光魔法と夜の住人 2
ランティスの執務室の隣は、応接室になっているようだ。
向かい合ったソファーの間には、つやつやの質感の木製のテーブルが置いてある。
「……君は、なんていう名前?」
「クルッ!」
メルシアの頭に乗っていたリスは、肩に飛び降りた後、勝手知ったる、とでもいうようにメルシアの指先までちょこちょこと走った。
「ふふ。可愛いね?」
一般的に言えば、黒い霧をまとったリスなんて、恐怖の対象なのかもしれないが、メルシアが怖がる様子はない。
幼い頃から、魔獣の脅威と隣り合わせだったメルシアにとって、黒い霧はそれほど気にならず、リスの可愛らしさだけが目に入っているようだ。
「わぁ。私一度でいいから、リスをこんなふうに手に乗せてみたかったの」
「クルゥ」
メルシアが笑うと、軽く尻尾をふったリスは、手の上でちょこんと座った。
「賢い……!」
「…………それ」
「ひっ?!」
急に背後から声をかけられて、メルシアはおそるおそる振り向いた。
そこには、アイリスとお揃いの黒いローブをまとった、騎士服を着た男性が立っていた。
「あ、あの」
「………………手なずけるなんて……」
「えと……」
ローブについたフードを目深にかぶっているため、顔は良く見えない。
ぼそぼそとしゃべるため、その低い声は少し聞き取りづらい。
(騎士団の制服を着用している。アイリスさんと同じローブということは、魔道士の方かな自己紹介したほうがいいのかな……)
「あの、私……」
自己紹介しようとしたメルシアの手の上で、リスがしっぽを振り回しながら、「キュルルウ!」と甲高い鳴き声を上げる。
その直後、扉が勢いよく開いてアイリスが飛び込んで来た。
そのまま、メルシアの前に立つと、目の前の男性に敵意を含んだ視線を向ける。
「――――アイリス」
「マーシス。遠征から帰ってきていたの?」
その名前は、メルシアにとっても予想外だった。
(特級魔道士マーシス様?)
マーシスは、メルセンヌ伯爵領を襲った魔獣を広範囲魔法で消し去った功績で、特級魔道士に上り詰めた。
ランティスとともに、メルセンヌ伯爵領にとって、英雄であり恩人だ。
「――――あ、あの。ご挨拶が遅れました。メルシア・メルセンヌと申します」
「……メルセンヌ」
ぼそりとつぶやいたマーシスは、被っていたフードをパサリと外した。
とたんに、メルシアの目の前には、真っ赤な瞳が現れる。
こげ茶色のよくある髪色に対して、ワインのような赤い瞳だけが、妙に人目を惹く。
はじめに目を奪われた、赤い瞳。
それから落ち着いてみれば、予想以上に整った顔をしていることがわかる。
「本当だ。メルシア・メルセンヌ。なぜここに」
その瞳から目が離せなくなったメルシアの肩に、そっと手が置かれた。
「ランティス様」
ホッと息をついて、顏を上げたメルシアは、けれど、どこか険しいランティスの表情に息を呑む。
「……特級魔道士マーシス殿。ご無沙汰しております」
「……フェイアード卿」
戦場では、ともに戦った騎士団の仲間であるはずの二人。
けれど、お互いの空気はあくまで冷たい北風のようだとメルシアは思った。
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