表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/73

本当はそばにいたかったのに



 ***


 フワリ肩からかけられたマント。

 ほのかに香るのは、針葉樹と眠気を誘う穏やかな花の香り。


 それは、ラティと同じ香りだ。


「メルシア」

「ん……」

「風邪を引く。メルシア」


 目を擦って体を起こす。いつのまにか、陽が傾いて、少し肌寒い風が吹いている。

 穏やかで甘い声。遠くから見つめていても、声だけはなかなか聞くことが出来ないから、とても貴重だ。


「とっておけたら、いいのに」

「ふ、何を」

「その、声を」

「…………」


 そう。例えばオルゴールにでも仕舞い込んで、この声を閉じ込めておけたらいいのに、とメルシアは思う。


 そうすれば、ずっと聞いていられるのに、と。


「……メルシア」


 今日は、妙に夢の続きが長い。


(こんなふうに、名前を呼んでもらえたら、どんなに幸せだろう。でも、鼻血も見られてしまったし、婚約者にしてもらっても、気の利いた会話のひとつもできなくて)


 そろりと、まるで壊れ物を扱うみたいに、頭を撫でられる。

 

 ここまできて、さすがに夢ではないということを認識したメルシアは、密かに冷や汗をかきながら目を開けた。どこからが、現実なのだろう。


(寝起きに、聞いて欲しくないような寝言を口走った気がするよぉ)


「……ランティス様」

「こんなところで眠ったら、風邪を引く。さ、馬車を用意したから、乗るといい」


 肩にかけられていたのは、ランティスのマントだった。しっかりした生地で作られて、耐魔法の機能がついているから、ズッシリと重みがある。


「あ……。私、勝手に上がり込んだ上に」


 以前だったら、「気にすることはない」と、そっけない返事が返ってくるだけだった。

 無表情だから、怒っているかもわからなくて、メルシアは、何度も不安になったものだ。それなのに。


(ずるい……。ずるいよ、そんな顔)


 ランティスが、微笑んでいる。


 こんな顔、推し活で追いかけていた時だって、婚約者として過ごした日々だって、一回も見たことなかったのに。


「来てくれてうれしかった。また、来てほしいんだ。もしも、メルシアさえよかったら」


 ランティスは、いつのまにか、違う人格にでもなってしまったのだろうか。それくらい違う。それほど甘くて。


「うっ……。本当に来てもいいんですか?」

「ああ。……ラティも待っているから」

「迷惑じゃ、ないんですか?」

「俺が、会いたいんだ。メルシアに」


(それなら、どうして婚約破棄……)


 胸がドスンと、重くなる。

 それなのに、はっきりと答えを聞くのは怖くて、メルシアは言葉を継ぐことが、出来なかった。


 メルシアの表情の変化から、ランティスは、言いたいことを察したのだろう。ためらいがちに、言葉を紡ぐ。


「……メルシア。婚約破棄……しようと、言ったのは」

「ランティス様」

「……ああ、もうこんなに時間が経ったのか。……時間が、足りないな」

「どうしてですか?」


 ランティスは、基本的に無表情だ。

 遠目ではあっても、ずっと見ていたからメルシアはそのことを、知っていたはずだ。


 それなのに、今日のランティスは、なぜこんなにも表情豊かなのだろうか。


「……本当は、そばにいたかった」

「どうして」


 笑っているのに、どこか泣きそうで。

 まるで、泣きたいのを堪えている、我慢強い幼子みたいで。


 指先に、そっと口づけが落ちるのを、メルシアは呆然と見ているしかない。


「ごめん。時間がないから……」


 離れがたいとでも言うように、名残惜しさを感じるほどに、ゆっくりと離れていく指先。


「……これで、失礼する。馬車を門の前に止めてあるから」


 それなのに、メルシアを置いて行ってしまうランティスは、今までと何も変わっていないように見える。


(あんな顔、見せておいて)


 理解が追いつかないまま、メルシアは馬車に乗る。


「本当のことを、知らなくちゃダメなんだよね。きっと」


 婚約破棄の申し出には、理由があったのだろう。

 あまりに、ランティスの態度は、一貫性がないけれど、それでも、ランティスが、理由なくそんなことする人じゃないと、メルシアは知っているし、信じている。


 ずっと、その姿を追いかけてきたのだから。



 


ジレジレです。両片思いです。


最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ