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5人目・6人目

5人目・侍女/カトリーヌ


「ボードレール海峡の海戦」をはじめ数々の戦いで勝利を重ねたアラン・リシャールは、昇任を繰り返しとうとう陸軍大臣という軍の最上段にまで上り詰める。

国政に関与を始めた彼は、手始めに数名の汚職政治家を徹底的に糾弾し辞任に追い込んだ。

そして更に彼のやり方に異を唱える政敵が立て続けに不審死をした。

この期に及んでも政界は報道規制を掛けて、辞任理由を体調不良と偽ったり不審死をただの事故死と扱かわせた。

それを確たる証拠と共に世間に露呈させたのが「ビラ事件」となる。

この事件から政府に対する世間の視線がより一層冷たくなり、またそれが革命軍を暗躍させる事に繋がる。

そんな、今までとは別種の戦いを行っていたアランとルイーズ。

その時の素の彼らの一番近くに居たであろう人物と接触することが出来た。彼女の身の回りの世話から秘書的な役割までこなしていたというルイーズの侍女、カトリーヌ。

なお、彼女とのインタビューは全て手紙でのやり取りであったが、ここでは正確性よりも読みやすさに重点を置いて対話形式に編集しなおした事をここに記しておく。


「まず初めに断っておくべき事としまして、現在、私は暫定政府の主要人物に傍仕えをしております。その為、不用意に人と会う事を制限されております。

ですから、今回のインタビューは全てこういった手紙でのやり取りのみとさせていただきます。

また、このやり取りの内容は全て現在仕えている方に確認を取ったうえでの内容であることをご理解ください。」

「わかりました。まず、いつ頃からルイーズの侍女をしていましたか。」

「リシャール家にメイドとして雇われ始めたのは、旦那様が「ボードレール海峡の海戦」で輝かしい勝利を収めた後でまだぎりぎり戦争の前線に出ていた頃です。

その後、奥様からの覚えめでたく先代の侍女が年齢の為に離職した際に、侍女に引き上げていただきました。時期的には旦那様が陸軍大臣に昇任される少し前ですかね。」

「私が色々な方へ取材していた中で、アランの近衛兵の中に女性が入っていたらしいのですが、アランが戦地に赴いている時にルイーズはどこにいましたか。」

「それについては私自身がリシャール家のハウスメイドとして雇われた直後辺りの話なので、確証をもってお話しできる事は少ないです。

ただの事実だけを述べさせていただくと、旦那様が戦地に赴いた時期と同時期に奥様も家に居られなかった、とだけ言えます。」

「わかりました。その後アランは前線ではなく司令部の中枢に異動し出世していきますが、その頃のアランとルイーズは家ではどのような感じでしたか。」

「外での旦那様は数々の戦果やその後の国政での演説などで、頭の切れる優秀な方という評判です。しかし家の中では完全に立場は逆転していました。

旦那様は奥様に頭が上がらないといった感じで、家の中の事は一切を奥様が仕切っていました。」

「それはアランがルイーズに優しく甘かったからですか。」

「そうではないと思います。単純に奥様のほうが思慮深く旦那様の方が短慮な為、奥様の意見に合わせる方が結果的に上手くいく事が多い。

そのため次第にそのような合意形成に落ち着いたという感じです。」

「彼の国政でのイメージから勝手に全てに有能かと思っていましたがそうではないのですね。では次にそんな国政で彼が最初に手掛けた汚職を糾弾した時は家ではどのような感じでしたか。」

「細かい部分はお教え出来ませんが、最初の証拠集めの時点から奥様の持っていた情報網が役に立ちました。そこに旦那様の方でも集められた物を足して、強固な証拠を完成させました。

演説の内容については原案を奥様が書き出し、それを旦那様が自分の喋りやすい言葉に変える。といった正に二人三脚で臨まれていました。」

「これは答えにくいとは思いますが、その後に起きたアランの政敵と呼ばれる方々の不審死については。」

「流石にそれにはお答えするべき内容を持ち合わせておりません。あの方々の事は大変気の毒だとは思いますが、リシャール家として何かをしたわけではなく全くの無関係ですので。」

「その後に本当の事を喋ろうとしない政界への匿名者からの攻撃として、政界が隠そうとする事実を暴き、国民に広く知らせる為に起こったとされる「ビラ事件」が発生します。」

ここで少し当時の国民の間に流れていた感情を整理してみたい。

政界から新聞等を通じて発信される内容は、数名の大臣が立て続けて体調不良を理由に引退を表明。すぐ後に他の数名の大臣が事故死。

よほど他人を信じて疑わない人でない限り、此処までの時点で何かしら起こっていると不穏に感じるのが普通だろう。

そこへ真実を暴き立てたと豪語するビラが家々のポストや玄関先に置かれた。

翌日にはゴシップ紙など政界から遠く自由度の有る新聞が、そのビラの詳細な内容を匿名者からの寄稿という形で紙面に大きく掲載した。

なんとなく持っていた疑いの気持ちが確信へと変わり、人々は政府への不平不満を口々に叫ぶようになる。

やがて彼らの不平不満を受け止める器として、彼らに担ぎ上げられたのが2つあった。

汚職政治家を糾弾し辞任に追いやったアラン・リシャール。彼には政界の自浄能力を求めた。

もう一つがその頃はただの小さな集まりでしかなかった後の革命軍。彼らには全てを一度破壊して作り直す事が求められた。

多くの人がそこまで大きな変化は求めず、政界の自浄能力に期待した。

しかし、政敵の居なくなったアランは暴走を始めた。今まで以上に国民を苦しめ始め、自らは贅の限りを尽くした。

そうなると国民が支持する物は一つだけと成る。

あっという間に勢力を拡大した革命軍は、政府軍とさしたる交戦もしないまま王宮を包囲し、国王夫妻とリシャール夫妻を捕らえた。

そんな一連の始まりの一部ともいえる「ビラ事件」だが首謀者は特定されていない。

しかし、その後の活躍から考えればアランか革命軍かのどちらかだろうと噂されている。

「取材を進める中でそのビラを実際に刷った印刷所を突き止めました。

そこの所長さんの話ではその時の対応は全て一人のメイド調の女性が行っており、支払いの綺麗さや出来上がったビラを回収するための馬車が豪華な装飾のついた物であった事などから、依頼主はリシャール家ではないかと勘繰っていましたが。」

「それについては確かに奥様の提案です。旦那様がどれだけ訴えてもそれを公表しようとしない政界に対して業を煮やしての行動ですね。」

「その後一度は国民の期待を一身に受ける形になるも、国民感情とはかけ離れた政策ばかり行い愛想をつかされる結果となりましたが。」

「その頃の旦那様は事実上国王すら手玉に取れるほどの権力を手に入れていました。そのためか家の中でも驕り高ぶりから来る言動が増えました。

そんな旦那様に奥様は数回ほどは注意をしていましたが、全く聞き入れてもらえない事が分かると一気に態度が変わりました。

結果としてそれ以降の数々の政策は旦那様お一人で考えた物で、先に申し上げましたように短慮な傾向のある旦那様が独断で考え決めたそれらが招いた結果は知っての通りです。」

「アランに愛想をつかしたルイーズはどのような様子でしたか。」

「それまで以上に頻繁に外出される事が増えました。同行させていただいていたので、どのような方々にお会いしてるかは存じてはおりますがそれはそう簡単に喋る訳には行かないのでご理解をおねがいします。大まかに言うと先に出てきた奥様独自の情報網の方などです。表向きは旦那様を手伝う事はしなくなりましたが、裏ではいろいろと根回しを行っていたようです。」

「そしてアランの出した政策が追い打ちとなって革命軍が勢いづき、あっという間に革命軍に捕まる日を迎えるわけですが、その時の様子は。」

「申し訳ありませんが、その日の事は未だ自分の中で整理できておらずお話する事ができません。」

「そうですか。ありがとうございました。」


実際には数回の手紙のやり取りでのインタビューとはなったが、カトリーヌの話は大変興味深かった。

ルイーズの本性を知る為にいろいろな人にインタビューを敢行し、その都度新しい発見とともに小さな疑問が湧いた。

カトリーヌの話の内容はそんな積み残してきた小さな疑問の答え合わせをしているような感覚が多少あった。

また国政に関与していた「アラン・リシャール陸軍大臣」という政治家の裏面も若干理解できた。夫妻で築き上げたその像も、夫一人では全く演じきれなかった。

しかし、今回の取材の出発点となった肝心の革命軍に捕まる日の動向は知ることができなかった。

なぜ、ルイーズ・リシャールは王族にのみ着用を許されている濃い青色のドレスを着用して、革命軍に捕まったのか。

カトリーヌ以上にそこを知る人を探し出すことは困難に思え、この一連の取材は暗礁に乗り上げたかに思えた。



6人目・首相/革命軍リーダー


その話は突然向こうから投げかけられた。

確かにインタビューを行う事が出来れば大変面白い話が聞けそうとは思っていた。しかし、彼にこんな内容での取材が許可されるとは思えず、二の足を踏んでいた。

私は場違い感を味わいながらも彼の執務室に通された。

緊張しながらも待っていると、扉が開き彼が現れた。

この記事を書いている今現在、この国には正式な政府がまだ成立していない。その為、革命軍の上層部や各方面の知識人達による暫定政府が組織されている。

彼らは国民一人一人に人選してもらい、国民一人一人の意見を反映させる政府の成立を目指し、その為の土台作りを行う中継役と称している。

そんな暫定政府の首相であり革命軍のリーダーがインタビューに応じてくれた。

「この度はこのような機会を作っていただきありがとうございます。」

「いえ。こちらからお願いしたのですから、こちらこそありがとうございます。」

「滅相もありません。しかし、なんでこの内容でのインタビューをお受けになろうと思われたのですか。」

「単純に内容に興味が湧いたまでです。確かにルイーズ・リシャールとその夫アラン・リシャールはこの国に混乱と破滅を招きました。その罪は罰せられてしかるべきです。

しかし、そんな彼女らがどのような思いからそこに至ったかは、知っておくべき事だと考えたわけです。そのような記事を書いている人がいるのであれば、それはできる範囲で全力で応援しようかと。」

「そう言ってもらえると記者冥利に尽きます。」

「さて、ではどこからお話しましょうか。」


ただ先に断っておきますが私の立場上、知っている事を丸ごと全て話すことはできない事はご理解をお願いします。

その上で今回の取材の対象であるルイーズ・リシャールについてですが、世間的には私と彼女の接点は全くなく、それこそ彼女らを捕らえた日が初対面だと思う人も多いとは思います。

しかし実際はその前に面会する機会がありました。時期としては「ビラ事件」のすぐ後、いまだアラン・リシャールが国民から期待されていた頃です。

私たちの革命軍はまだまだ規模が小さく、何か大きな事を起こせるほどの力はありませんでした。

そこで私たちは国民からの信頼が厚かったアラン・リシャールに目を付けました。

仮に彼の目指す所と私たちの理想とする所が近ければ彼をサポートするのもいいだろうし、そこまで近くなくても私たちにとって御しやすければ神輿として担ぎ上げるのもいいだろう。

それぐらいの軽い気持ちで非公式ながら彼と会談の機会を作りました。

その時に準備に骨を折ってもらったのが、ルイーズ・リシャールでした。彼女とは共通の知り合いがいましたので。

肝心の会談の方は、記者さんも今までの取材で既に彼の人となりを知っているでしょうから、結果は想像通りです。

我が強いだけで他人への配慮が出来ない、器の小さい人でした。よくあれで国をまとめ上げる政治家が出来ていたものだと逆に感心したものです。

会談にはルイーズ・リシャールも出席してもらいましたが、その時は終始聞き役に徹しており自らの意見を述べる等はしませんでした。

その会談の後ぐらいから彼の酷い愚策が国政として次々に発表され、国民たちの態度が急変していったわけです。

そして我々が革命を成し遂げたあの日。

各地で政治家たちを次々に拿捕し、最後の仕上げとして王宮に立てこもった国王夫妻とリシャール夫妻を包囲しました。

一日の内にあまりに上手く事が進んだので、後に国民から都合が良すぎるとか既に仕込まれていたのではとか言われましたが、

正確には国政をぼろぼろにして軍隊の指揮系統を破壊し役人たちの意欲を奪ってくれたアラン・リシャールのお陰です。

結局彼は自分で自分の首を絞める形に成ったわけです。

そんな状況ですから王宮の警備兵もそれほど激しく抵抗せず、すぐに投降してくれたのであっという間にリシャール夫妻の居るところにたどり着きました。

腐っても軍人の彼は剣を抜き一騎打ちを挑んできましたが、所詮は上流階級がたしなみ程度で覚えた技術。我々のように常に最前線で泥臭く戦ってきた技術には遠く及びませんでした。

負傷した彼を拘束。それまでの間もルイーズ・リシャールはこれと言って抵抗はしませんでした。

しかし、拘束しようと部下が近づいた時に彼女から一つの提案が出されました。

彼女の意図は汲み取りきれませんでしたが、その提案は我々革命軍にとって確実に有益になると思い許可しました。

そう、彼女は王妃の私室から青いドレスを拝借してそれを着込んで再び我々の前に現れました。

結局理由は教えてもらえませんでしたが、私なりの解釈としてはこうです。

まず彼女は抵抗することなく捕まりました。ですからどこかの時点で諦めがついたのでしょう。

そのうえで彼女は着替えることを提案してきました。これから処刑されるのになぜ着替える必要があるのか。

それは多分、巷で言われているような自分の出世欲の為ではなく、その処刑後に残された我々や国民へのメッセージだったのではないか。

私のように成るな。また、私のような奴が現れないようにちゃんと監視しろ。

そんな反面教師の意味合いがあったような気がしてなりません。そう考えると断頭台の上からの国民への叱責も頷けます。

あなたたちがちゃんと見張っていないから、私のような奴がこの国を崩壊させた、と。


「私に話せることはこれぐらいですかね。」

「色々とお聞かせいただきありがとうございます。」

「しかし、結局のところあのドレスの理由は明確にはわかりません。あくまで私の推測でしかないので。」

「それでも、十分に核心に近い推測だと思います。」

最後に握手を交わし、彼とのインタビューは終了した。

ここまでいろいろな人に取材を繰り返して断片的にだがルイーズ・リシャールの心の中に迫れた気がした。

聡明で人当たりの良い彼女が、夫を傀儡として国政に関与しそこにはびこった汚職や腐敗を半ば強引に排除した。

しかし、夫が暴走を始め国民の支持も無くなった為、最期は国民への諫めをその命をもって国民の心に植え付けた。

もしかしたら彼女の良い所だけを集めた結果の美談なだけかもしれない。

それでも彼女は既にこの世にはおらず反論ができないのだから、そんな綺麗事で纏めるのも有りかと思う。

以上でこの記事を脱稿とする。


ーーー

取材用のメモ帳を閉じてペンをしまう。相手にこれ以上は記事にしない事をアピールする狙いもある。

「いや、本当に驚きました。まさか首相自ら取材に応じてもらえるとは。」

「いえいえ。こちらとしては事前にお伝えした2つの約束さえ守っていただければ。」

「1つ目の方は先ほど見てもらった2冊とこちらのメモ帳の計3冊だけです。記事の原稿はこれから書き始めますので今は渡せるものがありませんが。」

「では原稿が出来上がりましたらご連絡ください。すぐに確認する人を派遣しますので。」

「そして2つ目の方は、それこそ記事の原稿を書く時の話なのでこれからにはなってしまいますが、

確実に別人だと思えるように工夫をさせていただきます。例えば、先の話の方を偽名に変えて役職も軍人にしましょう。」

「確かにこんな革命軍のリーダーなんてやっていなければ、そのままうだつの上がらない軍人だったでしょうから丁度良い役職ですね。」

首相は笑いながら答えた。

「しかし、そこまで隠し通さなければならない事ですか。」

「例えばあなたがこの取材を行うのが後5年・10年ほど遅ければそれほど隠す必要は無かったと思います。

今はまだこの国は立ち上がったばかりの小鹿と一緒で、何か外から圧力がかかれば簡単に倒れてしまう。

だから我々暫定政府には国民からの強い支持が必要なのです。

ここで下手に暫定政府のリーダーと旧政府の重要人物が顔見知りだった事が露呈すれば、それが瑕疵となって国の各地で息を潜めている旧政府の再興を狙う人たちを勢いづかせる事になります。

そうなれば隣国はその人たちに手を貸して、見事暫定政権を瓦解できたら、この国は隣国の属国に成り下がります。それだけは阻止しなければ。」

首相の瞳には決意の色が見えた。立場が違えば見方が変わるとは良く言ったもので、まさかそんな所まで考えての約束事とは思ってもいなかった。

「だから検閲まがいの事をして、更には内容の改変までさせたいわけです。後に続く通常政権に周りに邪魔をされずにバトンを渡したいですから。」

「わかりました。私も今更また国中が争い事に巻き込まれるのを見たくありませんから。」

「そう言っていただけると何よりです。では約束を守ってくれそうなあなたに、もう一つ秘密をお話ししましょう。

あなたが手紙でのやり取りでインタビューを行ったカトリーヌですが、実は私の秘書的な仕事をお願いしているのです。」

「暫定政府の関係者とは聞いていましたが、まさか首相の秘書だったとは。どうりで警備が固く手紙のみのやり取りとなった訳だ。」

「こちらに呼びましょうか。」

そう言って首相は手を叩いた。奥のドアが開き一人の女性が入ってくる。

私たちのすぐそばまで来て一礼した。

「お初にお目にかかります。カトリーヌです。」

彼女を見て椅子から転げ落ちるほどに驚いた。

取材をするに当たり、ルイーズ・リシャールの写真は何十枚と目を通した。実際に会った事は無くても、仮に街中ですれ違ったらすぐにわかるぐらいに記憶していた。

その記憶の中と同じ人が目の前に居る。

「あ、いや、だって、」

言葉が上手く出てこない。そんな私の醜態を見ながら変わらぬ笑顔のまま、首相は言った。

「ええそうです。「ルイーズ・リシャール」はあの日に処刑されました。ここに居るのはそんな彼女の元侍女で今は私の秘書の「カトリーヌ」です。」

「・・・」

「それとももう一度「カトリーヌ」にインタビューをしてみますか。もっともそんなことをされては秘密が台無しになるので、記事は発禁扱いになりますが。」

「・・・いや、止めておきます。これ以上の探求は十年後の自分かもしくは見知らぬ誰かに託します。」

何とか冷静を保ったふりをして答える。しかし実際は鼓動は早くなり冷や汗も出ている。

「それが賢明だと思います。例えば、あなたがインタビューを行った漁師の方。腕利きであるはずの彼ですら危険を顧みず海へ漕ぎ出し、洋上の遥か彼方で出会った嵐で帰らぬ人となったようですし。

何事も引き際を弁える事が人生の肝要だと思います。」

「・・・」

インタビューの数日後に漁師の彼に、取材協力への感謝の言葉とともに内容の裏どりを行うのに必要になった補足情報を聞く目的で手紙を出した。

しかし、返信された手紙は彼の親族からで、そこには彼が帰らぬ人となった旨が執筆者の悲痛な胸の内とともにしたためられていた。

その返信を受け取ったのは昨日の事で、当然先ほど検閲を受けたメモ帳には記載されていない。

「・・・耳が早いですね。」

「情報は何よりも重要ですから。早く正確な情報は誰もが欲する所でしょう。」

はぐらかされてしまったが、それにより更に自分の中に有る一つの可能性が大きくなる。

「・・・彼は、本当に嵐にあったのでしょうか。」

「さあ、果てしない海の上に浮かぶ一隻の船の中で何かが起こったとしても、目撃者はいませんから。

嵐かもしれないし、遭難かもしれないし、何か病気になり操縦不可能になってそのまま漂流したのかもしれないし。」

「誰かに暗殺されたかも。」

「面白いお話ですが、どのような可能性も可能性の域を出ません。」

明確に否定もせず肯定もせずの返答。冷や汗を感じながら会話を切り上げた。

「本日は貴重なお時間をありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ楽しい時間を過ごせました。」

差し出された手に握手をして、彼の執務室を退室した。

建物からでて敷地の外に出れた瞬間に、大きなため息をついた。

何とか生きて帰ることができそうだ。

しかし、最後の秘密は予想だにしなかった。

彼女は生きていた。しかし、そうなると誰が断頭台に頭を乗せたのか。

彼女の侍女の「カトリーヌ」は実在したはずだ。取材を申し込む為に彼女にたどり着く、そこまでに色々な所で彼女の存在は確かめられた。

そうなってくると本物のカトリーヌが辿った運命はそれしか考えられない。

やはり、ルイーズ・リシャールは悪女なのだろう。

ーーー

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