オオカミ騎士の番 3
「――――でも、メルメルの前で話をするのは、ちょっとかわいそうだわ」
「先ほどから、メルメルとは……」
「メルシア・メルセンヌだから、略してメルメル。可愛いでしょ?」
「…………」
「心の狭い男は、嫌われるわ」
「く……」
にこりと笑った顔は、やはり信用ならないという印象をひとに与える。
その時点で、もう心理戦では負けているも同然だろう。
「は……。そうだな。たぶん、酷な選択になるんだろう?」
ランティスは、メルシアにちらりと視線を向ける。
メルシアは、悪いことをしてばれてしまった子どものようにシュンとしている。
「――――だが、一緒に聞く」
ハッとしたように、メルシアが顔を上げてランティスをじっと見つめた。
そうだ、とランティスは本日初めてまともな微笑みを浮かべた。
「今まで、そうやってメルシアを守ろうとしたことも、距離をとろうとあがいたことも、結局遠回りしてお互いを傷つけただけだ」
「ランティス様……」
その答えは、おそらく正解であり、不正解なのだろう。
人生に正しい選択など、ほとんど存在しないのだから。
それでも、ランティスは、そっとメルシアの手に指を絡めた。
「そ……。分かったわ。その前に、どうしてメルメルの魔力にフェイアード卿の魔力が混ざっていたのかだけど……」
「…………それは、予想がついていないわけではない」
「魔法の起源には、諸説ある。でも、太古にいたという、獣に姿を変える力を持っていた人間。その血が、私たちに魔法を与えたという説が有力だわ」
「獣に姿を変える祖先には、自分の魔力を人に与える力があったと?」
メルシアに近づかないようにしていた時は、ランティスにすら気がつかないほど微かだったが、婚約してそばにいる時間が増えた時に、違和感を感じていた。
メルシアの魔力には、ランティスのそれが混ざっている。
「いつから? たぶん、初めて会った時に、兆しはあったはず」
「初めて会った時の、あれか」
パチンッと二人の間で弾けた魔力。
あれは、ランティスの魔力が、メルシアに流れ込んで起こったのだろう。
「同じ魔力が入っているせいで、親和性が高い。……それを利用して、メルメルの魔力をフェイアード卿に流し込んだの」
「そうか……」
「でも、一時的だわ」
「そうだろうな。どれくらいもつ?」
アイリスは、小首を傾げた。
それすらも、妖艶な印象のアイリスがすれば、どこかあざとい。
「ん? むしろ、結果が出たら教えて。研究の一助にする」
「そうか……」
それだけ言うと、ランティスは、ようやく思案げな表情を緩める。
「世話になったな」
「ええ、とりあえず命の危機は脱したわ。帰るわね」
「ああ。この恩は」
「あなたたちって、お堅いわよね? いいの、私は魔術の深淵に近づいた。それでおあいこだわ。さ、行くわよ、シン」
姉が弟にそうするように、シンと呼ばれた少年に、手が差し伸べられる。
同じ髪色の二人は、こうしていると本当に姉弟のようだ。
「……え?」
シンが、呆気に取られたようにアイリスを見上げる。
「え、じゃないの。同じ髪色のよしみで、弟子にしてあげるって言ってるの」
「は? 何企んで」
「そうね。理由がいるのなら、黒髪は珍しいから、研究対象になって?」
「……え?」
その手が、半ば強引に繋がれるのを、嬉しそうに見つめるメルシア。少し頬が赤らんだシン。
二人は、仲良い姉弟のように、ランティスとメルシアの前から消えた。
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