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3人目・4人目

3人目・教員/ジャン


ルイーズは昇任を続け、士官学校の幹部候補生達と出会う場面が増える。

その中で生涯の伴侶となるアラン・リシャールに出会う。

彼は軍閥の名門貴族であるリシャール家の跡取りで、その将来は既に決定されているようなものだった。

ここで少しルイーズ本人から視点を夫のアランに移し、彼の生涯で近くにいた人にインタビューを行うことにしよう。

彼の功績の中でひときわ輝いているのが「ボードレール海峡の海戦」だろう。

開戦前の圧倒的物量不利を、風と潮の流れを完全に読み切った見事な指揮で逆転勝利を掴んだ戦い。

その戦術的戦略的な評価に関しては、自分の様な門外漢ではなく各専門家の方々の書籍なりにその場所をお譲りすることにする。

その戦果が彼の軍隊内での評価を押し上げ、陸軍大臣までの道のりを異例のスピードで駆け上がる事に繋がる。

そんな非の打ちどころのなさそうなアラン。彼の士官学校時代の様子が知りたくなり、彼の恩師である士官学校教員のジャン先生に当時のアランの様子を伺う事にした。

「本日はインタビューを快諾してくださりありがとうございます。」

「こんな老いぼれには昔話を語るくらいしかできんからな。」

「何をおっしゃいます、十分にお若いですよ。」

年のせいもあり杖に支えられてはいるが、それでも行動の端々から軍人特有の素早く無駄がない所作がにじみ出ている。

「早速、本題に入らせていただきたいんですが。」

「アラン君の事だったかな。」

「ええ。そうです。「ボードレール海峡の海戦」で見事な逆転勝利をして見せた彼は、士官学校の学生時代から優秀だったのですか。」

「教師が個々の生徒の成績を言いふらすのはどうかと思うが。まあ詳細になりすぎない程度に言うと、決して成績優秀ではなかったな。」


アラン君の士官学校での様子は頭脳派と言うよりは武闘派だったな。

名家の生まれで長男ということもあり、随分と大切に育てられたのが入学当初から良く分かった。

同じような境遇の子たちとつるんでよく悪さをしていたよ。家の名前を出されると教師一同が何も言い返せなくなるのも、彼らを増長させた一因ではあるだろう。

そんな感じで教師を見下しているので座学の授業もまじめに受けず、成績は決して良くはなかった。

そんな彼の行動が変わり始めたのが士官学校という猶予期間が残り1年を切った頃からだった。

それまでと同じように学校での授業には身が入らないようだったが、その代わりに図書室の書籍を借りて帰る事が増えた。

膨大な量を借りてはあっという間に読みきって、また膨大な量を借りていく。

それだけの読書量をこなせばおのずと成績は上昇しそうなものだが、結局最後まで成績は伸びずじまいだったな。

仮に「ボードレール海峡の海戦」の逆転勝利が偶然の産物でないのであれば、この時の読書がその一端を担ったと考えているな。

ああ、そういえば後に結婚する相手と知り合ったらしいのもその頃という話だったかな。

兵卒からの叩き上げで昇任を繰り返した女性。私自身はその女性に対して教鞭を執った事がなかったから、どういう人なのかは良く知らん。

ただ、アラン君が一目ぼれをして親族中の反対を押し切った事は彼らの結婚式で友人から聞かされたよ。

士官学校を卒業直後に結婚。すぐに戦場に派遣されるも知っての通りの大活躍。まさに彼の人生は上り調子だっただろう。

それがあんな最後を迎えるなんて、悲しいものだな。


話し終えて少し寂しそうな表情のジャン先生に謝辞を伝える。

「お話をありがとうございました。」

「いやいや礼には及ばんよ。老人のただの昔話だ。」

「それで一つ聞いてみたい事が有ったのですが、「疑心公」のあだ名の元になったと言われている、彼の近衛兵についてですが。」

読者の中にはアランに付けられた「疑心公」が、彼が国政に関与するようになってから行った糾弾や粛清から付いたと思われている人も多いとは思う。

しかし、そのあだ名が付けられたのはそれより前で、前線で活躍していた頃には付けられていた。

その頃のアランはどのような所に赴くにも、常に重武装した近衛兵数人をすぐそばに置いた。

四六時中、彼のそばには必ず近衛兵がいる為、彼に初めて面会しに来た人は必ず面食らっていた。

どのような極秘の重要な内容でも彼は近衛兵を下げさせなかったらしく、そのような所から誰の事も信用していない「疑心公」のあだ名が付いたといわれる。

「どのような時でも常に身を守る事を考えて、近衛兵を常駐させる。あれは、ジャン先生の教えの賜物なんですか。」

「確かに常に気を張っておくことは教えたが、あのような極端なやり方は教えなかったな。

強いて言えば、常に傍に諫言を口にする者を置いておけ。とは教えたな。」

「ではやはり彼が独自に何かしらの理由で近衛兵を置いたというわけですね。」

「そうだな。まあアラン君自体が屈強な体格をしているのだから、身を守る為の近衛兵は必要ない気もするがな。」

「そうですよね。」

もしかしたら、彼が傍に近衛兵を置いた理由が判明するかと思ったが、そう上手くは行かなかった。

ジャン先生も言っていたように、彼は体格には恵まれており、いざという時も守ってもらうより自分で戦う方が性に合っているような気がする。

しかし、その真相は既に闇の中。推測をするしか手は無い。

そんなことを考えながらジャン先生に、謝辞を伝えて帰路についた。


ーーー

帰っていく記者の後姿を見ながら、あの頃のとある一風景を思い出す。

学校内に設置された私の部屋。そこには兵学の書籍があふれていた。

そこで次の講義に向けて準備をしている時に、雑に扉が開けられる。

「よー、先生。邪魔するぜ。」

「また君か。少しは入室のマナーを学んで来たらどうだい。」

「んなもん、時間の無駄だろう。」

ずかずかと室内に入ると、手に持っていた数冊の本を机の上に置く。

「じゃあ、こいつは返す。で、この続きが、」

そう言って勝手知ったるという具合で、返却された書籍の続きを探し始める。

「アラン君。君はこの本を本当に読んでいるのかい。」

返却された書籍を貸し出したのは数日前。学校内で読んでいる姿は見た事が無いので読んでいるとすれば家に帰ってから。

それもその家での自由時間の大半をつぎ込まねば、これだけの量を読み込むのは不可能だろう。

「読んでるから続きを借りに来たんだろ。」

さらりと返答される。仮にそうであればもう少し成績に反映されてもよいはずだが。

「まあいいさ。本は読まれるためにある。読む人が居るのであれば、読む人が誰であろうと喜んで貸し出そう。」

ため息交じりに、ジェスチャーで勝手に持って行けと伝える。

「図書室の奴は基本ばっかりでつまらんのだとよ。応用的な物となるとこの学校内では先生の蔵書が一番だから、ここの本をご所望な訳だ。」

「ほう。」

いとも簡単にボロを出す。あえて突っ込むつもりはないが更に自分から墓穴を掘る。

「あー。つまり、今ここに居る俺じゃなくて、家で読書をする俺が。」

「そうか。」

適当に答えながらふと思い出して、机の引き出しからメモ用紙を取り出す。

先に貸し出した書籍に挟まっていたメモ用紙。そこにはその書籍に計算間違いがあると指摘しており、その下に正しい計算による書籍とは異なる計算結果が書き記されている。

計算間違いが有る事を指摘できる程度に熟読し、その後の込み入った計算をミスなくこなす程度に内容を理解している。

このメモを記載した人は十分にこの書籍の内容を自分のものにしているのが分かる。

そのメモをアラン君に渡す。

「この前貸した本に挟まっていたものだ。」

「あー。そうです、このメモどこに行ったのかなって探してたんです。」

白を切り通すようだ。そこに書かれている筆跡も明らかにアラン君のものでは無い。

「これを書いた「家の君」は十二分に本の内容を自分のものにしているのが分かる。「今の君」もそれぐらいの集中力が有れば成績なんかすぐに上がるというのに。」

「いや、だから、俺は俺だ。家の俺も今の俺も全部俺だよ。」

「そう言い張るのであればそこは追及しない。ただ「家の君」を大切にすることだ。ここまでの知識量があれば、この先君が前線で指揮を執る時に確実に役に立つ。

出来る事なら助言者として傍に置いておく事を勧めるよ。」

「んな事が簡単に出来たら苦労しねぇよ。」

行うのが難しいとはどういう事だろう。その人物を戦場に連れ出すのが難しいという事だろうか。

負傷などをして自らの足で歩くのがままならないのか、そもそも女子供で戦場には不向きなのか、憶測でしかないため結論は出ない。

そうこうしている内にアラン君は、お目当ての本を数冊見つけ出していた。

「じゃあこれ借りていくから。」

それだけ言ってアラン君は部屋を出て行った。

今にして思い返せばそれが誰かは簡単に見当が付く。彼と彼女が知り合ったのはこれの少し前のはずだ。

そして助言者として諫言を口にする者として彼女をそばに置いた。近衛兵の重武装でその素顔を覆い隠して。

結果アラン君は私の忠告をよくよく聞いてくれていたわけだ。

あんな反抗的な事ばかりをしていた彼が急に愛おしく感じた。

ーーー


4人目・漁師/フィリップ


取材の一環でボードレール海峡のそばの漁村に足を延ばした。

この漁村からはかつての海戦時に軍艦の水夫として臨時に徴用された人が多くいた。

もしかしたら、ここの村人の中に指揮官のアランが乗っていた旗艦の水夫をしていた人が居ないだろうかと思いやってきた。

出会える可能性はかなり低い事はわかっているが、聞き込みをしたらそれ以外でも面白い事が聞けるかもしれないという期待もあった。

結果から言うと、大収穫となり取材するのに持って来いの人物と出会うことが出来た。

ただし、細かい理由は後述するが彼の証言の裏どりが十分に出来なかった。

彼自身も取材した時に酷く酔っており、その証言内容もかなり突飛だった。

そこで彼への取材内容をここに纏めるが、その正否の判断はこれを読んでいる諸兄に託すものとする。

「フィリップさんよろしくお願いします。」

「あーちなみにフィリップっていうのは偽名だからな。あんたの記事に俺の事が書かれるわけだから、そうしたら俺が大金を貰った事が世の中に知れ渡っちまう。

そしたら、夜におちおち寝てられなくなるだろう。」

「それは確かにそうですね。では記事にはあなたの本名は絶対に記さずに、フィリップとだけ記載する事をお約束いたします。」

「それなら安心して話せるな。」


俺はこの辺の漁師仲間の間ではそこそこの古株で、当然この辺の海の事もよく知ってる。

ここの海はすぐそこのボードレール海峡を挟んで内海と外海に分けられる訳だが、ここに潮の満ち引きと海底の凹凸とが相まって、その潮の流れは素人に予測ができるものじゃない。

だから、ここに軍艦を並べるって時にこの海をよく知る人物が必要とされた訳だ。

事の始まりはあの海戦が始まる2日前だったかな。

突然家に軍人さんが押し掛けて来てな。その中の一番偉そうな人がある提案をしてきた。

金をやるから軍艦に乗って潮の流れを読んでほしいと。

どうせ軍艦を並べられたら漁なんか出来やしないから、空いてる時間で銭儲けが出来るんなら願ったりだ。

二つ返事で承諾してな、当日まで軍艦での規則やら何やらを覚えさせられたな。

で、当日指定された場所に行ってこれに着替えろって渡されたのが、鉄の塊みたいな冗談かと思うほど重い鎧だった。

流石にこんな重い鎧を着ていて、いざ転覆なんかしたらすぐにお陀仏だ。だから嫌だと突っぱねたら、

「そうならない様にする為にここに来たのだろう。なに心配するな、いざとなったら船にいる全員道連れだ。」

寒気がするぐらい冷酷な笑顔だったな。

退路を塞がれて仕方なく自分に喝を入れて、その鎧に腕を通したさ。

船の中で通されたのがアラン指揮官の乗る旗艦。それもそのアラン指揮官のすぐ傍だった。

アラン指揮官の周りに近衛兵が居るっていう噂は、この戦いが現実味を帯びてきた頃にそれと一緒にこの漁村にも流れ着いていた。

実際に自分の目で見るまでどんな感じか全く予想できなかったが、そこに引き出された時に理解できた。

こうやって俺みたいな、何かしらの専門家を近衛兵の鉄の塊みたいな鎧で覆って、入れ替わりで傍に置いていたってわけだ。

では何故そんなまどろっこしいやり方をするのか。それは俺の家にも来た偉そうな人が俺と同じ格好をして、俺たち近衛兵の先頭に立っていたからだと思う。

いやあ、おったまげたよ。だって女なんだもんよ。

それで、そこからは俺はただ突っ立っているだけ。

聞かれた時にだけ発言が許されて、あとどのくらいで潮の流れがどう変化するか、その予測を俺の持っている知識を総動員して伝えた。

「もうそろそろ、潮の流れが逆転するはずです。」

俺は太陽の位置からおおよその時間を求め、そこから潮の流れが変化するのが近いことを知っていたので、そう伝えた。

「しかしなぁ、その「もうそろそろ」がいつになったら訪れるんだ。このままでは敵に突っ込まれるぞ。」

アラン指揮官はずっとイライラしていた。それまでの時間は敵が居る外海から我々の居る内海に潮が流れ込む状態。

この状態ではこちらが攻めようとしても流れに逆らって進むことになる為、速度が落ちて格好の的になる。

逆に向こうからは勢いを付けてこちらに入ってこられるので、そのまま突撃する事も出来る。

このまま向こうから一方的に攻め続けられれば、物量的にもこちらが不利になる。

「やられる前にこちらから繰り出そう。」

短慮なアラン指揮官は今にも全軍突撃の号令をかけようとしていた。今飛び出せば必ず全滅する、そう思って危惧していると隣から声が上がった。

「落ち着いて下さい、指揮官。今は守りに徹する場面です。」

女の近衛兵長が止めに入ったが、それに対してアラン指揮官は眉をひそめてた。

「しかし、そんなことをしていればじり貧だぞ。・・・おい、お前。」

いきなり話が振られた。

「明確にあとどれくらいの時間が必要だ。答え次第ではお前を無能とみなし切り捨てる。」

怒気を込めた声。その手はすでに剣の柄に置かれていた。

「あ、えーと、」

明確な時間なんて分かるわけがない。俺みたいな漁師風情が貴族サマ達みたいに時計が持ち歩けると思ったら大間違いだ。

普段から太陽と月から分かるおおよその時間で生きているのだから、突然明確な時間を求められても答えようが無い。

今にも抜かれんとする剣を握るアラン指揮官の手を、上から女近衛兵長の手甲で覆われた手が抑え込んだ。

「おやめ下さい。こんな馬鹿げた理由で有能な国民を失うおつもりですか。」

「しょせんはその辺の漁師だろう。そんなもの次から次へと湧いてくる。」

さすがは貴族サマ。常に上から目線で、俺たち国民を同じ人間だとは思っちゃいない。

言いくるめられた女近衛兵長からは反論は出てこなかった。しかし、その手はどかさなかった。その手甲で覆われた手がかすかに震えていたような気がしたのは気のせいだろうか。

硬直した空気を崩したのは外からの歓声だった。

すぐに報告が上がってくる。

どうやら潮の流れに乗って内海に入ってこようとした敵の船が、渦潮に呑まれたらしい。

「な、今度は渦潮だと。」

アラン指揮官が動揺の声を上げる。その隣から冷静に女近衛兵長が問いただす。

「敵の他の船は。」

「先頭の1隻が渦潮に呑まれるのを見て、方向を反転させて後退するようです。」

女近衛兵長は次に俺の方を見た。

「渦潮が消えるまでの時間は。」

「あれは流れの入れ替わる瞬間に少しだけ現れる物です。今いる場所から最大船速で突っ込んでも到着するころには消えてます。その後はこちらの内海から外海への流れに変わります。」

俺の答えを聞いて女近衛兵長はアラン指揮官の方に向き直る。

「指揮官。突撃するならこのタイミングです。敵の船団が方向転換している最中の側面にこちらの船を最高速でぶつけられます。」

「しかし、渦潮が消えなければただの自殺行為だ。そんな重要な決断をこんな漁師の一言で決めると言うのか。」

「その重要な場面での助言の為にこの人を招いたのです。今この人の助言を信じないでどうするのです。」

「くっ。いいか、失敗したらただじゃおかないからな。たとえ、この船が沈みゆく最中だろうがお前に剣を突き立ててやるから。」

アラン指揮官は怒りを露わにした瞳で俺を睨みつけてから、船室の外に出て声を張り上げた。

「全軍突撃。」

後は大混乱の戦場だ。俺たちは持ち場であるアラン指揮官のすぐそばでそこら中から聞こえてくる怒声、衝突音、断末魔、破裂音それらをただただ聞いているだけだった。

結果は知っての通りだ。


「すさまじい体験談をありがとうございました。」

「ああ、俺が体験してきた中で5本の指に入る出来事だな。」

「お話を伺っていて気になったのですが、近衛兵の長は女性だったのですよね。」

「ああ、顔も声も女だな。体は見てないから知らないけどな。」

「はは。ではその女性と先に断頭台で処刑されたルイーズ・リシャールは同一人物でしたか。」

「そりゃあわかんねぇな。なんせあの時も俺は海に出てたからな、自分の目で生きている「稀代の悪女」は拝んだことが無い。

後で新聞に載ってた似顔絵は、似てる気がするかもしれないし違う気もする。」

「そうですか、いや、いろいろとありがとうございました。」

挨拶をしてフィリップさんと別れた。

何か情報があればと思って赴いたこの漁村で、思いがけずに大きな収穫を得た。

一つは「疑心公」の理由である、アランの近衛兵の正体について大分近づいた気がした。

もう一つはその近衛兵の中に女性が交じっていて、かつ近衛兵の長をしていた。それだけ権限が有り、アランに直接進言が出来る女性は限られてくるだろう。

そんな事を思いその漁村を後にした。

ここからは追記となるが、インタビューを受けてくれたフィリップさんについて。

このインタビューの数日後にいつもの様に漁に出たきり帰ってこなかったという話を後日耳にした。

彼の話が本当であれば、軍に認められる程に腕が立つ漁師であるはずの彼が、洋上で何かしらのトラブルに巻き込まれたのだろうか。

嵐に遭遇したのではと言う風に伝え聞いたが、実際を確かめる事は出来ない。

ただ彼の冥福を祈るのみだ。


ーーー

記者と別れた後に話しそびれた所が有る事を思い出した。

戦いが終わりやっと軍艦から解放された時の事。

重い鎧を脱ぎ捨てた俺に、同じ鎧を着ているとは思えないほど軽快な身のこなしで女近衛兵長がやって来た。

手に持った袋をこちらに差し出した。

「今回の戦に勝利できたのは、貴方の知識に因る所が非常に大きい。これはその謝礼だ。少ないだろうが受け取ってくれ。」

受け取りその重さに驚く。

「いや、これじゃあ貰いすぎです。」

「・・・では、謝礼の他は口止め料として受け取ってくれ。」

「口止め、」

「そう簡単に近衛兵の秘密を暴露されては、近衛兵の意味が無くなってしまう。

それに口を閉じるのは君の為でもある。

君が船の中で見たり聞いたりした内容を知りたがるアラン指揮官の敵は、そこらじゅうに居るからな。そんな彼らに見つかればどんな拷問が待っているかわからない。」

「拷問、そこまでしなくても簡単にしゃべっちゃいそうですけど。」

「そうならない為にも、常日頃から親しい友人の間でもこの話題は口にしないことだ。」

「まあ、できる限りそうします。」

「無論我々も君を見張っているから下手に口外しない事をお勧めする。漁に出たはずの洋上で藻屑となって漂うのは嫌だろう。」

「脅しですか。」

「どうとらえるかもどうするかも君次第だ。」

それだけ言い残し、女近衛兵長は去っていった。

その日からこの話題は、今回の記者に喋るまで自分の胸の中に閉まっていた。

今回は酒の力もあったが、なにより既にアラン・リシャールは処刑されている。

脅していた本人が居ないのであれば、喋ったところで報復されないだろう。

ーーー

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