光魔法と夜の住人 5
扉が開く。
そこに立っていたのは、顔をひどく青ざめさせ、珍しく震えているアイリスと、フードを外して赤い瞳を煌々と燃やしているようなマーシスだった。
「……今の魔力」
言葉少ないまま、マーシスはランティスの目の前にしゃがみ込む。
「……ロザリス公爵家が、動いたの? でも、フェイアード卿、あの部屋は、内外の魔力が通らないはず」
「……座標のようなものをつけられていたのだろう。だが、日常的にターゲットの近くにいた人間の手引きがなければ、不可能だ」
赤い瞳は、憎むべきものを語る時のように歪められた。
「……あの時と同じだ。メルセンヌ伯爵領が襲われたあの時と」
「……ワフ」
メルセンヌ伯爵領が、魔獣に襲われた災害は、不審な点が多い。まるで、何者かが綿密な計画をもとに狙ったかのようだった。
「……ね、ねえ。ところで、フェイアード卿、まだ狼の姿から戻れないの?」
メルシアが拐かされるなんて、絶望的な状況下、ランティスの姿は狼のままだ。
メルシアから離れているにも関わらず。
「……グル」
「…………クルルク! メルメルの居場所は」
胸元から現れたリスを取り巻く黒いモヤが色濃く深くなる。それと同時に、アイリスの魔力が勢いよくリスに向けて流れ込んでいることが、精鋭であるランティスとマーシスには、感じ取れる。
「くっ……。ずいぶん巧妙に痕跡を消している」
その時、精神と魔力を集中していたアイリスだけが気がついた。
扉の外で、聞き耳を立てていた気配が消えたことに。
アイリスの体からは、クルルクと呼ばれたリスと同じ色の黒いモヤが生まれる。
アイリスの黒い瞳と髪。
まるで、地の底に引き摺り込もうとでもいうように、地から生えた黒い腕のように揺れる闇色のモヤ。
その全てが、禍々しく、その姿をほとんどの人間が恐れ、アイリスを忌避するに違いない。
「……魔法を使う姿は、誰にも見せたくなかったのでは」
マーシスがつぶやいた言葉は、驚きを含んでいた。
アイリスは、一番得意とする闇魔法を使う姿を人に見せることは、決してない。
だからこそ、ほとんどを研究に費やし、訓練にもできる限り参加しない。
遠征すら余程のことがなければ、マーシスに任せきりだ。
それが許されるのも、アイリスの研究が他の魔道士とは次元が違うからなのだが。
「……この魔法を見ても、メルメルは、私のこと、絶対に怖がったり嫌悪したりしない!」
「…………そうか」
メルシアは、きっと「すごい!」と無邪気に心から褒めるだけで、アイリスを恐れたりしない。
「メルメルと、またお茶したいの」
それはお茶会とは名ばかりの、いかに騎士たちが、特にランティスがカッコよくて素晴らしく尊いかをメルシアから聞かされるだけの時間だ。
それでも、アイリスにとって、それはとても得難い時間で。
「み、つけた」
「…………ワフッ!」
「クルルッ?!」
その言葉を聞いた瞬間、ランティスはクルルクを咥えて、扉から部屋の外へと飛び出していった。
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