光魔法と夜の住人 7
「ランティス様?」
涙さえこぼすことが出来ないメルシアは、口元を引き結んで、どこか微笑んでいるようにさえ見える。
それなのに、その指先はひどく震えたままだ。
「――――どうやって来たんですか」
ところどころ差し込んだ光に輝く白銀の毛並み。けれど今は、そのほとんどが赤く染まってしまっている。
「――――私」
「ワフ……」
ランティスは、いつだってメルシアを助けるために無茶ばかりする。
当時のメルセンヌ伯爵領は、いくら剣の腕が立つからといって、新人騎士、それも上流貴族出身の騎士が赴任するような場所ではない。
メルシアのことを案じて、様々な手段を講じて、魔獣から守ってくれていた。
攫われれば、必ず助けに来てくれて、襲われた時だって、自分の命なんて二の次だ。
「どうして?」
震える手で、そっと赤く湿った体を撫でる。
たった一回会っただけのメルシアを、何度も助けてくれる理由なんて、見つかるはずもない。
(婚約破棄だって、私のことを考え過ぎたせいだって、やっとわかったのに……。もう一度、思い出して。あの時の魔法の使い方)
メルシアは、そっとランティスの口にキスをする。
そこから、流れ込むのは、魔力回路が焼き切れるほど使ってしまったせいで、光魔法を形作ることが出来なくなった、ただの魔力だ。
それでも、二人の魔力が混ざり合えば、ランティスの体はいつの間にか狼から人間に戻っていく。
「――――狼も」
メルシアに向けてほほ笑んでいるのは、騎士服に身を包んだランティスだ。
残念ながら、メルシアが好きだと言った黒い騎士服は、触れるだけで手が赤くなるほど汚れてしまっている。
「狼も悪くない。…………少なくとも、君の元にすぐ駆け付けられる」
「…………ランティス様」
もう一度、メルシアは呼吸を整えて魔法を使う。
『魔法の起源には、諸説ある。でも、太古にいたという、獣に姿を変える力を持っていた人間。その血が、私たちに魔法を与えたという説が有力だわ』
アイリスが言っていたその言葉が真実であれば、メルシアが注ぎ込んだ魔力は、ランティスの体をめぐって……。
パチッとしずかに、静電気が起こったような音がした。
メルシアは、そっとランティスの手に指を絡めてそのまま魔力を注ぎ続ける。
「――――私に、魔法を下さい。ランティス様」
「…………メルシアが望むのなら、なんだって」
ランティスの月のような瞳に、緑色のメルシアの瞳の色が映り込んでいる。
それはまるで、小さな水たまりに月と一緒に映った新緑の若葉みたいだ。
重ねられた唇、ランティスの傷が少しずつ塞がっていく。
思い起こせば、メルシアが光魔法を使うことが出来るようになったのは、ランティスに初めて出会ったあの日以降だった。
メルシアとランティスを包み込む光は、たぶん普通の光魔法ではない。
もっと、古来に人に与えられた魔法の力だ。
「メルシア嬢! フェイアード卿!」
遠くから二人を呼ぶざわめきが近づいてくる。
メルシアは、心地よい眠気に引き込まれていった。
この後ようやく……_(:3」∠)_




