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光魔法と夜の住人 6


 ***


 ピチャリ、ピチャリと規則正しい水滴が落ちる音がする。

 ひんやりとした室内は、締め切られていたのかカビ臭い。


 遠くのほうで、誰かの怒声や魔法を使ったような爆音が聞こえてくる。

 それでも、メルシアはなかなか目を開くことが出来なかった。


(――――早く目を覚まさなくちゃ。ランティス様が心配する)


 どれくらい意識を失っていたのか、薄暗い室内では、それすらもわからない。


「ランティス様……」


 騒がしい音は、どんどん近づいてくる。

 周囲に鉄臭いにおいが漂ってくる。


 ギギ……と、錆びた蝶番が音を立てながら扉が開き、隙間からほんの少しの光が差し込んだ。

 誰が来たのかと警戒しながら、メルシアはようやく重い瞼をうっすらと開けた。


 赤い毛をした大きな犬。

 その犬が、倒れこんでいるメルシアに飛び込んで来た。


(赤い……?)


 荒い息遣い。走り続けてきたのだろうか。

 どうやってこの場所を見つけたのだろう。

 それに……。


 急に覚醒してくる意識、寒気を感じるくらいの焦燥感。

 メルシアは、勢いよく起き上がる。


「ランティス様!」


 ランティスの頭から、小さなリスが飛び降りて、メルシアとランティスに背を向けて走り去っていく。


「ランティス様!」


 ポタポタと零れ落ちる赤い雫は、明らかに白い毛並みを赤く染めているものだ。

 メルシアが、抱き寄せようとすると、それを拒絶するようにクルリとランティスは背を向ける。


「……ら、んてぃすさま」


 唇がしびれたようになって、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

 先ほどまで、感じることがなかった恐怖で、メルシアの心がひしゃげてしまいそうなほど縮み上がる。


「……ワフ」

「あ、あの……」


 どう考えても、騎士として剣を振るう人間の姿と違って、たった一匹の狼が魔法や武器を使う人間を相手にするなんて無理がある。

 それなのに、ここまで一人で来てしまったらしいランティスは一歩も引く気がないようだ。


「どうして……」


 メルシアが伸ばした手は、空を切る。

 次の瞬間、部屋の中に入って来た五人の騎士に、ランティスは迷うことなく飛び込んだ。


 その時、メルシアの目の前に、よく見知った姿が現れる。

 豊かな黒髪、美しく赤い唇。そして、黒い瞳。


「マチルダ……」


 治癒院の同僚マチルダが、メルシアの前に立った。


「どうして? なにがあったの」

「は、初めから、メルシアの光魔法を調べるために、治癒院にいたの……」


 その言葉を、魔法陣の中から聞こえた謝罪の言葉が否定する。

 メルシアは、半ば確信していた。だって、たぶんマチルダがメルシアを陥れる理由なんて一つしか思い浮かばない。


「――――マチルダ、誰を守ろうとしているの?」


 顔を歪めたマチルダとは対照的に、気づかわし気な表情を向けただけのメルシア。

 マチルダの肩が揺れる。それは、明らかに肯定を示していた。


「大丈夫。理由があるってわかってるから」

「あいかわらず、バカがつくくらい……」


 メルシアは、知っている。マチルダが、どんな人を相手にしたって、毎日自分の魔力の限界まで治癒魔法を使っていたことも。孤児院の子どもたちの相手だってお世話だって誰よりも率先して行っていたことも。


(そんなこと、嘘だったらできない)


 だから、メルシアは、まるで、本気でメルシアを攫う気なんてないみたいに、簡単に振り払えたはずのマチルダの手を掴んだのだ。


(私一人……巻き込まれるだけだと、思ってしまった)


 ランティスは、諦めることなく騎士と戦う。

 得意の剣を使うこともできず、その体を赤く染めながら。


「ランティス様!」


 けれど、訓練された騎士達と魔道士に、狼の体で、勝てるはずもない。

 ほどなく、ランティスの体は吹き飛ばされて、メルシアの足元に倒れこんだ。

 それでも、よろよろと起き上がろうとする体をメルシアは、抱きしめる。


「も、もうやめてください……」


 ランティスは、明らかに限界を超えている。

 それなのに、その美しい満月のような瞳は正面を見据えたまま、諦める様子がない。


 その時、扉が吹き飛んで一人の黒髪の少年が部屋に入って来た。


「…………見つけた」


 騎士服の上から、小さな体には少し長いローブを身にまとい入ってきたのはシンだった。

 あっという間に、残りの騎士達が倒れこむ。

 鮮やかな剣と黒い影のように降り注ぐ魔法。それは、アイリスと同じ系統の魔法だ。


「さっさと、逃げるぞ。……マチルダ姉さんも」

「――――私が逃げたら、子ども達が」

「それがやつらのやり方だ。俺たちと同じことを繰り返されるだけだろう?!」


 シンは、マチルダを姉と呼んだ。

 髪と瞳の色以外は、どこも似ていない二人。

 もしかしたら、血は繋がっていないのかもしれない。


「それに……。騎士団が、もう突入してきている。今度こそ、証拠をつかむことが出来る。みんな、自由になることが出来るはずだ」

「――――え?」


 茫然としたマチルダと、騒がしさを増す音。

 遠くで、ディンやバーナー、カルロスの声が聞こえてくる。


「…………ランティス様? 騎士団の皆さんが助けに来てくれましたよ」


 シンの黒い瞳が、ランティスとメルシアに向けられる。

 だが、マチルダの魔力は、メルシアを連れてくるための転移魔法でもうない。

 アイリスの魔力も、この場所の探索のため、クルルクにすべて分け与えてしまい、この場所に来ることすらできなかった。

 メルシアは、光魔法を使うことが出来ない。


「――――治癒師を探し出してくるのは、時間が足りなそうだな」

「…………私」

「行こう……。あちらに、まだ戦力が必要そうだから」


 マチルダの手を引いて、シンが部屋を去る。

 水音だけが、妙に強く響く部屋の中には、メルシアとランティスだけが取り残された。


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