狼騎士と婚約者 2
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メルシアが起きた時、すでに隣にランティスはいなかった。
どこに行ったのかと、窓の外に目を向けると、素振りをしているランティスを発見した。
普段であれば、「訓練をしているランティス様! レア! かっこよすぎて一人で見るのが、申し訳なくなってくる!」と、推し活にまい進するところだが、今のメルシアはそれどころではない。
(ま、また無理して!)
慌てて、部屋着の上に簡単に上着を羽織ると、メルシアは駆けだした。
ようやく起き上がれるようになったばかりなのに、どうしてランティスは無理ばかりするのだろうか。
「ランティス様!」
「……メルシア」
(見つかってしまった、という雰囲気を出すくらいならやめて欲しい)
困ったように笑っているランティス。
でも、メルシアは怒る気持ちにはなれなかった。
「――――心配、するじゃないですか」
「ちょっと、精神統一しないと……。さすがに」
「え?」
「っ、なんでもない。昨夜は、すまなかった」
いつものランティスだ。
時々現れるラティのようなランティスも、メルシアは大好きなのだけれど。
「…………私は、幸せでしたよ? 結婚したら、一緒に寝ましょうね?」
「うっ、煽るなと言っている」
首をかしげるメルシアと、赤くなってしまった頬を隠すようにそっぽを向くランティス。
(どうして……? 結婚したら、一緒の部屋で眠るものじゃないの?)
見つめているメルシアの表情に、何かを察したらしいランティスは、長い溜息をついた。
「あまり、そういうことを言ってはいけない」
「ランティス様にしか、言いませんよ? だって、未来の旦那様でしょう?」
「――――今の俺に、言うのもダメだ」
「えっ、どうして」
「どうしてもだ」
どうしたらいいのかと困惑するメルシアと、あまりに危機意識のないことに自制心を奮い立たせるランティス。
「可愛すぎるから、あまり可愛いことばかり言わないで」
「…………ふぇ?」
「俺の自制心を試してばかりいると、ひどい目に合う」
「――――ランティス様は、私にひどいことしないですよね?」
「うぐ」
その信頼に答えたい自分と、メルシアを泣かせてしまいたい自分に葛藤するランティスを、誰が責めることが出来るだろう。
そうこうしているうちに、ランティスの体は熱を帯びて、メルシアの目の前には、久しぶりに会ったラティの姿があった。
「ワフッ!」
今日も、頭突きしてくるのかという勢いで、メルシアにラティが飛び込んで来た。
(自分の意思で、変身していないせいか、いつものラティだわ……)
「わぷ?!」
メルシアは、思いっきり地面に倒れた。
幸い、慌てたラティが自らの体を下敷きにしたせいで、まったく痛くはなかったが、泥だらけになってしまった。
「キュウウン」
しっぽと耳を限界までペタリと下げたラティ。
むしろ、メルシアは下敷きになったラティのほうが心配なくらいだ。
それでも、その心を素直に伝えてくるラティは。
「かわい……」
ラティの頭を撫でようとした瞬間、ふとメルシアの脳裏で、ラティに以前の寝起きのランティスが重なってしまった。
『――――そうか。好きだ』
「えっ」
『好きだ。メルシアが近くにいて嬉しい。好きだ』
「ふぁ!」
動揺のあまり、ラティから距離をとるメルシア。
不思議そうに、こちらを見つめているラティ。
(い、今は、ランティス様は、ラティなの。狼なの。だから、意識しすぎてはいけないわ!)
おずおずとこちらを伺う上目遣いのラティ。
ラティこそ、思いっきり泥だらけだ。
「――――お風呂に入ろうか」
「ワフ!」
メルシアは、ラティをお風呂場に連れて行って、わしゃわしゃと洗う。
真っ白な毛並みに、真っ白な泡ぶく。まるで羊のようなラティにメルシアは無邪気に笑う。
メルシアは、狼であるラティを洗っただけのつもりだった。
「きゃ! ここで水を切ったら!」
ぶるぶると水分を飛ばすラティ。思わず顔を手で隠したメルシア。
けれど、その直後にラティがランティスの姿に戻り、メルシアは自分の失策を悟った。
もちろん、魔法の影響か、ラティから人の姿に戻った時、いつだってランティスは服を着たままだ。
ラティを洗っていただけのメルシアも、もちろん服を着たままだ。
だから、何も問題ないはず……。
それでも、二人は夕食まで、まともに視線を合わせることが出来ないまま、気不味い時間を過ごしたのだった。
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愛犬を洗うと、暴れる上にブルブルされます(;^ω^)




