箱推しの騎士団 2
厨房に飛び込んだメルシアと、心得たように後に従う執事ハイネス。
今日作るのは、アイスボックスクッキーだ。
すでに仕込んである、細長いクッキーの種を、切り分けてオーブンへ入れる。
これなら、たくさん焼いても、公開訓練の時間には間に合うに違いない。
「飲み物は、レモネードがいいかな?」
「それがよろしいと思います」
少しだけ、ミントシロップを入れるとレモンの香りとともに爽やかに香る。
きっと、疲れた体に染み渡るに違いない。
「……ランティス様、喜んでくださるかしら。いいえ、受け取ってもらえるだけで、幸せなのだけれど」
「――――この上なく、お喜びになるでしょう」
「そ、そうかな? ありがとうございます。ハイネスさん」
クッキーが焼き上がり、粗熱をとっている間に、メルシアは侍女たちにクローゼットルームへ連れていかれた。さすがに、騎士団の公開訓練の見学だから、ドレスという選択肢はない。けれど、可愛らしい白いワンピースに着替えさせられた。
身に着けるネックレスは、金色の細いチェーンに小さな透明のキラキラ光る宝石がついている。
まるで、ランティスのような色合い。そっと、ネックレスをつまんで窓から差し込む光に透かす。
「――――推しの色を身に着ける。推し活を理解している侍女がいるのかしら」
残念ながら、そういうわけではない。
しかしランティスの応援に行くメルシアを、ランティスの色に飾り付けるのは当然と考えている侍女たち。
あまりに清楚で、可愛らしい物語から抜け出してきた妖精のような姿に、仕上げた侍女たちの間でひそかなガッツポーズが繰り広げられる。
「この髪型も、可愛いです。ありがとうございます、皆さん」
フワフワの淡い茶色の髪の毛は、清楚なワンピースにふさわしい程度に編み込まれて飾り付けられている。
「もったいないお言葉です。メルシア様」
どちらかというと、侍女たちからは、小動物みたいに愛らしく、優しく、純粋なメルシアが推されていることに、本人は気がつかない。
「それでは、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
ご機嫌で馬車に乗り込もうとしたメルシアの視線が、一点を凝視したままになる。
メルシアの目の前に現れたのは、大人の色気をまき散らす、侯爵家の護衛騎士の制服に身を包んだ壮年の男性だ。
メルシアは、その人のことを、もちろん良く知っている。
「ハイネス……さん?」
「本日は、不肖ハイネスが護衛を務めさせていただきます。ランティス様にはいくぶん劣りますが、この屋敷で一番の剣の腕だと自負しております。同行をお許しいただけますでしょうか、メルシア様」
許すも何も、あまりの変化にメルシアは、返事もできずにただ頷くくらいしかできない。
いつもの執事服姿は素晴らしいが、なぜ今までこの姿ではなかったの? と疑問に思ってしまうほどハイネスは騎士服を着こなしている。
(……元騎士様なんだよね、ハイネスさんは。なんだろう、ご褒美かな?)
優雅なエスコートは、いつも変わらない。
ふんわりと馬車に乗り込むと、護衛として斜め向かいにハイネスが座る。
(ふわぁ……。王立騎士団の黒い騎士服は素敵なんだけど、侯爵家の護衛騎士の紺色の制服もカッコいいんだよね……)
馬車で公開訓練に向かう。ランティスの婚約者として見学する。
そのことが、メルシアのことを知らず知らずのうちに緊張させていたのかもしれない。
けれど、ハイネスの姿でそのすべては吹き飛んでしまった。
「…………あの、どうして」
「――――訳あって騎士を引退しましたが、メルシア様とランティス様のため、一時的に復帰することを決めました」
「……尊いです」
「――――ご自由にご覧下さい?」
珍しく口の端をあげて笑ったハイネスは、いつもの執事としてのほほ笑んだだけの笑顔と違い、どこか野性味を感じる。
公開訓練見学を前に、すでにメルシアの気分は最高潮に達しそうだ。
(――――すばらしいのですが。王立騎士団はすばらしいけれど、元騎士様の執事とか、もう万能すぎると思いませんか?)
いろいろと、感動しているうちに騎士団の訓練場に馬車は停車した。
メルシアが馬車から降りると、会場中の視線が集中した気がした。
(うっ。今まで、家族間で取り交わされただけで、婚約は公にしてなかったのに、この間ランティス様が、訓練後に抱き着いて来てからのうわさの広がり……。やっぱり注目されるよね)
「メルメルー!!」
今までにない居心地の悪さを感じていた時、黒髪を高くポニーテールを揺らしながら、一人の女性がメルシアに走り寄って来た。
「アイリスさん」
「先日あったばかりなのに、なんだか久しぶりな気がするね? 元気そうで何より。…………あっ、ご無沙汰しております。ハイネス卿!」
「え? 二人はお知り合いなの」
「知り合いも何も……」
「お久しぶりです、アイリス様。先日は、ランティス様を救っていただいて深く感謝しております」
「えっ……。ハイネス卿?」
なぜかうろたえてしまったアイリス。
いつも、どこか軽薄な印象をひとに与えて、飄々としている印象のアイリス。
だが、ハイネスを前にしたアイリスは、なぜか所在なさげだ。
「――――護衛任務中ですので」
「……相変わらず完璧主義者ですよね。でも、私のことを様ってつけるのはやめてもらえません? ハイネス卿からそんな呼び方、さすがにむず痒い」
「かしこまりました……。アイリス殿とお呼びしましょう」
二人の姿を交互に見ながら、メルシアは首をかしげるのだった。
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そういえば、登場した騎士はベルトルトだけですが、アイリスも騎士団所属でした(;^ω^)