勇者はギルドの酒場にいるか 1
「救援隊『黄金の鈴』を探しているの? ああ、今の時間ならたぶん奥の酒場にいるわ」
カウンターの向こうから、受付の女がにこやかに手を振って寄越した。
「よい冒険を」
フードの影に隠れた未だ幼さの残る顔が、ぎこちなく笑みをつくる。
軽く手を挙げて応えると、少年は女の指した方へと歩きだした。
大迷宮都市グラータの冒険者同業組合は、街の中央広場に面した本部の館を中心に大小いくつもの館が連ねて建てられており、それだけでひとつの小さな街を形作っている。
長い迷宮のような廊下を進んだ奥に、冒険者たちがたむろする酒場があった。
まだ日の高いこんな時間でも、半地下になった広間に隙間なく並べられたテーブルは、荒くれ者で埋まっていた。皆それぞれに飯や酒を喰らい、カードに興じている。
(……いいぞお……来た来た来た!)
配られた手札で口元を隠すと、シルヴァはにやりと笑った。
今日は珍しくいまいちの引きが続いていたのだが、ようやく逆転の時がやってきたようだ。
(やっぱ俺、賭事の神に愛された男だな~。
天才賭事師、俺様劇場。いざクライマックス!)
晴れた空の色の瞳がきらりと光る。
シルヴァは、手持ちの銀貨をすべて積み上げた。
といっても、今日は本当にたまたま珍しく負けが続いていたせいで、それほどの額にはならなかったが。
まあいいだろう。最後にきっちり勝ちを取るのが賭事師というものだ。
勝利を確信し、シルヴァは余裕でのびをした。
シルヴァの右肩には、仔猫ほど大きさの、蜥蜴に似た白いいきものが乗っている。
シルヴァの動きに「もあ?」と一瞬細い目を開けたが、すぐにまたぷこぷこと気持ちよさそうな寝息を立てはじめた。
と、視界の隅、酒場の入り口に、場にそぐわない雰囲気の人影が現れた。
少年だろうか、フードをすっぽりと被った小柄な人物だ。
酒場全体を見渡すように首を動かし、フードからのぞいた口が「うわ……」と形をつくったまま開いている。
やがて入り口の階段に足を掛けたのだが、数段降りるのに、わずかに腰が引けているのが見て取れた。
「……新人かあ?」
ギルドの酒場は荒くれ者ばかりが集うせいか、独特の雰囲気がある。
はじめて訪れた年若いものが臆するのも無理はない。
「シルヴァ、どこ見てんだよ」
仲間の声に引き戻される。
少年は、給仕の女を捕まえて何か尋ねているようだ。
あの人の良い姐さんなら、新人に、いい感じに飯の頼み方などを教えてくれるだろう。
「どうする? 降りるなら今だぜ?」
シルヴァは勝負の場へと向き直った。
「降りる? 冗談だろ。そっちこそ泣き言は聞かねえぜ?」
自信満々、カードをテーブルに叩きつける。
「どうだッッッ! 女王の『会談』!
天才賭事師、俺・様・完・勝~ッッッ!」
その隣から、嘲笑交じりにそっとカードが差し出された。
7と4の『騎士団』だ。
「……俺様シルヴァ様ご愁傷サマ」
「ま、まじかあ……?」
シルヴァは、椅子ごと勢いよく後ろに倒れ込んだ。
ランプの灯りを反射して鈍く黒光りする木の床が、ごつんと派手な音を立てる。
シルヴァの肩に乗ったいきものも、全く目を覚ますことなく同じ運命をたどり、「ぷあ?」と鳴いた。
陣取っていた席からは、積まれた銀貨が容赦なく持って行かれる。
「……何故だあっっっ!……ここらで一発俺様大逆転……の流れだろうがッ……!」
シルヴァの絶叫に、仲間たちの爆笑が重なった。
おかしい。常勝、天才賭事師たるもの、そろそろ勝ちが来るタイミングだろう。
転がったまま呆然として天井を仰ぎ見ていると、給仕の女の呆れ顔が現れた。
「あ~あ、またすっからかんになって、しょうがない男だねえ。
シルヴァ、あんたに客だよ!」