箱推しの騎士団 1
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翌朝、騎士団に久しぶりに出勤するランティスを、メルシアは見送っていた。
「ランティス様、いってらっしゃい」
「……ああ。行ってくる」
メルシアに満面の笑みを向けたのも束の間、厳しく冷たい表情になるランティス。
(ランティス様。最近は、いつも微笑んでいらしたけれど……。王国民全てを守ると決意したようなその表情。王国の至宝を今すぐ、王都の皆さんと分かち合いたい)
それなのに、少しだけ唇を歪めて、振り返ると、メルシアの両肩にランティスは、手を置いた。
「ランティス様?」
「……こんなに仕事に行きたくないなんて、初めてだ」
ランティスは、その瞼と長い白銀のまつ毛で満月のような瞳を隠し、メルシアの額に口づけをした。
「っ、ふぁっ?!」
「危険なことに飛び込んだりしないで、待っていて」
「ら、ランティス様」
それ以上の言葉もなく、背中を向けたランティスは、もう振り返らない。
それは、よく知る騎士ランティスの姿であり、憧れの存在のはずだった。
おそらく、少し前のメルシアなら、凛々しいその姿を見ることができたことに、感謝を捧げていたに違いない。
(あれ? ……なぜ、こんなに寂しいの?)
その疑問への答えが、一つしかないことに気がついたメルシアは、慌ててランティスを追いかける。
正門近くで、馬車に乗ろうとしていたランティスが、振り返る。
「あのっ、今日も見に行っていいですか?」
「メルシア?」
「お仕事の邪魔にならないよう、近づきませんので……。公開訓練、ありましたよね?」
「…………」
軽く目を見開き、馬車の扉に伸ばしていた手もそのままに固まってしまったランティス。
困らせてしまっただろうかと、慌てた様子のメルシア。
その様子が、小動物のようでとても愛らしく見えてしまい、もう一度ランティスは笑う。
「それなら俺は、メルシアの期待を裏切らないように、よくよく己を律しなければ、いけないな」
「……律する?」
「メルシア、ぜひ見に来てほしい。やる気が出てきた」
「よかったです。クッキーをたくさん焼くので、騎士団のどなたかにお渡し」
「ダメだ。姿が変わってもいいように、時間をとるから、絶対に俺に直接渡すように」
食い気味に否定されて、キョトンと瞳を瞬くメルシア。持っていくのは、ダメではないらしいのに、騎士団の誰かに渡すのはダメらしい。
「ランティス様、それでは迷惑に……」
「ならない。誰かにそんなの渡して、相手が恋に落ちたらどうするんだ」
「えっ、そんなはず」
そんなはずないと思うメルシアと、そんなことになれば、それは確定された未来だと思っているランティス。
実際に遠目から騎士団を応援する可愛らしいメルシアに憧れていた騎士が多数いることをランティスは知っている。
「…………いいのですか」
「え?」
「…………ランティス様に、訓練後に差し入れを直接渡せるなんて、夢みたい。飲み物も持って行ってもいいですか?」
「……その可愛さで、朝から心臓を仕留めにくるのやめてほしい」
「え?」
思わず漏れてしまった小さな呟きは、メルシアには届かなかったらしい。
「……大歓迎だ」
「わぁ! 早速間に合うように、準備します! いってらっしゃいませ、ランティス様!」
走って去ってしまったメルシアに微笑みを向けた後、今度こそランティスは騎士として表情を改めて、馬車に乗り込んだ。
ベルトルト以外は、ようやく登場のメルメル箱推し騎士団、お楽しみに(*´-`)
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