狼騎士と婚約者 3
とりあえず、少し気まずい、夕食を終える。
汚してしまった水色のドレスの代わり用意されたドレスは、淡いピンク色だった。
光魔法の魔力を抜き取られて、運び込まれた時には、服がなくてランティスのシャツに着せ替えられたのが嘘みたいだ。
「ランティス様、こんなにたくさん、いつの間に揃えたのですか?」
夕食後、ランティスに連れられて来たクローゼットルームには、ドレスが、所狭しと並んでいる。
「ああ、デザインが好みではなかったか? 今度は、既製品でなくオーダーメイドで作ろう」
「えっ? そういう意味じゃないです」
魔獣の脅威により、貧乏になってしまったメルセンヌ伯爵家。だから、現在のメルシアは、ドレスなんて必要最低限しか持っていない。
「あの、婚約に際して、メルセンヌ領に支援をしていただいて、持参金もなしなのに、支度金まで……。私は、ランティス様に何もしてあげられないのに」
「…………すまない」
ランティスが、眉を寄せたのを見て、メルシアはコテンッと首を傾げた。
「えっ、なんで謝るんですか?」
「資金援助は、メルシアの枷になるとわかっていながら、少しでも俺に縛られてくれたらいいという、自分勝手な気持ちでしたことだ」
「ランティス様…………」
今になって思えば、すれ違いが続いていたのかもしれない。
メルシアは、そこまでしてくれたランティスが、婚約破棄を申し出た時のことを、思い出していた。
***
「ねえ、君はこの婚約、どう思う?」
完璧に整えられたお茶会。
不思議なことに、メルシアが食べたいな、と思っていた王都で話題のスイーツ、そして好みにドンピシャな香りと風味のミルクティー。
この時のメルシアは、やはり形ばかりの婚約者に対してでも、フェイアード侯爵家のもてなしは完璧だよね、という感想しか持っていなかった。
(今思えば、あれはランティス様からの最上級の歓迎だったような気がする)
ほとんど会話のないまま、30分経たないうちに、メルシアを置いていなくなってしまう婚約者ランティス。
その代わりに、いつも来てくれる白い大きな犬が、メルシアの話し相手だ。切ない。
「この婚約は……。受けてはいけなかったんじゃないかな」
「キュ、キュウン……」
切なく鳴いた白い犬。
あの時、メルシアは、まるで同情してくれているように感じたけれど、後から考えれば……。
(ああああ、本人を前に、私はなんてことを!!)
けれど、メルシアは、決して婚約が嫌だったわけではない。父親同士が親友で、復興の手助けをして、今後のメルセンヌ伯爵家の復興によりフェイアード侯爵家にも旨味がある縁談。そういう解釈だったのだ。
魔獣のせいで、ボロボロにされたメルセンヌ伯爵領。けれど、元々は交通の要所であり、肥沃な土地を持つ。
魔獣の脅威が去った今、あと十年もすれば、元の賑わいを取り戻すに違いない。
「……私。私のこと、好きでいてくれる人と結婚したい」
「ワフ……」
白い犬は、シュンッとしてしまった。
メルシアの気持ちを代弁するように。
そして、次のお茶会で、ランティスの口から婚約破棄が告げられたのだ。
メルシアは、それがランティスの気持ちなのだと信じて、素直にそれを受け入れた。
***
「あっ、ああああ!」
「ど、どうしたメルシア?!」
ぼんやりしていたと思ったら、急に大きな叫び声を上げたメルシア。何事があったのかと、焦るランティス。
(私っ、この婚約が嬉しかったって、一回も言ってない! しかも、ラティを前に言った言葉、ランティス様本人に言ったのと同じだったのに!)
どこか、メルシアの中には、婚約破棄を申し出たランティスに対して「どうして」という小さな棘が残っていた。
けれど、よくよく思い返してみれば、完全に悪いのはメルシアだ。
「あっあの……ランティス様」
「ああ、どうしたんだ? メルシア、俺にできることがあるなら」
「はっ、はい。聞いてください!」
不思議そうにランティスが、メルシアを見つめた。真剣な表情で、メルシアもランティスのオリーブイエローの瞳を見つめ返す。
「私、婚約の申し出をもらった時、明日死ぬのかなって思ったんです」
「そ、そんなに嫌だった、のか?」
「違います、違いますよ! 憧れていたランティス様に、婚約の打診を受けて、明日死んじゃうかもと思うくらい幸せで」
「え……。でも」
たぶん、ランティスは、メルシアのことを思いやるばかりに、見えていないことがたくさんある。もちろんメルシアも。
「私、ランティス様は、政略としての婚約を嫌々受け入れたのだと思っていたんです」
「っ、そんなはずないだろう!」
「今ならわかります。でも、あの時は……」
「そ、そうか……。婚約、嫌がられていなかったのか……」
メルシアの手を握ったランティスの両手が、ものすごく熱い。そういえば、人の姿のまま2時間近く経っていることに、二人は今更ながら気がつく。
「ワフ?」
メルシアの足元に擦り寄るラティ。
「今日は、ちゃんと最後まで伝えられたね。ラティ?」
「ワフッ!」
尻尾をぶんぶん振っているラティの太い首に抱きついて、メルシアは満足げに笑ったのだった。
婚約破棄の誤解ようやく解消*\(^o^)/*
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