推しの狼と婚約者
エピローグ的なおまけです。
騎士団の公開訓練は、今日も麗しく凛々しい騎士たちの姿を一眼見ようという、婦女子たちで溢れている。
その一段から少し離れた場所に、豪華な馬車が止まる。そこから降りてきたのは、爽やかな白いワンピースを風に揺らした可愛らしい令嬢だ。
通称白銀隊隊長、ランティス・フェイアードの婚約者、メルシア・メルセンヌ。
「うわぁ……。ランティス様が、走っている」
今日は基礎訓練らしい。
ただひたすら、重い荷物を背負って走るという、簡単なようで過酷な訓練だ。
「ランティス様の体力は、こんな地道な訓練で作られるのね……。努力と流れ落ちる汗が尊い」
胸の前で両手を組んでうっとり認める姿は、まるで恋する乙女のようだ。
だが、訓練中にはランティスを決して邪魔をしたりすることなく遠くから見守り、他の婦女子がランティスを応援することを咎めもせず逆に嬉しそうにさえ見えるメルシア。
それゆえに、メルシアは周囲から敵意の視線を向けられるどころか、逆にその可愛らしさと健気さで、見守られていたりもする。
「明らかに、天才肌なのに、王国の平和のために努力を怠らないランティス様。その存在こそが王国の聖剣」
「あなたの夫になる人だわ」
「え?」
「もうすぐ、あなたの夫になる人よ」
「………えっ」
そんなことは忘れて、推し活に精を出していたメルシアが、美しいエメラルドのような瞳を瞬く。
「マチルダ?」
視線がまっすぐ向けられる。
そこには、黒髪を揺らしたメルシアの元同僚、マチルダがいた。
「お久しぶり……」
「っ、会いたかったマチルダ!」
メルシアの斜め後ろに控えていた、フェイアード侯爵家の護衛騎士服姿のハイネスが、警戒しているのをものともせず、メルシアはマチルダに抱きついた。
「……相変わらずね。そんなに警戒心ないと、また攫われちゃうわ」
「……気をつける。ところで、子どもたちの様子はどう?」
黒髪と闇魔法を持つが故に、公爵家の暗部で育成されていた子どもたちのほとんどは、帰る場所がない。
だから今は、拡張された孤児院にいる。
フェイアード侯爵家により学校も併設され、心のケアを受けながら暮らしている。
「色々あるけど、これからは幸せになれるはずだわ。小さな子たちは、もともといた子どもたちと仲良く遊んでる」
「そう……」
「少しだけ抜け出してきたの。メルシアに会えるかなって。それじゃまたね」
「うん! またね!」
王立騎士団からの尋問を受け証言台に立ったあと、マチルダは、孤児院の責任者として働いている。
治癒院の院長も、話を聞いたところ快く協力を申し出てくれた。
それに、匿名で多額の寄付があったらしい。
(たぶん、アイリスさんじゃないかな?)
その予想は、たぶん当たっているのだろう。
公開訓練には、身体強化を発動しているのか、足元に小さな手のようにも見える、見ようによっては可愛らしい魔力をまとったアイリスも参加している。
頭の上には小さなリスが、居座っている。
訓練をサボることなくこなすようになったアイリス。闇魔法を中心に使う彼女は、もう魔法を人前で使うのを躊躇わないことにしたと、先日のお茶会で言っていた。
「メルメルッ!」
こちらに手を振るアイリス。
メルシアが手を振り返すと、なぜか、訓練場に黄色い悲鳴が上がる。
(そう、人気があるんだよね)
周囲のなぜか熱っぽい視線を感じながら、振っていた手を下げる。
アイリスは前を向いて走っていった。
しばらくして、訓練場から、騎士団の建物の外周を走ってきたらしい騎士が戻ってくる。
「ひゃ?!」
先頭を走っていたはずのランティスの姿がないことに首を傾げたメルシアは、なぜか後ろから抱きしめられた。
「ランティス様?!」
「あーごめん、汗だくなのに我慢できなかった」
まだ、時々ラティになってしまうランティス。
狼姿を受け入れたとはいっても、まだメルシアのそばで変身してしまうのを完全にコントロールできない。
そして、時々ラティのように感情表現してくるランティスに、メルシアはすっかり翻弄されている。
「尊い訓練後の騎士様とか、むしろご褒美ですけど……。まだ、訓練中なのでは?」
「もう昼だ。今日の訓練は、終わりだ」
「それでは、きちんと号令をかけてきてください」
「了解した」
駆け戻っていくランティスに小さく手を振る。
メルシアは、なぜか尊敬の目線を騎士たちから向けられていることに気がつかない。
号令が終わり、騎士たちが解散すると、ようやくメルシアは、ランティスの元に駆け寄って、淡い緑の光を帯びた金色のリボンで飾られた差し入れを手渡した。




