狼騎士と婚約者 5
「お疲れになったのではないですか? ランティス様」
「ワフ……」
結局、大人しく可愛い白い犬に夢中になってしまった子ども達は、狼姿のランティスに、最終的には、ほぼ全員が乗り上げた。メルシアには、止めるすべがなかった。
フェイアード侯爵邸に帰ってきた二人。
ランティスの体力は、ようやく元に戻りつつあり、復帰しようとした矢先にメルシアが襲われた関係で、結局予定通り取得してしまった長期休暇も、今日で終わりだ。
いったん、メルセンヌ伯爵家に帰ったメルシアだが、一人にしておくのは心配だ、と領地復興に尽力する父母の意向により、フェイアード侯爵家にお世話になっている。
ランティスの父は、騎士団長引退後は領地に戻って妻と暮らしている。
つまり、フェイアード侯爵家には、今はランティスと、メルシアをなぜか女主人として扱い始めてしまった従業員たちしかいない。
「ずっと、ここにいて?」
「さすがに……まだ結婚もしていないですから」
「じゃあ、すぐに結婚して?」
狼から人間の姿になったとたん、甘えるようにメルシアの首元に顔をうずめたまま、ランティスがそんなことを言う。
「え?!」
「イヤ?」
「嫌じゃ……ないですけど」
メルシアは、赤面してしまうのを止めることが出来ない。
冷酷な視線、表情のない顔を向けてきていたランティスは、最近まるでラティのようだ。
そして、最近はラティになる前に自分から狼へと姿を変えるラティの姿をしたランティス。
(まるで、ランティス様とラティの垣根がなくなってきているみたい……)
そのせいなのか分からないが、ランティスがメルシアのそばで人の姿でいる時間は、二時間程度まで伸びている。たくさん会話が出来て、メルシアはうれしいのだが、その言葉が甘く、しかも行動はラティのようにストレートなので、翻弄され続けている。
「――――どちらにしても、メルシアが狙われている可能性がある以上、一人にはできない」
「ランティス様……」
「ここにいて。少なくとも、フェイアード侯爵家の従業員たちは、有能で、メルシアを守ってくれるから」
執事のハイネスも、実は元騎士だったということを聞いて、メルシアは驚いた。
子ども時代、ランティスに剣の指南をしていたのも、ハイネスらしい。
(こ、子ども時代の、推しのエピソード……)
思わず生唾を飲み込んでしまったメルシア。肖像画を見ておぼろげに思い出した、幼い日のランティス。どんな子どもだったのだろうか。
メルシアが、ランティスの子ども時代のことを聞いたら、執事ハイネスは、喜んで教えてくれそうではある。
「なんだか、嬉しそうなところ悪いが」
「ランティス様?」
「本を読んでみてどうだったか、意見を聞かせてもらえるか?」
ようやく読むことが出来たフェイアード侯爵家に関する本。
建国時代から、王に仕えるフェイアード侯爵家は、貴族の中で少し特殊な立ち位置だ。
公爵家が、王家のスペアであり、何度も王妃を輩出しているのに対し、フェイアード侯爵家は、王家の姫が降嫁することはあっても、王妃を輩出したことは一度もない。
(その理由が、ランティス様が狼になったことと関係あるのだとすれば……)
フェイアード侯爵家の人間に稀に生まれる、狼になる子ども。
フェイアード侯爵家の人間には、王族の血が流れている。けれど、代々の国王陛下にはフェイアード侯爵家の血は流れていない。
「――――初代国王陛下と、狼に姿を変えることが出来た騎士フェイアード卿。それが、この国とフェイアード侯爵家の始まり。そういうことですよね?」
「そうだな……」
物憂げに本をぺらぺらとめくっていたランティスは、目的のページで指を止める。
「そして、フェイアード侯爵家の人間は、狼に姿を変える、変えないにかかわらず、誰かを愛すればその人を手に入れずにはいられない……」
「――――たしか、ランティス様のご両親は」
「そうだな。父が国王陛下の側妃に決まりかけていた母上を、決闘、権力、そして愛で手に入れた話は、今でも語り継がれている……」
「ご両親が愛し合って一緒にいるなんて、素敵ですね?」
浮かない表情のままだったランティスが、メルシアの手を掴んだ。
そのまま、覗き込む瞳は今日も図書室のオレンジ色の魔道ランプの光を反射して、金色に輝いている。
「本当にそう思う?」
「え? はい」
「メルシアに、そんな重いほどの気持ちが、向けられているのだとしても?」
「ランティス様が、私のことを思っていてくれるのだとしたら、うれしいです」
緑色の瞳を瞬いて、それでも真っすぐにランティスを見つめたメルシアは、当然のことのように首を振った。
その、純粋過ぎる表情を見て、おそらく気持ちの一割も伝わっていなさそうだと、ランティスは小さく息を吐く。
「どうして、ですか? ランティス様は、カッコいいし、強いし、優しいし、しかもモフモフですし」
「モフモフ……?」
「狼になるのを拒否していたように思えて……」
「――――自分が狼の姿になってしまったら、普通は恐れて嫌悪する」
無邪気に擦り寄ってくるラティの姿がメルシアの脳裏に浮かぶ。
(うん。可愛さしかない)
ランティスが、心の奥底でどんなに拒否しても、ラティはやっぱりランティスの一部であるように、メルシアは思えた。
そして、最近はメルシアのそばにいるために、それほどためらうことなく自分から狼の姿へとランティスは姿を変えるようになった。
「周りの人がどう思うかは、分からないですが、少なくとも私はラティも、ランティス様も、同じくらい愛しいですよ」
それはもちろん、メルシアにとって、大好きなランティスとラティが同一人物あるいは狼だからに他ならないのだが。
「狼と、同じくらい……。か」
肩を落としたランティスを、不思議そうに見つめるメルシア。
今日もメルシアとランティスはすれ違っているようだ。
残念なことに、ランティスが人間でいられる時間は、また短縮して30分ほどになってしまった。
メルシアの魔力が徐々に抜けてしまったせいなのか、ほかに理由があるのか。
その問題の答えは、まだ、誰にも証明できないのだった。
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