月夜の狼 3
ランティスは、物憂げな表情のまま、黙って外を眺める。
ランティスが、誰よりも大切に思う存在。
愛しい婚約者のメルシアは、今まさに馬車に乗り込もうとしていた。
「……メルシア」
次の瞬間、ランティスは狼の姿になっていた。自分の意思で。
「……」
そのまま、勢いよく階段を駆け下り、待てないとばかりに、二階のバルコニーから、庭に飛び降りる。
「っ、ラティ?」
執事のハイネスの手を借り、まさに馬車に乗り込んだばかりのメルシアが、驚いた様子で緑の瞳を瞬く。
ラティは、そのまま馬車へと乗り込んで、メルシアの向かいの席に陣取った。
「えっと、ラティ? 私、家に帰るのだけれど」
「ワフ……」
自分の意思で狼姿になったランティスには、普段と違い人間としての自我があった。
先ほど、見送ろうとしたランティスの脳裏を、先日の事件がよぎったのだ。
そばにいるべきだと思ったのなら、狼に姿が変わってしまうことを理由に、一人でメルシアを帰すべきではない。
ランティスは、狼姿であろうとメルシアが無事家に着くまで一緒に行くことを決めたのだった。
「……メルシア様を送っていかれるのですか?」
「ワフ」
「左様でございますか。その方が良いかと存じます。……行ってらっしゃいませ」
「え、あの、ハイネスさん?!」
慌てた様子のメルシアが、手を伸ばそうとした時に、扉は閉まり馬車は動き出してしまう。
「えっと、ラティ?」
「ワフ」
いつもと違う雰囲気のラティ。
メルシアは、少しだけ逡巡した後、「ランティス様?」と、呼んだ。
「ワフ」
普段であれば、ランティス様と呼ばれるのを嫌がるラティが、真っ直ぐメルシアに視線を合わせて返事をする。
それだけで、メルシアは、今、狼の姿であっても、いつものラティではないことを確信する。
「……もしかして、ご自分の意思で、姿を変えたのですか?」
ランティスは、自分の意思で狼になった時には、諜報活動くらいはこなせるのだと、メルシアは聞いたことがある。
つまり、今の状況は、そういうことなのだろう。
「ワフ」
今まで、メルシアの前で姿を変えることを拒んでいたようなランティス。
その心境の変化が、メルシアにはわからない。
「どうして?」
「……ワフ」
ランティスとしても、返事ができないことが、もどかしい。
メルシアの前で、自由に喋れない狼の姿は、受け入れ難い。それでもランティスは、メルシアのそばにいることを選んだ。
その時、暮れた空から月の光がほのかに馬車の中を照らし出す。
白銀の毛並みを輝かせる月の光。
幻想的な光景に、メルシアは言葉を失い、しばし見惚れた。
その時、フワリと向かいの席から隣に移動してきたラティがメルシアに少しだけ擦り寄った。
いつもの、わんぱくな印象の行動ではなく、愛しげに、幸せそうに。
次の瞬間、メルシアの真横には、メルシアを見つめて微笑むランティスの姿があった。
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