オオカミ騎士の番 4
「ふぅ……。帰ったか」
メルシアが見上げたランティスの顔色は、蒼白に近い。それはそうだ、一週間も寝たきりだったのだ。
「少しだけ食べてください。……お粥です」
しばらく何も口にしていなかったランティス。
メルシアが用意したのは、トロリと煮込まれた粥がほんの少しだ。
「お口に合うかどうか」
「……もしかして、メルシアが?」
「そうですよ? 無理のない範囲で、食べてくださいね」
「全部食べるよ」
「……ダメです! ゆっくり少しだけ食べて」
ふぅ。と少し匙に息を吹きかけて冷ますと、メルシアはランティスの口元に持っていく。
「え? あの……」
おずおずと開けたランティスの口に、メルシアが匙を入れる。パクリと、その匙が、形の良い唇の中に含まれた時、ようやくメルシアは、我に帰った。
「っ……」
孤児院の子どもたちをお世話する時のようにしてしまったことに、今さらながら気がついてメルシアは赤面する。
「もうひと口」
メルシアが、恥ずかしがったことが伝わってしまったのだろう。
動揺していたランティスは、逆に冷静になったようだ。少し意地悪な笑みを向けてくる。
「あっ、あの。近いです……」
「そう? でも、これくらい近くないと食べられない」
「あぅ」
パクリと残り3口で、ごく少量だけ盛り付けていたお粥は無くなった。
「終わりましたよ?」
「ああ、残念だな」
「え? あまりたくさん初めから食べるのは」
「そういう意味じゃない。なぜかな、むしろ狼姿の時の方が、気持ちが伝わっている気がするのは」
ポスッと、ランティスがメルシアの肩に額を当てた。そこで、はたとランティスは、一週間寝たきりだったことを思い出した。
「……ああ、ごめん。風呂にも入ってないのに」
「うん、石鹸の香りだと思っていたこれ、ランティス様の魔力の香りだったんですね」
「え?」
「……ランティス様の魔力の中に、私の魔力がある。私の魔力の中に、ランティス様の魔力があるんです」
メルシアが、ランティスに擦り寄る。
まるで、狼が仲間に擦り寄るようだ。
これでは、いつもと逆ではないかと、動揺を隠せないランティスには、気がつかないままのメルシア。
「私は、どんな姿のランティス様でも、一緒にいたい。それは変わらないです」
「メルシア?」
「もし、逆に私が狼になったら、ランティス様はどうしますか?」
ランティスは思う。
二人で、野を駆け回るのもいい、と。
「可愛いだろうから、誰の目にも触れさせたくないな」
「あは。でも、騎士でいて欲しいから、ここで待っていても、いいですか?」
「……光魔法」
「はい。使えなくなっちゃいました。今のところ」
「すまな……」
ランティスの言葉を遮るように、メルシアが小さな手をその口に当てる。
その手を大きな手が包み込み、優しく退けた。
「ダメですよ?」
「そうか。……それなら、俺と」
月明かりだけが、部屋を淡く照らしているはずなのに、白銀の髪は、まぶしいくらい煌めいている。
30分など、とうにすぎても、ランティスは人の姿のままだ。今は、今だけは。
柔らかく抱きしめられたメルシアに、優しい口づけが落ちてくる。
「ずっと、一緒にいてほしい。こんな俺でもいいのなら」
「はい、喜んで」
幸せだ。メルシアは、素直にそれだけを思う。
色濃かったランティスの中にあったメルシアの魔力は、徐々に薄らいで、それでも消えることがなかった。
一章完結です。下の☆を押しての評価いただけるとうれしいです(〃ω〃)




