婚約破棄されましたけど、モフモフ愛でてもいいですか? 5
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あの日、ランティスと別れて、ひとしきりラティのモフモフを堪能したメルシアは、元気を取り戻していた。
「心配していたのよ? なんだか、元気がなかったから」
「ごめんね……。ちょっと、いろいろあって」
吹っ切ることなんてできないと、メルシアは思う。
だって、本当にランティスは素敵だから。
しかも、婚約者のお茶会での冷たい雰囲気が嘘のように、ランティスは優しかったから。
「――――いろいろって、聞いても」
その時、再び治癒院入り口がざわめいた。
なんとなく、察するものがある。そう、たぶんあの人が来たのだ、とメルシアは思う。
「メルシア!」
「ランティス様……」
なぜか、ランティスは、再び治癒院を訪れた。
しかも、治癒院に併設されている孤児院の子どもたちのために、たくさんのお菓子を抱えて。
「元気がない時は、婚約者様に癒してもらうといいわ」
「え? あの……」
慌てたメルシアと「いつも婚約者がお世話になっています」と、なぜか挨拶をするランティス。
(え? 元婚約者の間違いではないの?)
たしかに、婚約破棄をされたはずなのに……、とメルシアは、混乱して否定の声を出すことすらできない。
「申し訳ないのですが、時間があまりありませんので……。また、会いに来てもいいだろうか……。メルシア」
オリーブイエローの瞳に、白銀の髪。
本当に、ランティス様は、ラティにそっくりの色合いをしている。
侯爵家なのだ、もしかしたら主人に似た色合いの犬を探してきたのかもしれない。
「あの」
「……お願いだ」
「は、はい」
意味は分からないまでも、ランティスの瞳があまりにも真剣だったため、メルシアはほかのことを考えることもできずに、コクコクと首振り人形みたいに頷くしかできなかった。
(この治癒院が、そんなに気に入ったとか……? まさかね)
たぶん、王都の巡回中だったに違いない。
今日は、正装ではなく詰襟のいつもの騎士服だ。
装飾が少なくて、マントも短い片側だけの略式。それが、またカッコいい。
「――――あわわ。どうして、あんなにカッコいいの」
「幸せそうね。婚約してから、遠くで見ている時のほうが幸せだったって顔をしていることが多かったから、心配していたのよ」
治癒院同僚、マチルダは、豊かな黒髪を揺らしてほほ笑んだ。
「……うん。マチルダ、実はね」
たぶん、優しいランティスのことだ、メルシアに恥をかかせないために、婚約者のふりをしてくれたに違いない。
メルシアが、実はランティスとは婚約破棄をしたと伝えようとしたときに、足元にモフモフの感触が擦り寄って来た。
「あら、この犬……入ってきてしまったのね?」
メルシアの足元に擦り寄っていたのは、ラティだった。
たぶん、主人であるランティスについてきてしまったのだろう。
「知り合いの犬なの……」
「あら、連れて行ってあげたほうがいいわ。幸い今日は空いているし、たまには有休を消化しなさいよ」
「ありがとう。そうさせてもらっていい?」
幸い、治癒院は空いている。
メルシアは、たまりすぎている有休を消化することに決めた。
犬の予定が、本人がグイグイ来てしまいました(;'∀')
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