月夜の狼 5
二人見つめ合う、甘い空気は、馬車が急停止したことで終わりを迎えた。
ランティスは、微笑んでいた瞳を鋭いものにし、窓の外に目を向ける。
馬車を取り囲む気配は、数人ではない。かなりの人数だ。
「…………何があっても、馬車から降りるな」
「ランティス様!」
「心配いらない。必ず守るから」
ランティスは、馬車の扉を開き、飛び降りると外側から鍵をかけた。
メルシアは、暗い馬車の中に一人取り残される。
「なぜ、フェイアード卿が乗っている。確かに、馬車には婚約者一人しか乗っていなかったとの報告を受けたのに」
「……なるほど。メルシア狙いというわけか」
獰猛に笑ったランティスの口元から犬歯が覗く。
剣を抜いたランティスに、敵う人間などそうはいない。
ただ、この人数。
そして、メルシアを背中に庇っている以上、時間制限付きだ。
「……どうせなら、もう少し早く襲って来ればいいものを」
あと10分。
負けるとは思えないにしても、この数を倒すには、ギリギリだろう。
「考えるだけ、無駄か」
スパリと、音もなく振るわれた剣が、月光を反射する。それ以上に、月を反射して輝くランティスの髪と瞳に、襲撃者たちは、思わず息を呑んだ。
体重など感じさせない、そして低い位置から繰り出される攻撃に、なすすべなく倒れていく襲撃者たち。戦場で対多数と戦い続けてきたランティスにとって、造作もないことだ。
「だが、時間切れ直前か」
御者をしていた侯爵家の騎士とともに、最後の一人を備え付けていたロープで縛り上げ、ランティスは息をついた。
その時、遠くから一本の矢が飛んでくる。
そして、一人の男が目の前に立った。
「増援……」
「様子見ていたけど、面白そうだから混ざることにした」
おそらくフードの下では笑顔だろう男の声には、まだ何処か幼さが残っているようだった。
その瞬間、ランティスの体が、熱を帯び始める。
「ち。おい、先に馬車を走らせろ、騎士団にベルトルトがいるはずだ」
ランティスは、御者に指示を出す。
敵に囲まれていない今なら、ランティスが抑えている間に、逃げ切れるはずだ。
「させない。依頼者に、彼女を連れてくるように、頼まれているんだ」
次の瞬間、手綱を切られた馬だけが、走り出す。馬車を取り残して。
「……っ」
「そんなに青ざめて、どうしたの? 別に俺なんて、相手にならないほど、強いでしょう」
ランティスは、熱さで荒くなりつつある呼吸を整えた。やるしかないようだ。
「……耐えろ」
この熱に、取り込まれてしまえば、ランティスの姿は狼へと変わる。
「まだ、ダメだ」
すでに、限界を超えて、燃え盛るような熱を持った体。知らずに、額から汗が滴り落ちた。
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