シャルル
アドム王国アルフォード・アドム第2王子の遊び相手に四代公爵のうち三家のライラック家令嬢シャルルとホルバー家令嬢アリナとその婚約者リザイック家令息マルクの同じ歳の3人が選ばれた。
5歳のアルフォードは金色のふわふわ髪で青い瞳の天使みたいな王子様。
「シャル、将来僕のお嫁さんになってね」
王国の庭にある噴水の前で、両手を握りしめて顔を真っ赤にしてのプロポーズ。
「私でよければ喜んで」
銀髪のさらさらロングの女の子はグリーンの瞳をキラキラさせて、同じく真っ赤な顔で返事をする。
「おめでとうですわ」
「おめでとー」
噴水の後ろに隠れていたアリナとマルクが出て来てお祝いの言葉とともに花吹雪を降らせてくれる。
4人でいつまでも幸せそうに笑いあっていた。
次の日には正式な婚約者になり、6歳になると王室教育が始まって、4人で集まることはなくなっていった。
10歳の時突然アルとマルクが隣国のサザニア国に留学したと知らされた。
事後報告を受けたシャルルはアリナの家に急いだ。ピンクの髪を揺らしながら走って迎えてくれた。
「アリナ、先触れもなくごめんなさい。アルが…何も言わずに留学して…うっ、えーん」
アリナは何も言わずに抱き締めてくれた。ただ泣き止むまでずっと。王室教育で感情をコントロールするように言われてきたけど、この時だけは、ただの子供みたいに泣きつかれて眠るまで泣いた。
留学に行ってからアルは一度も帰ってこない。手紙を送っても元気だと素っ気ない返事が返ってくるだけ。ただ誕生日にはちゃんとプレゼントを送ってきてくれる。
何度も隣国に行くことを考えたが王室教育が忙しく行くのを諦めるしかなかった。今では王室教育をしている時がアルの婚約者なのだと思える時間になってきてる。
アリナはアルのことを無責任だと怒っていた。
アリナの母が隣国の王妃の妹なので里がりしたついでに、アリナは婚約者のマルクに会っている。でもアルには会えないらしい。マルクに問い詰めたこともあるらしいが言えないとの一点張りだった。
それを言いに家にやってきたアリナの泣きそうな顔は今でも忘れられない。
16歳になり、アドム国立学園院の2年生になっていた。つい先日、アルが帰ってくると人づてに知らせが届いた。手紙ではそんなことは書かれていなかったのに…。
そこにアルとマルクが転入してくる。
「アル達が帰ってくるみたいですわね」
学院でランチを上位貴族が使用できる特別個室で食べていたときアリナが話を切り出した。
「みたいだわ。これで私も婚約者の立場も終わりかしらね」
こんだけ放って置かれて、もうアルに好かれてるとは思わない。
「最近噂になっている、アルと隣国の王女のお話ですか。あんなの気にしなくてもいいことです。あの女に比べたらシャルルの方が何倍も、いえ、何百倍もいい女ですわ。比べるのも嫌なくらいですわよ」
隣の国の王女をあんな女呼ばわりするのは、王女と従姉妹のアリナくらいだ。私の変わりに怒ったり泣いたりしてくれるアリアの存在には救われている。
「それはありがとう…でも隣国の王女さまならアルも断れないでしょ。その方がみんな幸せになれるわ」
私を嫌いになったから婚約解消されるよりはずっといい。
王命なら仕方がないと諦めきれる。
突然の留学の真相はいまだにわからない。私もアリナもそれについていろんな人に聞いたけど、誰も知らなかった。
そのお陰で影では、捨てられた婚約者、と呼ばれていることを知っている。
いっそ婚約解消してから行って欲しかった。そしたらこんなにも辛い思いはしなかったのかもしれない。
アルが帰ってくると聞いても嬉しいのかわからないぐらい会うのが怖い。
アルの留学を知ってアリナの家に一泊して帰った日、お父様は私の顔を見て抱き締めて辛かったら婚約をなかったことにもできるよと、優しく言ってくれていた。その時は嫌だと、私はアルを好きだから待っていると言った。
その後あのとき頷けばみんなに悲しい顔をさせることもなかったのかもしれない。
私のワガママなのだろうか。
アルと過ごした10歳までの幸せな記憶にすがり付いてるのはわかってる。
あんなに仲が良かったのに、なんでなにも言わないでいったのかわからない。
会ったとしても聞く勇気も持ち合わせていないのだけど。
だって正面から嫌いだからとか言われたら、生きていける気がしない。いや、絶対に生きていけない。
でもやっぱり死ぬのは怖いからどこか遠くに旅だとうと思う。
この10年間、私には王室教育でつちかった外国語があるのだから大丈夫。そのために少し遠くの国の言葉まで覚えたんだから。
力強く拳を握る。
「シャルルー戻ってきますのよ。ほぼ声に出てしまってますわ」
「はっ、ごめんアリナ。遠くにいってたわ」
「相変わらずですわね。アルのこと以外は前向きなのは」
「あはは」
「大丈夫ですわよ。その時は私も一緒についていきますから」
「えっ?だってマルクは?」
「あんなのポイッです。それに剣の腕も確かですから役には立ちますわ」
アリナのお父様はこの国の騎士団長を勤めている。幼いころから剣の訓練しているアリナの腕はかなりのものだから、一緒についてきてくれるのなら心強いものはない。
でもポイッて。私が覚えているかぎりではマルクはアリナにベタ惚れだったはず。
トントン
ドアが叩かれた。私達は姿勢をただす。
失礼しますと、給仕長が入ってきた。
「学院長からの伝言を預かってきました」
「わかりました。聞きましょう」
「はい、今から1時間後にアルフォード殿下が学院に到着するので、ご一緒に学院長と正門にて待機して欲しいとのことです」
なんて?1時間後??
もう帰ってきたなんて聞いてないんですけど、心の準備できてないです。
「わかりましたわ。参ります」
固まってる私のかわりにアリナが答えてくれる。
給仕長が出ていくと、ギギギと効果音が聞こえてくるみたいにアリナのほうを見て、どうしようと目で訴える。
「大丈夫。感情のコントロールはちゃんとできていましたわ」
「そこじゃないわ。アリナ。知ってた?アル達が帰ってきてるって。どうしよう?帰ってきたってことは私はとうとうお払い箱じゃないかしら」
アリナはゆっくりと首を左右に振った。
「落ち着きなさい。わたくしも知りませんでしたわ。どうしましょうかね」
怖い顔で笑っているアリナを見て、少し心が落ち着く。マルクは確実に殺られるのを確信した。
「よし!来たのならしかたないわよね!腹をくくって、出たとこ勝負よ!」
「敗北しか見えませんわ」
「気合いいれてるんだから、そこは頑張れでいいんじゃないかな」
「骨は拾ってさしあげますわよ」
「おねがいします!!」
アリナの激励を受けて、私達は準備をしに部屋をでた。
1時間後
正門で学院長とアリナと一緒にアルが乗る王族の馬車を待っている。
後ろにいる生徒達の話し声が聞こえてくる。
「捨てられた婚約者が最前列なんて学院長もかわいそうなことを…」
「まだ婚約者だから仕方ないのですよ。でも公開処刑よね」
言わなくても私が一番わかってるから。ただでさえ緊張しているのに。変な汗が出てきそうになる。
扇で隠してアリナに小声で話す。
「アリナ、逃げてもいいかな?」
「逃げてもいいと思いますわよ。どうせなら一発殴ってから逃げなさい」
「いや、それ本当に逃げないといけないやつだよね」
そんな物騒な会話をしているうちに、馬車が見えてきた。
緊張が増すのを感じる。5年ぶりにアルに会える。手が震える。すごく怖い。心臓がバクバクいっている。
馬車が止まると一斉に頭をさげ降りてくるのを待つと、ドアが開く音が聞こえる。
「頭をあげよ」
声変わりをしているが、透明感のある声がアルだとわかる。
顔をあげるとそこには、金髪に青い目をした青年がたっていた。顔の作りは整っていて可愛かった面影がなくなっている。
アルだ…ほんとに帰ってきたんだ。
見た瞬間すごく嬉しく、怖かったのが嘘みたいになくなっていた。
横にたっていた黒髪の側近が口を開く。
マルクもちゃんとして大きくなっていた。でも若干顔色が悪いのはなんでだろう。
「こちらは第2王子アルフォード殿下でございます。責任者はどちらに?」
「ようこそ、アドム国立学園院へ。私は学院長のダノン・デンバーです。おかえりなさいませ。アルフォード殿下」
学院長が挨拶をすると私を冷たい瞳でみた。
目をつぶりそうになるのを堪えて、スカートの端をもちカーテシーをしてとびきりの笑顔で挨拶をする。
あなたに会いたかった。
「おかえりなさいませ。アルフォード殿下」
わかってくれるだろうか。足が少し震えるのをなんとか耐える。
アルの目が一瞬少し開いたような気がするが、すぐさま無表情に戻った。
心に靄がかかったような気がした。
「シャルル嬢も出迎えありがとう」
冷たい声。それだけ言って学院長の方へ視線を戻した。
後ろで声が聞こえる。
「ほらやっぱり…」
「かわいそう…」
耳を塞ぎたくなる。
今すぐにでも逃げたい。王子の婚約者としてそんなことは許されないのはわかっている。手を握り締めてなんとか意識を保つ。
「今日は学院で業務を行う部屋の様子を見にきた。案内していただけるだろうか」
私達は学院の中に向かっているなか、学生達はひそひそと私のことを言っている。
何事もないように顔を上げて歩く。
学院の中に入ったとき。アリナがアルに声をかけた。
「アルフォード殿下。部屋の下見なら私達はおいとまさせていただいてよろしいですわよね?」
「アリナ嬢!殿下に失礼じゃないか!」
学院長があわてて止めにはいったが、アルは手で制した。
「これはアリナ嬢。ご無沙汰してます。こちらこそ気がつかず申し訳ありませんでした」
「いえ、突然帰って来た殿下には申し訳ありませんが、これ以上は必要ないかと」
「大丈夫ですので、お下がりください」
「ではシャルル参りましょうか」
その会話にマルクの視線がオロオロしてる。
私がどうしたらいいかわからないでいると、私の手を握り締めて反対方向に歩いていってくれる。ピンクの髪を揺らした私よりも小さな背中を見て泣きそうになる。
「まだですわよ」
アリナの言葉に背筋を伸ばす。まだ泣いてはダメだと言い聞かせる。
寮に帰るとアリナを抱き締めて少し泣いた。
「ありがとう、アリナ。あなたがいてくれて本当によかったわ」
「いいのですわよ、シャルル。辛い場所にあれ以上いさせなくなかったですし、それにいつ倒れてもおかしくない顔色でしたわ。頑張ったのですわね」
アリナには気づかれてたらしい。
もう立っていることが限界だったことに。
「今日はゆっくりしなさいな、明日からまたあの中にいなくちゃならないのですから…」
アリナ片手で私の頬にふれ涙を拭いて、悲しそうな顔をして笑う。
「わたくしちょっと用事を思い出しましたの。シャルルは休んでいるのですわ」
アリナは部屋をでていった。
期待していたんだろうか…
笑ってただいまと言って欲しかった。帰って来て私に会わないのだから、何を期待してるんだと、自分に言い聞かせる。
もうアルは私のことを好きではないんだ…
実感する。今までほんの少しの希望を無くしてしまった。
子供の頃の初恋が実らないのは本当のことなのね。
みんなに心配かけて迷惑かけて結果はこんなもんなんだわ。
「お嬢様失礼します」
「入りなさい」
侍女のサラサが扉から入ってくる。
「先ほど王宮から至急向かうようにと、馬車がお待ちしてます」
「わかりました。用意を手伝ってちょうだい」
王宮から?なんなのかしら?アルフォード様のことだろうか?婚約解消の話だろうか?
もしかして、本人から言われないぐらい嫌われてる。それ一番嫌なやつかも。
「サラサ、アリナを見かけたら王宮へ行ったと言っといてくれるかしら」
「わかりました。お嬢様」
私は待っていた馬車に乗って王宮へと向かった。
読んでくれてありがとうございます。