オオカミ騎士の番 1
***
あまりの暑さにとろけてしまいそうな夏に戻ったような秋。
ランティスは無心になって訓練の試合に臨んでいた。
汗がしたたり落ちる。それにしても暑い。もう秋が訪れたはずなのに。
「――――がんばって!!」
遠くから鈴の音のような声が聞こえる。
ほんの一瞬、そちらに目を向ければ、夢見るような瞳と、視線が合った気がした。
もちろん、そんなのはランティスの一方的な思い込みに違いない。
「メルシア・メルセンヌ」
王都の治療院で働きだしたという彼女は、治療院が休みの日になると、騎士団の公開訓練を見学に来る。
あの日、一緒に遊んだラティが、ここにいることなど知りもせずに。
ランティスの耳は、狼並みに優れていて、嗅覚も常人のそれではない。
だから、メルシアがこの場所に訪れれば、ランティスにはすぐそれが分かる。
メルシアの声も、その笑顔も……。
あれから、メルシアはよく訓練を見に来ている。
誰か、意中の騎士がいるのだろうか? そんなことを思うランティス。
先日、命を救われた、ベルトルト・シグナーだろうか。
そんなことを思った瞬間、目の前で訓練の相手をしている、ベルトルトのことがたまらなく許しがたい気持ちになってしまい、ランティスは本気で打ち込んでしまった。
「ちょ?!」
ベルトルトは、軽く瞠目しながらも、その剣を軽い力でさばいた。
何でもありの戦場であれば、たぶんランティスはベルトルトに負けない。
彼の剣は、良くも悪くも王立騎士流の美しいものだから。
だが、ルールありの訓練では、ベルトルトに軍配が上がることも多い。
「――――すまん、ベルトルト。本気を出すから、付き合ってくれ」
「えっ、ええ?! この訓練のあと、書類仕事が山のように」
「ちゃんとやる……お前が俺に勝てたらな?」
「――――これっぽっちも、やる気ないですよね?!」
ランティスが、横目に見たメルシアは、頬を紅潮させ、思いっきり手を振りながらこちらに声援を送っていた。時々「素敵!」「騎士様がカッコよすぎるぅ!!」という幸せいっぱいの声が聞こえてくる。
王立騎士団の最高峰の腕を持つ二人の、真剣さを帯びた剣の打ち合いに、周囲の騎士達がしばし訓練の手を止めて注目する。
「す、すごい! 王国中の人と推しのカッコよさを夜通し語り合いたい!!」
残念ながら、今日のランティスはいつものような集中力を欠いていた。
「……誰だそれは」
「スキあり!!」
その瞬間、ランティスは足払いされて、地面に倒れていた。
「ぐ。――――卑怯な」
「勝てば正義と言ってはばからない、隊長にだけは言われたくないです。書類仕事が掛かっていますからね」
ベルトルトは、騎士としての美しい勝ち方をかなぐり捨てて、勝ちを拾いに来たらしい。
そこまで書類仕事をさせたいのかと、差し出された手をつかみ「俺の、負けだ」と一言告げて立ち上がる。
振り返ったそこには、胸の前で手を組んで、やはり瞳をキラキラ潤ませた、メルシアの姿があった。
「騎士様の友情素晴らしい、そして、推しの騎士様が、潔い……。尊い」
夢見るようなつぶやきが、ランティスの耳をくすぐって、そして消えていった。
やはり、全力で勝ちを拾いに行くべきだったと、ランティスはひそかに後悔した。
「……ランティス様!」
その声が、ランティスの名前を呼ぶ。
これは夢に違いない。メルシアが、ランティスの名前を呼んでくれるなんて、そんな幸せあるはずないのだから……。
***
「ランティス様!」
ずっと、名前を呼んで欲しいと夢見ていた。
近づきたいのに、近づけば狼に変わってしまうこの体は、それを許してくれなくて。
――――メルシアが、誰かに愛されて、幸せに笑っているのを想像するだけで、ランティスは絶望のあまり、死んでしまいそうになる。
幼い頃のたった一度の出会いで、ここまで囚われてしまったことを、不思議に思いながら生きてきた。
それでも、ランティスは蜘蛛の巣に囚われたように、もがけばもがくほど、その気持ちから逃れることが出来ないのだと、さらに好きになってしまうだけなのだと、もう知っている。
「メルシアが近くにいる。いい夢だ」
「夢じゃないですよ。ずっと眠っていたんです」
「――――そうか。好きだ」
「はい?」
もどかしいほど、重い体を叱咤しながら、ランティスは起き上がる。
そして、ベッドの横に椅子を置いて座っていたメルシアに、ドスッと音がするほど勢いよく抱き着いた。
「わぷ?!」
「好きだ。メルシアが近くにいて嬉しい。好きだ」
「――――ランティス様?」
ラティがするように、メルシアに無邪気に突撃してきたランティスが、直後、ピシリと音がするほど急激に動きを止めた。
メルシアが見ているまに、その耳が赤く染まっていく。
(ランティス様は、耳から赤くなるんだよね。えっ、なにこれ。かわい……。尊い。うそ。私の推しの騎士様が尊すぎるのですが)
そのまま、おずおずと、ランティスは顔を上げ、メルシアをぼんやり見つめた後、「夢じゃない?」とつぶやいて、勢いよく離れる。その頬は、隠しようもなく赤い。
(ちょ、寝起きの推しが可愛すぎる件について王都中の人たちと分かち合いたい!)
メルシアは、しばらくの間、そのあまりの可愛さと、尊さに身もだえた。
ランティス様ラティバージョン。満足です(*´ω`)
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