婚約破棄されましたけど、モフモフ愛でてもいいですか? 6
***
「ちょっと着替えてくるから、いい子にしていてね?」
「ワフッ」
ラティが大人しく座ったのを確認して、治癒院の制服から、手早く私服に着替える。
飾り気の少ない、平民が着るような服装だ。
フェイアード侯爵家に行くにしては、メルシアの服装は、あまりに質素というか貧弱だ。
淡いグリーンのスカートと、白いブラウスが、清楚な印象を引き立てて、とても可愛らしいにしても、
「ラティ、ちゃんといい子に待てて、えらいね」
「ワフ……」
でも、前回だってランティスに連れ去られるように訪れたフェイアード侯爵家。メルシアは、治癒院の制服のままだったのだ。今さらなのかもしれない。
「ラティは、ランティス様のあとを追いかけてきてしまったの?」
「……」
犬に真剣に話しかけているメルシアは、周囲から滑稽に映るに違いない。
それでも、まるでこちらの話が分かっているようなラティに、メルシアは話しかけずにはいられなかった。
「王都は、治安も良くないし、ラティみたいなきれいな犬は、きっとすぐにどこかに連れていかれてしまうわ」
「…………ワフ!」
なんだか、不満気な返答だ。そして、ラティは、まるで周囲を警戒するように、メルシアの周りをぐるりと歩いて、その足に擦り寄った。
メルシアのほうが危なっかしいとでも言いたいようにも見える。
「ふふ。じゃあ、何かあったらラティが守ってね?」
「ワフ!」
メルシアにとって、ラティと過ごせる楽しい時間は、フェイアード侯爵家に着いたことで終わりを迎える。
「――――ほら、着いたわ。もう、勝手にお屋敷から出てきてはダメよ? さ、ここからはひとりで……。え?」
ラティは、堂々と正面から入るようだ。
もちろん、先ほど仕事中だったランティスは、まだ屋敷に戻っているはずがない。
それなのに、ラティは、メルシアが寄っていくのが当たり前だとでもいうように、スカートの裾を咥えたまま離さない。
「あの……。主人が不在のお宅に、勝手にお邪魔するわけにはいかないのよ?」
ましてや、メルシアはすでに婚約破棄された赤の他人だ。
いくらランティスの懐が広いからといって、勝手にお邪魔するなんてダメに決まっている。
そんな風に、メルシアとラティが、門の正面で押し問答のような状態になっていたのは、たぶんほんの少しだっただろう。
だが、屋敷の人間にはもちろん気がつかれてしまったらしい。おもむろに門が開いて、老齢の男性が顔を出した。
「お待ちしておりました。メルシア様」
優雅な礼。執事のハイネスには、メルシアも訪問の度にお世話になっていた。
シルバーグレーの髪とグレーの瞳。フェイアード侯爵家の教育水準の高さを体現したような人物だ。
「あっ、ハイネスさん! ごめんなさい。今日はランティス様とのお約束があるわけじゃなくて……」
「――――ラティを連れてきてくださったのですね? どうぞお入りください」
当たり前のように、執事のハイネスは、メルシアを屋敷へ入るように促す。
(…………まさか、ランティス様は、執事のハイネスさんに、婚約破棄の話をしていないのかな?)
ようやくスカートの裾を解放し、するりと、横をすり抜けたラティが、門の中に入ってメルシアの方を振り向いた。
しっぽをブンブン振って、まるで、「早く入って来い」とでもいうようだ。
「――――あの、私」
「メルシア様がいらっしゃった時には、いつでも丁重におもてなしをするように、ランティス様より、申し受けております」
「え? でも私はもう……。それに、こんな格好で」
「そうおっしゃらずに。何もせずに帰したと分かったら、私がお叱りを受けてしまいます」
メルシアの知っているランティスは、従業員のことを、大した理由なく叱るような人間ではない。
それでも、そう言われてしまえば断りづらいのだった。
「それでは、少しだけ……」
いつもの庭園に案内される。
婚約者のお茶会は、天気のいい日はいつも庭園で行われていた。
そこにはすでに、いつものように、かわいらしいお菓子とティーセットが準備されていた。
まるで、あらかじめ準備がされていたみたいに。
「え、準備がいいですね?」
「メルシア様が、いつ来てもいいように準備を整えておくように、と命を受けております」
「…………え?」
「……いつも、待っておられましたから」
「ワ、ワフ!」
言葉を遮ったようなラティに、ハイネスのグレーの瞳が、まっすぐに向かう。
その視線は、まるで親が子どもを見るような優し気なものだ。
「…………少し、おしゃべりが過ぎたようです」
なぜか、ハイネスはラティとメルシアへ、交互にお辞儀をすると、去っていく。
薔薇があふれる優雅な庭園には、ラティとメルシアだけが取り残されたのだった。
ランティスの本音を、ハイネスさんは当の本人よりわかっていそうです(*'▽')
☆☆☆☆☆から評価、ブクマいただけますと、ものすごくうれしいです。
応援よろしくお願いします♪