白い犬と推し活 3
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最終戦は、予想通り挑戦者ベルトルトとランティスの対戦となった。
見学に来ていただけのアイリスが、メルシアの隣に来る。
「メルメル、ねえその犬怪しくない?」
「え? ただの子犬ですよ?」
「あのねぇ、フェイアード卿の例も。……ん?」
アイリスが紫色の瞳を見開く。
そして、勢いよくメルシアに背を向けた。
「えっと、アイリスさん?」
「閃いた……。つまりあの魔法陣のあそこをこうしてああすれば!?」
研究についての一助を得たのだろう。こうなってしまったアイリスは、思考の海に沈んでしまうことをメルシアはよく知っている。
「研究室に戻るわ! それにしても、用心に越したことはないんだからね!」
「ありがとうございます。アイリスさん」
子犬はぶんぶんと尻尾を振っている。
メルシアは、再び試合の行方に集中したのだった。
それから、いくらも経たないうちに勝負はついた。メルシアと結婚してからますます強くなったランティスの圧勝だ。
甲高い音とともにクルクルと舞うように弾き飛ばされた剣が、地面に突き刺されば会場中から拍手喝采が沸きあがる。
「さすが、ランティス様」
感動しながら子犬に視線を落としたメルシア。
なぜか、白い子犬の周囲を黒いもやが取り囲んでいる。
慌てて顔を上げると、勝利の宣言をしたランティスがひどく慌てたように目を見開いていた。
(これは、あの時と同じ!?)
浮かび上がった魔法陣は、けれどマチルダがメルシアを連れ去ったときのものよりより複雑で禍々しい。
子犬が酷く怯えたように『ひゃんっ』と高い鳴き声を上げた。
メルシアは必死になって子犬を庇う。
その時、男性の腕とともに黒い霧を纏ったリスが魔法陣から飛び出してきた。
《見つけた》
魔法陣から聞こえてくる声は、くぐもっているが確かに聞いたことがある声だ。
「……マーシスさん?」
《メルシア、それ返して》
「えっと」
子犬は確かに怯えている。
(というより、いたずらをして叱られるのを怖がっている?)
それは間違いないのだろう。
《闇魔法苦手だ。長く繋げられない》
「えっと、この子は」
《……時がくればわかる》
なるほど、と心のどこかで納得しながらメルシアはシュンッと頭垂れて尻尾を丸めてしまった子犬をマーシスの手に預けた。
《妻が迷惑かけた》
「……妻!」
魔法陣の向こうからは、どこか騒がしい犬たち(?)の鳴き声が聞こえてくる。紛れて聞こえてくるのは、メルシアの名を呼ぶ声だろうか。
(聞こえにくいけど、メルメルって聞こえた?)
状況を理解した気がしたメルシア。
それはあくまで未来の話で仮定でしかないけれど。
「……また、会いましょうね」
『わふっ!!』
魔法陣が消える。会場はざわめいたままで、不思議なことに誰もこの状況に気が付いていないようだ。秘匿魔法でも使われていたのだろうか。
「わぷっ!?」
けれど一人だけ、勢いよくメルシアに突撃してきた人影。
気がつけばメルシアは、勢い余ったランティスとともに地面に倒れ込んでいた。
「無事かメルシア!」
「はい、ランティス様」
地面に寝転がり、緑色の瞳を瞬かせたメルシアをランティスが姫君のように抱き上げた。
会場から口笛まで混ざった喝采が起きる。
(あの子犬は……。ううん、子犬ではなくて子狼だった?)
そんなことを思いながら、ふと会場中の注目を一身に浴びていることに気が付く。
身じろぎしても下ろしてもらえず、メルシアは頬を林檎のように真っ赤に染めるのだった。




