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狼騎士と婚約者 2


 ***


 メルシアが起きた時、すでに隣にランティスはいなかった。

 どこに行ったのかと、窓の外に目を向けると、素振りをしているランティスを発見した。


 普段であれば、「訓練をしているランティス様! レア! かっこよすぎて一人で見るのが、申し訳なくなってくる!」と、推し活にまい進するところだが、今のメルシアはそれどころではない。


(ま、また無理して!)


 慌てて、部屋着の上に簡単に上着を羽織ると、メルシアは駆けだした。

 ようやく起き上がれるようになったばかりなのに、どうしてランティスは無理ばかりするのだろうか。


「ランティス様!」

「……メルシア」


(見つかってしまった、という雰囲気を出すくらいならやめて欲しい)


 困ったように笑っているランティス。

 でも、メルシアは怒る気持ちにはなれなかった。


「――――心配、するじゃないですか」

「ちょっと、精神統一しないと……。さすがに」

「え?」

「っ、なんでもない。昨夜は、すまなかった」


 いつものランティスだ。

 時々現れるラティのようなランティスも、メルシアは大好きなのだけれど。


「…………私は、幸せでしたよ? 結婚したら、一緒に寝ましょうね?」

「うっ、煽るなと言っている」


 首をかしげるメルシアと、赤くなってしまった頬を隠すようにそっぽを向くランティス。


(どうして……? 結婚したら、一緒の部屋で眠るものじゃないの?)


 見つめているメルシアの表情に、何かを察したらしいランティスは、長い溜息をついた。


「あまり、そういうことを言ってはいけない」

「ランティス様にしか、言いませんよ? だって、未来の旦那様でしょう?」

「――――今の俺に、言うのもダメだ」

「えっ、どうして」

「どうしてもだ」


 どうしたらいいのかと困惑するメルシアと、あまりに危機意識のないことに自制心を奮い立たせるランティス。


「可愛すぎるから、あまり可愛いことばかり言わないで」

「…………ふぇ?」

「俺の自制心を試してばかりいると、ひどい目に合う」

「――――ランティス様は、私にひどいことしないですよね?」

「うぐ」


 その信頼に答えたい自分と、メルシアを泣かせてしまいたい自分に葛藤するランティスを、誰が責めることが出来るだろう。

 そうこうしているうちに、ランティスの体は熱を帯びて、メルシアの目の前には、久しぶりに会ったラティの姿があった。


「ワフッ!」


 今日も、頭突きしてくるのかという勢いで、メルシアにラティが飛び込んで来た。


(自分の意思で、変身していないせいか、いつものラティだわ……)


「わぷ?!」


 メルシアは、思いっきり地面に倒れた。

 幸い、慌てたラティが自らの体を下敷きにしたせいで、まったく痛くはなかったが、泥だらけになってしまった。


「キュウウン」


 しっぽと耳を限界までペタリと下げたラティ。

 むしろ、メルシアは下敷きになったラティのほうが心配なくらいだ。

 それでも、その心を素直に伝えてくるラティは。


「かわい……」


 ラティの頭を撫でようとした瞬間、ふとメルシアの脳裏で、ラティに以前の寝起きのランティスが重なってしまった。


『――――そうか。好きだ』

「えっ」

『好きだ。メルシアが近くにいて嬉しい。好きだ』

「ふぁ!」


 動揺のあまり、ラティから距離をとるメルシア。

 不思議そうに、こちらを見つめているラティ。


(い、今は、ランティス様は、ラティなの。狼なの。だから、意識しすぎてはいけないわ!)


 おずおずとこちらを伺う上目遣いのラティ。

 ラティこそ、思いっきり泥だらけだ。


「――――お風呂に入ろうか」

「ワフ!」


 メルシアは、ラティをお風呂場に連れて行って、わしゃわしゃと洗う。

 真っ白な毛並みに、真っ白な泡ぶく。まるで羊のようなラティにメルシアは無邪気に笑う。


 メルシアは、狼であるラティを洗っただけのつもりだった。


「きゃ! ここで水を切ったら!」


 ぶるぶると水分を飛ばすラティ。思わず顔を手で隠したメルシア。

 けれど、その直後にラティがランティスの姿に戻り、メルシアは自分の失策を悟った。


 もちろん、魔法の影響か、ラティから人の姿に戻った時、いつだってランティスは服を着たままだ。

 ラティを洗っていただけのメルシアも、もちろん服を着たままだ。


 だから、何も問題ないはず……。


 それでも、二人は夕食まで、まともに視線を合わせることが出来ないまま、気不味い時間を過ごしたのだった。


『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

愛犬を洗うと、暴れる上にブルブルされます(;^ω^)

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