり、足下の床がなくなった。

 胸がえぐられるような強烈な落下感に、とっさに魔法道具(アーティファクト)の護符を発動させられたのは、イシュアの長い一人旅の経験の賜物だった。

 ほとんど無意識の行動ではあったが、結果、護符は、地面に叩き付けられる衝撃からイシュアの身体を守ってくれることとなった。


 それでも跳ね返されて斜めに弾き飛ばされ、地面にぺたりと座り込む。

 そのときになってようやく、床に空いていた縦穴に落ちたのだ、と、理解できた。


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