【電子書籍配信記念SS】特級と上級
「この程度でへたばっているようでは、特級にはなれませんよ?」
「くっ、もう一度!」
人前で闇魔法を使うことをためらわなくなった上級魔道士アイリス。
彼女の足下には、今日も小さな黒い手が無数にうごめいている。
一番得意とする闇魔法を使わずとも上級魔道士として周囲から認められていたアイリスだが、最近の彼女はどこか違う。
そんなアイリスを温かくも厳しい視線で見つめているのは、フェイアード公爵家の私設騎士団の制服を身に纏ったハイネスだ。
「魔法が使えない私に勝てないのでは、話にもなりません」
それはそうだとアイリスも思う。
強く魔力を放出したとたん、小さな手はいよいようごめく。
「……負けられない! 絶対に特級魔道士になるんだから!」
こんなにも彼女が本気になっているのには理由がある。それは……。
「絶対にマーシスを超えて特級魔道士になるんだから!!」
「ふむ、その心意気やよしです」
そう、アイリスはこの国に一人しかいない特級魔道士を目指していた。
そこにメルシアがふわふわした空気を纏って現れる。
「あっ、アイリスさん、ハイネスさん、お疲れ様です! それにしても、紺色の騎士服に身を包んだハイネスさんが、闇魔法を使う美しき上級魔道士アイリスさんを特訓する姿……。どうしましょう、どこまでも応援し続けたいです!」
「メルメル!! ……それに、マーシス。どうしてあなたがここに」
「特訓、してもらいにきた」
「は!?」
騎士として活躍するランティスを推し続けるメルシアだが、最近は魔道士にも興味を示している。
そんな彼女と一緒にいるのは、特級魔道士マーシスだ。
「ああ、よくいらっしゃいました。特級魔道士マーシス殿。不肖ハイネス、お手合わせ願います」
「え? どういうことなの!?」
「矜持のため」
「えっ? マーシス。あなたの言葉は短すぎて、あいかわらず意味がわからないわ!?」
ハイネスがニヤリと口の端を歪めた。
カチャリと先ほどまで触れることもなかった剣に手を触れる。
「……負けられない戦いというものが、誰にでもあるものです」
「ハイネス卿の言っていることも意味がわからないわ?」
「ふふふ! 私にはわかってしまいました!」
「えっ、まさかメルメルにわかって私にわからないなんてことが!」
「うふふ。恋の予感です」
「えっ、マーシスがまさかハイネス卿のこと!?」
「……それも素敵ですが」
動揺しているアイリスを生温かい目で見つめるメルシア。
そうこうしている間に、向かい合うハイネスとマーシス。
「ふむ。全盛期には遠く及びませんが、腕が鳴ります」
「名高き剣聖、ハイネス卿に稽古をつけてもらえるとは、光栄の極みです」
アイリスが衝撃を受けたように「マーシスがちゃんと喋っている」とつぶやいた。
そうこうしている間に、マーシスが魔法で作り上げた剣とハイネスの剣がぶつかり合い火花を散らす。
「さすが特級魔道士マーシス殿。身体強化も洗練されている」
「……これで、魔法を使ってないなんて、正気か」
首元に突きつけられた剣。
二人の打ち合いは、ハイネスの勝利で幕を閉じた。
「なるほど、これは強い」
「……くっ」
「遠距離ありでは確実に勝てません」
「――全盛期なら?」
「遠距離魔法ありでも負けなかったでしょう」
「……」
マーシスが膝をついて頭を下げた。
特級魔道士は、国王陛下の前でも膝をつく必要がない。
マーシスが膝をつく場面など見たことがなかったアイリスは驚きを隠せずにいた。
「俺は負けたくありません。いつだって、守ることができる存在でいたい」
「若くて良いですな。しかし、それは甘い考えです」
「……っ」
「きっと、あなたの意中の女性が望むのは、背中に守られることでなく、肩を並べて戦うことでしょうから」
「……」
チラリと横目に見ればメルシアは胸の前で手を組んで瞳を煌めかせている。
その横にようやく騎士団から帰ってきたランティスが並ぶ。
「俺も愛しい人は、何としても背中に守りたいが」
「ランティス様! 素晴らしい訓練風景だったのですよ!」
「……メルシアの興味を引くのは許しがたいな」
抜刀したランティスが、ハイネスに斬りかかる。
しかし、軽やかにその剣ははね除けられた。
「くっ!」
「ふむ、奇襲とは私の教えに忠実で大変よろしい。しかし、魔法を使わなければまだまだとしか言いようがありません」
しばらくのち、地面には二人の魔道士と一人の騎士が伏していた。
「さて、勝者の栄誉としてエスコートさせていただけますか? 奥様」
「えっ、あの……。ランティス様が」
「よろしいのです。悔しいのなら勝てば良いのですから」
チラチラと振り返るメルシア。こちらを悔しげに見つめるのは、いつの間にかラティに姿を変えてしまったランティスだ。
メルシアがハイネスから手を離して、その毛並みに抱きつく。
「久しぶりのそのお姿。最近、ラティに会えなくて寂しかったです」
『わ、わふ』
「さ、行きましょう? あ、皆さんにもお茶菓子を焼いてありますよ?」
「もう少ししたら参ります」
「待ってますね! ハイネスさん」
「ええ」
去っていくメルシアと白い狼。
仲睦まじい公爵夫妻を見つめハイネスが唇の端をつり上げる。
「なるほど、お二人の絆には敵いませんか……。それでは、修行を継続いたしましょう」
「えっ!?」
「うっ!?」
こうして修行三昧の1日は過ぎていく。
二人の魔道士が、さらに王国の平和に貢献するのはもちろん確約された未来なのだ。




