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草木に囲まれた四合院が姿を現した。草木と言っても無法地帯のような感じではなくきちんと手入れが行きわたっている。春宋は門をくぐろうとすると門番に声をかけられた。
「春宋様、その娘は? どうなさったのですか?」
「倒れていた子がいたのだよ、悪いが燦医師を呼んできてはくれないか?」
ハッハッと息を荒く呼吸をする白釉の姿を確認すると、もう一人の門番に声をかける。そんな二人の門番の姿を見ている春宋は少しきつい口調で言った。
「見れば分かるだろう? さっさと呼んできなさい」
「「はい」」
慌てたように駆けていく背中を見つめると腕の中から声が聞こえた。
「う……何処?」
「もう少し我慢しておくれ」
「貴方は」
「私の名は春宋。倒れていた君を保護したんだよ」
現実と夢の狭間を揺られている白釉は今の状況を理解しようとしていた。回らない頭で一生懸命。熱が上がっているのだろう、話すのもしんどそうだ。そんな白釉を見ていると昔の自分を見ているようだった。
「どうしたのです旦那様、騒がしい」
「春麗。この子を頼まれてはくれないか?」
「顔が赤い……熱があるのですね」
「ああ。詳しい事は後に説明する。急ぎの用があるのだよ」
「……分かりました」
春麗と呼ばれた女性は煌びやかな赤い花柄模様を描かれている呉服を着ていた。髪はシンプルに纏められているのに妙な色気を放っている。春宋の腕から春麗へと移っていく白釉。見た目からして華奢な春麗には抱きかかえるのは難しいと感じていたが、どうやらお門違いだったようだ。春宋は自分から言い出したのに、少し驚いた表情で彼女を見た。
「わたくしにも力はありますよ、急ぎなのでしょう旦那様。この子の事はわたくしに任せてください」
「ああ、後は頼むよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
四合院で待つのも考えた、しかし一番安全なのは迎えに向かう事だと想う気持ちが速さになる。どうしてだか分からない知らぬ子供の事が気がかりで息が上がりながらも、淡い痛みが胸を襲う。そんな春宋の背中を見つめていると燦が横に立ちながら言った。
「旦那様はお忙しい人だね」
「燦先生」
春麗は白釉を燦が見えるように向き合う。
「おや熱があるね、奥の部屋へ連れていくよ。春麗は少し休んだ方がいい。色々あったのだからね……」
「そうね、少し休ませてもらうわ」
「後は私に任せて」
返答の代わりにお辞儀をする。ハラリと髪飾りが揺れている。その瞬間、時が止まったような気がした。燦は困ったように微笑みながら奥へと消えていく──