月夜の狼 1
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赤い髪をした騎士が振り返る。甘いマスク、その瞳は海よりも青い。
振り返った先には、高い位置で結んだ黒髪、少しだけ人を不安にさせるような紫の瞳、騎士服の上に黒いローブをまとった女性が立っていた。
妖艶な微笑みとその紫の神秘的ともいえる瞳のせいで、近寄りがたい印象を受ける。
「アイリス殿。……久しぶりですね。その節はお世話になりました」
「うん、シグナー卿、お久しぶりぃ。体の調子はどう? まだ、完全に復活は出来ないでしょ?」
「ご期待に沿えずというか……。完全に復活しています」
「おぉ? おかしいな。あの傷と出血。私がいくら治癒魔法をすぐにかけたって、騎士生命は危ういはずなのに。…………どうして? どうしてだと思う?」
小首をかしげた彼女は、口を開いた瞬間、見た目の印象より軽薄さをひとに与える。
それすらも、計算されているのではないかと、思えなくもない。
赤い髪の騎士、ベルトルト・シグナーは少しだけ、目の前の女性が苦手だ。
己の求める魔道の探求に忠実な、上級魔道士アイリス。
だが、先日の事件でメルシアをかばって倒れたベルトルトが、今も命をつないでいるのは、アイリスの治癒魔法のおかげ、それも事実だ。
それに加えて、ベルトルトの妹の恩人でもある。
「……はぁ。何が言いたいのですか?」
「うんうん。例の治癒魔法使った子。フェイアード卿の婚約者だって?」
「――――どこで、その情報を?」
「フェイアード卿は、よっぽど彼女のこと守りたいんだね? でもさ、人の口に戸は立てられぬってね。あの子、前々から狙われているんじゃないかな? フェイアード卿の婚約者という理由以外で」
ベルトルトはお人好しではあるが、人を見る目はある。
そして、目の前の上級魔道士アイリスは、苦手ではあるが、人をだましたり陥れるような人間ではないことも理解している。
それに、先日の事件。もしかして、光魔法を集めると見せかけて、本当に狙われていたのは……。
加えて、孤児院の子どもを狙った人攫いは、並の腕ではなかった。
ベルトルトは、ランティスには及ばないまでも、副隊長を任されるほどの剣の使い手だ。
そのベルトルトに、いくらメルシアと子どもをかばったからといって、簡単に致命傷を与えられる相手には、限りがある。まあ、ランティスの前では、赤子同然だったかもしれないが。
「情報の出どころ……。教えていただけるのでしょうか?」
「いいよ。交換条件」
おそらく、その情報の出どころと、先日の光魔法を使う人間を狙った事件はどこかでつながっている。
それは、長年、騎士団で調整役を担ってきたベルトルトの勘だ。
「――――条件とは」
「フェイアード卿の婚約者と、会わせてくれないかな?」
「ランティス隊長に、直接頼むべきでは?」
「うん。この間、フェイアード卿の婚約者の勤める治癒院の交代人員に立候補したんだけど、すげなく断られた。いやぁ、あの目、射殺されるかと思ったよね」
諦め半分のため息。
おそらく、アイリスが情報の出どころを交換条件に挙げていたなら、ランティスがそんな対応をすることはなかったに違いないのに。
「……君たち兄妹が、今日も元気なの、誰のおかげ?」
「そうですね。あなたには、恩がある」
それは、目の前のアイリスのおかげであり、ベルトルト兄妹のために、アイリスに自分の魔力を実験のために差し出してまで頼み込んでくれたランティスのおかげだ。
ベルトルトには、目の前のアイリスと、ランティスに返しきれないほどの恩がある。
「あ、そうそう。フェイアード卿の魔力の解析が終わったんだ」
「――――それは」
「婚約者の魔力も解析させてくれたらさ、なにかわかるかも?」
それは、願ってもないことなのかもしれない。
それと同時に、知りたくないことを知ってしまうという可能性が否定できない。
「…………ついて来てください」
「物分かりいいから、シグナー卿は好きだよ?」
好かれたくないな。興味を持たれると実験に巻き込まれそうだから、とベルトルトは、だいぶ本気で思った。
マッドサイエンティストならぬ魔道士。そういう設定好き(*´ω`)
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