お預けと溺愛 2
それから、しばらくの間、二人は黙って抱き合っていた。
温かい体温と、お互いの心臓の鼓動を感じながら。
「――――ラティと」
「え…………?」
「俺のこと、いつかみたいにラティと呼んで」
じっと、メルシアのまん丸い緑の瞳がランティスを見つめる。
口から出てしまった言葉。少しだけ、心許ない短い沈黙の時間に、やり直したいとすら感じるランティス。
「――――嫌だった……。だろうか」
ショックを受けたような表情と、狼姿の時のラティが重なる。
メルシアの口元から、軽い笑いがこぼれた。
「ふふ。いいえ? ただ……」
「ただ?」
「ランティス様とラティは、本当に同じなんだな、と思ってしまって」
「…………そう」
少しだけ歪んだランティスの口元は、意地悪気だ。
ラティは、こんな表情しない、とメルシアはその表情の変化に息をのむ。
「きゃ!」
頬に落ちた口づけと、ぺろりと一瞬だけなめられた頬。
メルシアは、思わず頬を小さな手で押さえる。
遅れて、その顔が熟れたイチゴのように赤くなっていく。
「ら、ら、ラティ?!」
「――――うれしいな」
「…………」
その瞬間、意地悪気に歪められていた唇が、とてもうれしいとは思えないように変化した。
切なげに見つめる瞳に、射すくめられたようにメルシアは目が離せなくなる。
「メルシア……。ずっと、そんな風に呼んでもらえるなら、狼の姿から戻れなくてもいいかとすら、思っていたんだ」
「――――ランティス様」
「ほら、君はすぐ俺のことを様を付けて呼ぶ。その距離を、縮めたいのに」
ラティと一緒にいられる時間は楽しくて。
ランティス様を推して、遠くから眺める時間は、幸せで。
(では、今こんなにも近くにいる、この時間は?)
胸が苦しい。
息が上がる。
顔が熱い。
この時間は、楽しいだけでは、言い表せない。
今までになく、ランティスはメルシアのそばにいる。
その時間は確かに細切れかもしれないけれど、ラティの姿から戻ったなら、また近くに……。
(ラティから、戻らなくてもいい? たしかに、ラティのこと大好きで、可愛らしいけれど。もはや、人生になくてはならない癒しですけど!!)
それでも、ラティは、メルシアの名前を呼ぶことは出来ない。最高に可愛いけれど。
「…………」
深刻な表情になって、俯いてしまったメルシアを切なげな瞳のままで見つめて、ランティスは長い息を吐いた。
「すまない……。近くにいられるようになって、欲深くなってしまっていたようだ」
「…………」
「こんなに、恋焦がれていた君のそばにいられることを、感謝……」
「ラティ」
諦めたように逸らされていた、ランティスの瞳が、まるで満月みたいに見開いた。
どこか、確かめるように、伺うようにその瞳が、メルシアに向けられる。
「――――ラティ。私、名前を呼んでもらいたいです」
「メルシア…………」
「遠くから見守っているの、最高に、人生を捧げてもいいほど幸せなんです。ランティス様は、私のあこがれの人で、誰よりも輝いていて、カッコいいから」
でも、目の前にいる人は、同じ姿かたちをしているけれど、推しの騎士様にしては、少し情けないところがあって、狼に姿を変えてしまうし、口下手で、それなのに愛情表現がかなり重い。
偶像として崇拝するような、推しの騎士とは少し違うランティス。
「――――私」
メルシアが、花が綻ぶように、頬を淡く染めて、潤んだ瞳でほほ笑む。
それは、まるで遠くからランティスのことを見つめていた時にしたあの表情と同じで。
「だから、私」
次の瞬間、目の前のランティスの姿は、狼になり「キュウン!」と悲し気な声を上げて走り去ってしまった。つまり、ランティスはラティで、ラティは……。
「え? いじけてしまった?!」
そう、名前を呼ぶことが出来ないラティは、いじけてしまったのかもしれない。
慌てて、メルシアは、ラティのことを追いかけるのだった。
ランティスとラティとメルシアの三角関係(;^ω^)
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