狼騎士と婚約者 1
ランティスが目覚めてから一日。
メルシアのそばにいるランティスは、まだ狼になってしまう様子がない。
ランティスは、食事をしてメルシアに髪を触れられ撫でられている間に、再び眠ってしまった。
こんなに、人前で無防備に寝てしまうなんて、よほど、体力の低下が著しいのだろう。
襲撃者と戦いながら、狼に姿が変わってしまうのを無理に抑えたランティスが、魔力の暴走で倒れてしまった約一週間前の出来事を、メルシアは思い出していた。
「…………ランティス様」
ランティスから、漂ってくるのはいつもの針葉樹と控えめな花のような香り。それに加えて、甘くどこか石鹸のような香りが微かに鼻をくすぐる。
シャボンの香り。それは、メルシアにとって、幼い頃から慣れ親しんだ自分自身の魔力の香りだ。
ランティスの魔力の暴走は深刻で、上級魔道士アイリスの見立てでは、命の保証はできない状況だった。
『助ける方法はないんですか?!』
『あるにはあるけど、命をかけられる?』
その言葉を聞いた瞬間、迷うそぶりも見せずにブンブンと頷いたメルシアを見つめ、アイリスは少しだけ嘆息した。
『そ……。古来狼に姿を変える人間には、番という特別な存在がいたらしいわ』
『……つがい、ですか』
『メルメルの魔力の中には、フェイアード卿の魔力が混ざっている。普通は、人の魔力を無理に流し込んだら拒絶反応が起こるの、でも、この魔力暴走を、あなたなら抑えられるかもしれない』
『やります。方法を教えてください!』
(古来狼姿に変わる人間には、番という特別な存在がいるからって、アイリスさんは言っていた)
メルシアにとっても命がけかもしれない。
その言葉を聞いても、怖さなんて少しも感じなかった。
目の前で苦しんでいるランティスを助けられる嬉しさのほうが、断然大きかった。
それに、もしもランティスにとってメルシアが特別な存在なのだとしたら、それ以上の幸せなんてきっとないと、メルシアは思った。
『ランティス様……。私の魔力』
そっとメルシアから寄せられたのは、アイリスに教えられた通りの方法と、口づけ。
(人命救助とは言っても、半ば意識のない人間に口づけするのは、少し罪悪感があったけど)
それなのに、メルシアが口づけし、魔力を流し込んだ瞬間、ランティスはメルシアを強く抱きしめてきたのだった。
(お、思い出しただけで赤面する……)
メルシアが光魔法を日常的に使っていたおかげか、ランティスの魔力の暴走は抑えることに成功した。
けれど、一度魔力枯渇を起こした魔力回路に強い負担がかかったせいで、メルシアは光魔法が使えなくなってしまった。
アイリスによると、光魔法が使えなくなったことが、一時的なものなのか、永続的なのかはわからないという。
(うん。後悔なんてもちろんない)
もう一度、眠っているランティスの髪をそっと漉くと、なぜか口元を緩めて擦り寄って来た。
(かわいっ…………)
口元を思わず押さえて、俯いてしまったメルシア。
けれど、直後ランティスが薄っすらと目を開ける。
眠りが浅かったのだろうか。
「…………おいで?」
「え?」
グイッと、手首を引いて引き寄せられる。
一週間寝たきりだった人間の力とは思えない。
(日頃の鍛え方が、違うからかしら……?!)
そんなことを考えている間に、気がつけばランティスに抱き寄せられたままメルシアは、ベッドの中にいた。
「あ、あの。ランティス様?」
ギュッと、抱き枕のように抱き寄せられてしまって、メルシアは逃れようもない。
それなのに、ランティスは、また眠りに落ちてしまったようだ。
「え……。もしや、ラティ?」
メルシアに擦り寄って、ぐっすりと眠ってしまった姿は、どう見ても狼のラティと重なってしまう。
(出会ったころと比べて、だんだんランティス様とラティの性格が混ざってきている気がする)
それにしても、これでは眠るどころではない。
心臓が高鳴る音が、布団の中で反響しているようだ。
「――――こんなの、困ります。ランティス様」
それなのに、ここ一週間、フェイアード侯爵家の従業員たちに、何度代わると言われても頑なにランティスのそばを離れなかったメルシアも、体力的に限界だったのだろう。
心臓の高鳴りよりも、ランティスの高い体温が、少し冷たいメルシアの体を温めていく。
「ランティス様……」
フワフワの狼の毛並みではないのに、抱きしめられた小さな空間は、安心できる場所なのは間違いない。
急速に訪れた眠気に逆らうことが出来ず、メルシアも夢の中へと落ちていった。
しばらく、甘い日々が続くようです(*'ω'*)
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