貧乏伯爵令嬢は推し活に精を出していたのです 1
「ラティ。あったかいね」
「ワフ……」
ラティが芝生に寝そべる。
薔薇の香り、可愛いモフモフ、美味しいスイーツ。ここは天国に違いない。
庭園に降り注ぐ初夏の陽光が気持ちよくて、メルシアの瞼は、だんだん重くなっていく。
ランティスとの出会いに、思いを馳せる。
それは、何度も夢に見た、やり直したい場面でもある。
***
(あれ? 私)
直前までの出来事が思い出せない。
けれど、確かに目の前で、一人の騎士が血まみれになっている。それだけは事実だ。
あの時、孤児院を抜け出した子どもを追いかけてきたメルシアは、人攫いと対峙することになってしまった。
なんとか子どもを抱きかかえ、逃げようとしたけれど、子どもを抱え、逃げ切れるわけもない。
そんな時に、メルシアを助けてくれたのは、赤毛の騎士だった。
巡回中だった騎士は、間に合わないとわかるや、ナイフを向けられたメルシアと子どもを、身を挺してかばってくれたのだ。
「き、騎士様!」
「……間に合わなかったか」
そこに現れたのが、ランティスだった。
無言のまま、ランティスは、人攫いを手刀で気絶させる。
「これは……。油断したな、ベルトルト」
「ぐ、面目ありません」
「治癒師が来るまで、間に合いそうもないな。言い残すことは」
「……妹を」
表情を変えないまま、しゃがみ込んだランティスは、「わかった」と、短く答える。
ぼたぼたと地面を濡らしていく朱色。
「ち、治癒師ならここにいます!」
メルシアは、服が汚れるのも気にせず、倒れ込んだベルトルトを抱き上げると、必死になって治癒魔法を唱える。
メルシアの治癒の力は、それほど強くないし、魔力量だってそれほど多くない。
「は、早く! 早く、ちゃんとした治癒師を連れてきてください! 騎士団にならいるでしょう?!」
「……メルシア・メルセンヌ」
なぜか、メルシアの名前を呼んだランティスは、ひとつだけうなずくと駆け出していった。
それを見送ると、メルシアは、魔力の残量なんて考えずに、全力で治癒魔法を使い続ける。
光が弱くなっていっても、完全に傷が塞がることはない。
「……ご令嬢、これ以上は、あなたの命に関わります。俺の力不足が招いたことですから」
ベルトルトが、微笑んでメルシアに告げる。
その言葉を聞いても、ブンブンと首を振って、メルシアは魔法を使い続けた。
「どうして……」
「私たちを守ってくれた人を、見捨てるくらいなら、私っ!」
こぼれ落ちた涙に見惚れたように、その青い瞳が見開かれ、ベルトルトはそれ以上メルシアを止めるのをやめた。
「は、はぁっ。間に合った……か」
息を切らしたランティスの声を聞いて、安堵のあまりふらりと後ろに倒れるメルシア。
けれど、地面に体がぶつかる衝撃は訪れず、すっぽりとなぜか安心できる腕の中にいた。
「良くやった。………………メルシア」
メルシアを抱きかかえ、顔を覗き込んだ騎士ランティス。そのあまりの美貌と、宝石のようなオリーブイエローの瞳に釘付けになる。
なぜ、名前を?
これで、助かりますか?
どこかで、会ったことが?
たくさんの疑問が浮かんでは消えていく。
けれど、その前にぼたぼた、という音が思考をかき消す。
出会ってから初めて、焦ったようなランティスの顔。鼻に触れたら、真っ赤に染まったメルシアの手。
「はっ、鼻血?!」
慌てた様子で差し出され、鼻を押さえてくれたランティスのハンカチが赤く染まっていく。
(こんな素敵な騎士様の前で鼻血とか、カッコつかないなぁ。恥ずかしいよ……)
そんなことを考えながら、体の中を流れる大事な線が焼き切れてしまったような感覚に、メルシアは意識を失ったのだった。
ランティスとの出会いと推し活は、続きます。
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