アルフォード
「こちらがアルフォード殿下の執務室になります」
「ありがとう。少し明日からの用意があるから、寮の方は後で頼む」
「かしこまりました」
お辞儀をして学院長が出ていく。
「お茶をお入れしますね」
部屋にはマルクしかいない。護衛は外で待機させている。
ソファーに座り、天井を見つめた。
シャルは綺麗になっていたな。
さっきのことを思い出す。5年前より可愛かった少女が綺麗な人になっていた。
思わず笑顔になりかけた。まだダメだ。
「シャルルは綺麗になっていましたね」
「ああ、なんであんなにかわいいんだ。あの笑顔は反則だよ。ほんと天使。気づいたか俺が去年誕生日に送ったペンダントをしてくれていた」
「はいはい。それは早く本人にいってください。アリナの顔が怖くて仕方ありません。ですから帰る時は報告した方がいいとあれほどいったのに」
真剣な顔にもどり紅茶を手に取り眺める。
わかっている。俺だってシャルをこの手で抱きしめたい。甘々に甘やかしたい。
でも、もうその権利は俺にないのかもしれない。突然留学してろくに連絡もしない婚約者など嫌われていてもおかしくない。
だからペンダントをしてるのを見て揺らいだ。もしかしたらまだ好きでいてくれてるのかと。
「アル、ほんとにこれでよかったのか?」
「よかったかはわからない。ただあの頃の俺はこれしか方法がなかったんだから」
「…そうだな」
二人して眉を寄せて厳しい顔になる。
ドン。
扉に何かがぶつかる鈍い音がする。
立ち上がり剣に手をかけ、マルクも剣を抜き俺の前に出る。
ドアが開く。
「天誅ですのーーー」
ピンクの髪の女の子が俺をめがけて剣を振り下ろす。届く前にマルクが受け止める。
「「アリナ!!」」
「もう許せませんの!」
「いや、待て!アリナ。話が見えない」
「見えなくて結構ですの。剣の錆びになりなさい」
マルクと打ち合い続けるが、俺から距離を取るのが精一杯で防戦一方だ。けして婚約者だからマルクが手を抜いてるわけではない。本気で相手しないと今頃負けている。それぐらいアリナは強い。
このままではマルクが殺される。
どうすれば…よし、とりあえずアリナの意識をそらさなければ。
「アリナ、護衛はどうした?」
「寝かしつけておきましたわ。今はわたくしの侍女が見張っております。優秀なので問題ありません」
倒したのか。問題だらけだろう。
「あいつらはお前の兄の直属の部下たちだぞ」
「まぁ、そうでしたの。ではお兄様に言って鍛え直していただかないと」
余裕に会話をしながら、マルクを押している。マルクの顔には余裕なんてない。目でなんとかしろ、と訴えている。
「アリナ、天誅とはなんだ?」
「東の国の書物で悪を倒すときに使われる言葉ですわ」
「悪…俺は悪なのか?」
「悪ですわね。私の大事な友達を5年も放っておいたのですから。あの子をこれ以上は泣かすことは許しませんわ」
泣いていたのか…。俺は構えていた剣をおろす。それを見たアリナは剣を止めていたマルクの腹を蹴りソファーの上に飛ばす。
「覚悟ができましたの?殿下」
ゆっくりと俺の方に近づいてきて剣を振り上げる。
「アリナ待て!これにはアルにも事情が!」
後ろからマルクがアリナの手を持って止めていた。
「離しなさい。事情ならいくらでも聞いたわよね?あなた達は何も言わなかったですわ」
「それについては俺もアルも悪いとは思っている。でも仕方なかったんだ」
「仕方なかったのですか。言われないで待っている身にもなりなさい」
そうだよな。俺はシャルに何も言わなかった。シャルが泣いている姿が頭の中に浮かぶ。どんだけ泣いていたのか近くにいなかった俺にはわからない。アリナが俺を本気で殺そうとしてるくらいだ。相当泣いていたのだろう。
「アルは言えなかったんだ。シャルルの命を守るために」
「マルク!」
マルクの言葉に反応して、とっさに名前を呼ぶ。
「どういうことですの?」
マルクは首を振って答える。
「もう無理だ。このままじゃアリナが犯罪者になってしまう」
剣をおろすアリナをマルクは悲しそうに後ろから抱き締めた。
「バカですの?殺すわけありませんわ」
ソファーに座ってマルクの入れたお茶を優雅に飲んでいるアリナをふたりで驚愕した顔で見つめる。
「バ、バカって…いや、本気で斬りかかってきたよな」
「本気なら、もう部屋の中に入った瞬間ふたりたも殺られてますわよ」
ニッコリと言い切るアリナを見て引いてしまう。
どんだけ強くなったんですか?
5年前はまだ俺達ふたりなら、まだ止められる強さだった。
「で、突然留学をした理由は大臣が第一王子を確実に王にする為に、シャルルを殺されたくなかったら国を離れるように要求したのですのね?」
マルクが止めてからすぐに吐かされてしまった事実を確認される。
四代公爵のうちの一つ大臣を勤めるハンドル家当主カロンはきな臭い噂が取り巻く男だった。
人の大事なものを脅しの材料に使うことを得意とし、それを周りに悟らせない人当たりの良い顔をしたタヌキおやじ。
俺はシャルルを人質に他国に留学することを条件にだされた。
正直言って王なんて地位に興味はない。
シャルルが殺される方が嫌だと思った。帰ってこれないと思いながらも、シャルルと婚約解消できなかった。シャルルからの婚約解消を望んでいたから、できるだけ冷たく接したし、会わなかった。
俺のワガママのせいでよけいシャルルを傷つけるのをわかっていながら。
すごく怒っているアリナに頷く。
「あぁ、誰かに言ってもシャルルは殺されると言われた。今回は王命だったから仕方なく帰ってきたが、どうなるかわからない」
「バカだとは思っていたのですが…やっぱりバカですわ。そんなことでシャルを放置していたのですか?」
「そ、そんなこととは!シャルの命が狙われていたのだぞ」
何回もバカと言われた…王子なのに。どうやら怒っていたのは俺のことらしい。
言い返してみたがすごく怖い。
「そんなことです!どうして周りに相談しなかったのですか?あなたには四代公爵のうち3人も信用できる友がいたのではないですか!一つの公爵家なんて潰すのは簡単です」
かわいい幼なじみから衝撃的な言葉を言われた。唖然としてしまう。
俺は本当は1人で行くはずだった。様子がおかしい俺にマルクは気づき真実を話したら、ついていくと言ってくれた。
アリナと離ればなれにさせるのは申し訳なかったが、俺達のことは気にするなと言うマルクに甘えてしまった。
「あはは…そうだよな…」
乾いた笑いがでる。俺は1人でなんとかしないといけないと思い込んでいた。
俺が近くにいたらシャルルが殺されると。
誰かに助けてもらうことなんて考えてなかったんだ。
涙がでた。俺の愚かさに。
簡単なことだったんだ。
「わかっていただけたら結構です。でもシャルルを悲しませた事実には変わりありません。今後の誠意ある行動で判断いたしますわ」
アリナは優しく微笑んだ。
「…ありがとう」
その笑顔を見てまた泣いた。マルクも隣で泣いていた。しばらくして泣き止むとアリナはため息をついた。
「しょうがないふたりですわね。でも嫌いじゃないですけど…バカですわ。今日の所は帰りますわね」
立ち上がり部屋からでていった。
長年の重荷が取れた感じがする。幼いころからアリナには頭が上がらないが大きくなってもそれは変わらないらしい。
「…すまなかったな、マルク。お前まで巻き込んで」
「いや、好きでやったことだ。気にするな」
俺はいい友達を持ったな。
余韻にひたり、マルクにふたり分の紅茶を入れてもらうことにした。
「なぁマルク。俺達はなに遠回りしてたんだろな」
「アリナにはいくつになっても敵わないってことなんだよ」
ふたりで笑いあう。
本当に帰ってこれた気がした。
これからシャルルに謝って、嫌というほど甘やかそう。そう思うと心が暖かくなる。
バン、っとまた突然扉が開いた。さっきのこともあり咄嗟に身構える。
「大変ですわ。シャルが拐われました」
アリナが言葉とは逆に優雅に現れた。