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その依頼者、無謀にすぎる 9

「決まったことだと言っていた。

 どんな事情かは知らねえけど、引くことができねえんだろ」


 そのさばけた様子が(しゃく)に障る。アリエッタは声を荒げた。


「あなたも気づいてたなら、なんだってあっさり行かせたのよ!

 炎蜥蜴を倒したいって、第二十一階層の主を倒すんだって、王子様が本心から願ってるのならいいわ。

 たとえそれがどんなに無謀で、愚かな野望でも……迷宮はそういう場所だもの。

 でももし誰かに強要されているなら、それで迷宮に降りて大怪我でもしたら……王子様が可哀想だわ」


 アリエッタは物心ついた頃に先代の『黄金の鈴』リーダーに引き取られ、以来ずっとグラータ地下大迷宮とともに生きてきた。

 だから、迷宮がいかに人々の心を躍らせ、夢を与える存在であるか知っているし、その華やかな光の影にある迷宮の恐ろしさもよく判っているつもりだ。


 朝、いつものように挨拶を交わした知り合いの冒険者が、夕刻に体の一部だけになって還ってきたこともある。

 なんとか生還できたとしても、癒しの術でも治らない傷を負ったり、あまりの恐ろしい体験から心を病む冒険者も少なくはない。


 望まない挑戦と引き換えるには、リスクが大きすぎる。


 責めるようなアリエッタの視線を、シルヴァはひらひらと軽く手を振っていなした。

「『決まったことだ、仕方がない。』

 ……なんて、迷宮に降りる前からもう死んだみてえな目で言う奴に、いくら危険だって止めたところで響かねえよ」


 イシュアの抱えた屈託は、ものの道理を説いたところで晴れることはない。そんな気がしたのだ。


 ギヨームはまだその視線を王子の行った道へと向けている。

「それなりの技倆をお持ちの方とお見受けしましたが……殿下お一人では第六階層に達するのも難しいでしょう。

 最悪の事態に陥る可能性は、少ないとは思いますがねえ……」


 イシュアの力量を察して、あえて誰も教えることはしなかったが、大回廊の転移門は、第十階層から下は魔導士が起動の呪文を唱えるか、目の飛び出るほど高額な魔法道具(アーティファクト)を使わないと開かない。

 魔法の使えないイシュア一人では、どのみち第十階層までしか降りられないのだ。

 だが、もちろん突発的危機は起こりうる。

 地下第一階層に降りれば、そこにはもう身の安全を保証してくれるものなどなにひとつない。それが迷宮だ。


 重くなった空気を全く気にする様子もなく、シルヴァがのびをしてみせた。


「ま、契約者の身の安全を守るのが俺たちの仕事!

 取り返しのつかない大怪我する前に、助けに行ってやればいいだけさ」


 こんなとき、腹をくくってどんと大きく構えられる器は、どう頑張ってもアリエッタには真似できない。

 今度は本当に眉をつり上げると、アリエッタは思い切りシルヴァを薙ぎ倒した。


「どいて!」


 ずんずんと館の中へ入っていく。

 玄関前の小さな広場まで軽くふっ飛ばされたシルヴァは、さかさまに転がったまま恐る恐る声を掛けた。

「……アリエッタさ~ん、どちらへ……?」


 振り返って、きっ、とこちらをにらみつける。

「着替えるの!

 このドレスじゃ、呼ばれてもすぐに駆けつけられないもの」


 アリエッタはくるりと背を向け、あっという間に自室の方へと姿を消した。


 シルヴァと、そして玄関の脇に残ったギヨームは、顔を見合わせて、同時に吹き出した。



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