手負いの狼は手なずけられる 3
「ラティ……」
「ワフ」
摺り寄せられた柔らかい感触は、もう野生の狼のような冷たい風を纏ってはいない。
「――――目が覚めたら、もう助けに来ていたから、驚いてしまいました」
「ワフ……」
当たり前だとでもいうように、ランティスがメルシアに擦り寄った。
温かい感触。この感触をもう手放すなんて出来そうもないとメルシアは思う。
抱きしめたラティの毛並みからは、針葉樹とほのかな花の香りが今日も香る。
そして、鉄臭いにおいを覆い隠すようなシャボンの香り。
完全に混ざってしまった二人の魔力の香りは、混ざり合って爽やかに、優しく香る。
「――――どうしたら、ランティス様の気持ちに応えられますか?」
「ワフ?」
メルシアの言葉の意図が分からないとでもいうように、首を傾げたランティス。
その、太くてフワフワの首に腕を回したまま、その毛並みに擦り寄ったメルシア。
まるで、ずっと昔から、こんな風に過ごしていたようにさえ思える。
大好きすぎて、この香りが好きすぎて、ずっとこうしていたくなってしまう。
「好きですよ、ランティス様」
「ワフ……」
「ランティス様を巻き込んでしまってばかりの、こんな私でよかったら」
ランティスが、狼の姿を受け入れられなかったように、メルシアにだって、受け入れられない自分が存在する。それは、ごく当たり前のことで。
「もったいないな」
「え……」
次の瞬間、柔らかく抱きしめられて、熱いほどの体温の中に閉じ込められていたメルシア。
「狼姿を受け入れたとしても、メルシアに言葉を返したいんだ」
「――――ランティス様」
「好きすぎて」
もう一度、覗き込まれた二つの月みたいな瞳。
その色は、もう野生の色なんて宿していない。
ただ、その瞳が伝えるのは恋慕。
「好きだ。すぐに結婚して?」
嫌じゃないとしか、その言葉に応えることが出来なかったメルシア。
コクンと冷たい飲み物を飲んだみたいに、メルシアの喉が音を鳴らす。
もう、一つの返答しか持っていないメルシア。
だから、その質問は、少しズルいと思う。
「――――いいえ」
「――――メルシア」
「その言葉、今度は私から……」
メルシアは、笑った。
それは、幼いあの日、ラティに向けた無邪気な笑顔と重なる。
「私と結婚してください、ラティ」
「…………喜んで」
メルシアは、手負いの狼を手なずけた。
それは、二人にとって、これから先の長い期間ずっと続く関係なのかもしれない。
狼であることを受け入れ、メルシアの魔力を半分受け取ったランティスがラティになってしまうことは、もうないのかもしれない。
それが事実なのかは、誰にもまだ、分からないのだけれど。
最後までご覧いただきありがとうございます(*'▽')
誤字報告、本当に助かりました。
そして、連載途中に頂いた、たくさんのいいね……。読んでいただけるのだと、執筆の意欲につながったのが間違いないです。
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