箱推しの騎士団 4
「そういえばその箱、差し入れかしら?」
可愛らしくリボンが結ばれた箱は目立つ。
白い箱に結ばれたリボンは、透けるようなほんの少し緑がかった金色をしている。
水筒も抱えて両手が塞がったメルシアが、アイリスに視線を向ける。
「ふふっ。そろそろ、限界よね? どれ、開けてもいいのかしら?」
「……えっ、これはその」
ランティスに直接渡すように言われているメルシアは、慌ててしまう。
気がつけば、メルシアの持つ箱に、全員の視線が集中していた。
その時、急に箱と水筒を持つ手が後ろから大きな手に捕まれた。
驚いて見上げるたメルシアの視界に、ランティスのさらさらした白銀の髪が飛び込む。
「ランティス様!」
どう考えても、訓練が始まって間もないのに、この場に来てしまったランティス。
現状では、メルシアと一緒にいるとランティスは30分ほどで狼に姿を変えてしまう。
これでは、訓練にならないではないかと、メルシアはひそかに心配した。
「…………悪いが、この差し入れはメルシアが俺に手渡してくれる約束だから」
「あらそう。結構、我慢したわね」
「――――アイリス殿」
「あら、ハイネス卿。そうね、あまり揶揄うのは良くないわね。楽しかったけど」
そう言って少し離れたアイリスは、やはり軽薄な印象を受ける笑顔を浮かべた。
(でも、なんだかんだ言って、親身に相談に乗ってくれたり、いい人なんだよね……)
メルシアからすると、アイリスは無理に軽薄な印象を相手に与えるように行動しているようにすら思えてくる。
「ランティス隊長!」
後ろから追いかけてきたベルトルト。
赤い髪と今日の空のような青い瞳。
強すぎる色合いの印象は、少したれ目でいつも優しく微笑んでいることで和らぐ。
ベルトルトと、ランティスの姿を交互に見比べながら、メルシアはクラクラとめまいを感じていた。
(ランティス様とベルトルト様、バーナー様、カルロス様、ディン様)
メルシアが心の中で思わず唱えてしまったのは、ランティスと戦場で行動を共にしている白銀隊の騎士達の名前だ。
それぞれがその高い能力ゆえに、常時なにかしらの請け負っていることや、ランティスとベルトルトが、それぞれ分担して隊長業務を行っているせいで、戦場以外で全員がそろうことはまれだと言われている白銀隊。
(その白銀隊の主要メンバーが全員訓練場に揃っているなんて、なんて素晴らしいの!)
会場にいる婦女子の視線も、五人の動向にすべて向けられているようだ。
(一生の思い出にします!)
感動のあまり、頬を紅潮させて、今日も瞳をが潤んでしまったメルシアの頭頂部が不意にトントンと、軽いリズムで叩かれる。
「…………はっ」
「メルシア、あまり時間がないから、執務室に行こう?」
「ベルトルト、ハイネス。訓練の再開を」
「……………ハイネスさんも?」
とたんに、ベルトルトをはじめ四人の空気が、ピリピリと刺すような緊張を帯びる。
「は、そうですか。久しぶりですね、覚悟はできておられますか?」
ベルトルトが抱えていた模擬剣を一本手にして、メルシアに背を向けたハイネスが明らかに笑った。
「は!」
四人の声が重なる。
メルシアが、今後の展開に注視しかけたところ、優しく、けれど否応なく手を引かれ、ランティスのそばに引き寄せられる。
「じゃあ、私は研究に戻る……え?」
「アイリス殿も、苦手な身体強化魔法の訓練をされたほうが良いと思います。戦場で、魔法の効かない敵に出会うというのは、よくあることですので」
「え? ハイネス卿? 私は……」
「問答無用」
おそらく、それが素のハイネスなのかもしれない。
それとも、職務に忠実すぎるゆえのことなのか。
「あの……。ランティス様?」
「ハイネスは、元副団長の地位にいて、俺の父を補佐していた。魔獣討伐戦への参加が訳あって難しくなったため現役を引退したが、今も腕は確かだ」
「あの……」
「っ、言いたいことは、分かっているつもりだ! 我慢できなかったんだ、メルシアが部下たちをうっとりと見たりするから」
我慢できずにメルシアの口から小さな笑い声が漏れ出す。
たしかに、うっとりと見ていただろう。
だって、ランティスの部下なのだ。それだけでも、メルシアが応援するには十分すぎる理由だ。
走って来たランティスの姿を見ることは出来なかったけれど、きっとラティのような勢いで走ってきてしまったに違いない。
「ランティス様が、いつも真剣に職務を全うしていること、知っていますよ」
メルシアは遠目ではあっても、いつもその姿に声援を送っていたのだから。
そして、今日はあんなに憧れていた記念すべき日だ。
「ランティス様、差し入れのクッキーと飲み物……。よかったら受け取って頂けませんか?」
周りから見れば、婚約者に差し入れをしている姿にしか見えないだろう。
もちろん、それは事実で、そのこともメルシアにとって、幸せでうれしいことだ。
でも、この差し入れの意味合いは、それだけではなくもっと大きい。
「――――ありがとう。メルシアから差し入れをもらえるなんて、うれしい」
ランティスが笑う。その笑顔に会場の視線は釘付けで。
さらに、いつもの冷たい表情と視線になれてしまっている騎士たちの視線は、違う意味合いでもっと釘付けで。
そんなことに気がつくこともないメルシアとランティスの周りだけ、違う空間のように甘い空気が流れている。
「はい! 憧れのランティス様に、差し入れを受け取って頂けるなんて、最高に幸せです!」
「………………ん?」
ランティスは、何かが違うと感じたが、それ以上追及することは出来なかった。
時間もないことだと諦め半分、可愛いメルシアをほかの人間の目に触れさせるのが耐えられないのが半分。
「行こうか……」
「はい!」
ランティアとメルシアは、惚気と混乱を残して、会場を去っていったのだった。
【祝】推しが差し入れを受け取ってくれた(∩´∀`)∩
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