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上級魔道士はかつての上司に誓う


 ***


 時間は遡る。

 上級魔道士アイリスは、ランティスに咥えていかれたリス、クルルクを見送るとよろよろと起き上がった。


「あとから、かなり魔力を搾り取られるわぁ。あのリス、見た目と違って契約者に容赦ないから……」


 よろめいたその体を、普段はそんな気遣いのかけらすら見せないマーシスが支える。


「あら、特級魔道士殿。そんな紳士的なことが出来るなんて、知らなかったわ」

「冗談ばかり……。まだ、魔力が流出している。無茶すると死ぬ」

「――――騎士団に所属するずっと前から、あいにくそれが日常なの」


 マーシスは、言葉にあまりにそぐわない、その純粋な笑顔に息を止めた。

 いつもの軽薄で妖艶な笑顔なんて、今のアイリスにはほんの少しも見られない。


「……ふふ。せっかくくれた情報だったのに、敵のほうが上手だったわね?」

「――――すまない」

「謝っている暇があったら、さっさと助力を依頼してきて? ちょうど、部下四強がそろっているのだから。先代副団長殿までいるなんて、メルメルには天運でもあるのかしら?」


 間違いなく、部下最強はベルトルト・シグナー卿だろう。

 フェイアード卿の部下ではない、だが、四強の最弱にはなりたくないと、なぜかマーシスは思った。


「……ほら」

「――――死ぬな?」

「ふふ。戻って来たメルメルとフェイアード卿を揶揄うまで死なないわ」


 走り去っていく、マーシスの後ろ姿を見送って、よろめきながらアイリスは立ち上がった。

 ずいぶんとランティスは苦戦しているようだ。クルルクが、鉄の匂いをはらんだ幻臭とともにその情報をアイリスに伝えてくる。


「…………間違いない。そこに、あの子たちもいる」


 シンが所属していたのは、ロザリス公爵家の暗部だ。

 そしてそれは、かつてアイリスが育った場所でもある……。

 黒髪の闇魔法遣いの子ども達は、お互いの信頼と親愛を足枷に逃げ出せずにいる。


 闇属性の魔法である転移魔法を発動した人間。

 魔法が届かないはずのメルシアのことを正確にとらえるには、長い時間をかけて印をつけていく必要がある。


「その子も、メルメルの純粋さにほだされちゃったに違いないわ」


 メルシアが騎士団にいる時に、転移魔法を発動したのは偶然などではないだろう。

 命令に一部だけ背いて、公爵家を欺いた。

 彼女は間違いなく、アイリスと同じ境遇だ。


「――――王家のスペアであることを忘れた悪魔」


 騎士団の力と、研究で得た資金を使って、探し続けても見つけられなかった場所が、アイリスの目の前にある。


 どうすることもできなかったとはいっても、仲間たちや年の離れた同じ境遇の子ども達を置いて、自分だけ、光の当たる場所に来たことをずっと後悔し続けてきた。

 軽薄な笑顔で、本心と出自を偽って、秘密裏に調べ続けるため誰も寄せ付けずに。


「そうね……。こんなことなら、もっと真剣に身体強化の訓練をしていればよかった」


 この場所に来た時に、徹底的に鍛え上げられた。

 音を上げそうになった時は、いつもあの厳しい横顔が浮かんで消える。

 戦場で、命を狙った幼いアイリスを拾い上げ、居場所を与えてくれたかつての上司。


 アイリスは、窓を開け、身体強化を使ってなんとか窓枠に足をかける。


「ふふ……。上級魔道士が、奥の手を持っていないはずないでしょう?」


 首から下げた魔石を咥えて、一気に奥歯の力を込める。

 数年かけてため込んだ魔力が、体を軋ませるように一気にアイリスの体に流れ込んだ。


「フェイアード卿とメルメルだけじゃない。勝手に飛び出してしまった可愛い弟子と、可愛い子たちも、そろそろ迎えに行ってあげないとね」


 ふわりと、窓から飛び降りた瞬間、異変を察知して駆けてきていたらしい騎士姿のハイネスのグレーの瞳と視線が交差する。

 いつも微笑んでいるか、厳しく口を引き結んでいるハイネスの表情が、焦りに歪んでいるのを見て、アイリスは思わず口の端を緩めた。


「まあ、見ていてくださいな? あなたが助けて、立派に育った部下の活躍を」


 軽やかに空中に魔法陣を構築すると、ランティスと行動を共にするクルルクとのつながりを頼りに、アイリスは転移魔法を発動した。

(´・ω・)次回、甘い空気に突入できますかね……。

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