婚約破棄されましたけど、モフモフ愛でてもいいですか? 3
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メルシアは、最近ため息ばかりついていた。
ランティスを遠くから眺めるだけでいい、と思ったけれど、元婚約者が訓練場になんて現れたら迷惑に違いない。
そう考えてしまうと、身動きが取れなくなる。
遠くから騎士様で侯爵家のお方のランティスのことを、メルシアが見ることが出来る機会なんてほとんどないのだ。
「モフモフのラティにも会えない……」
メルシアは、ランティスが好きだった。
遠くからその姿を見ているだけで幸せで、好きなものを知ったり、最近の活躍の情報を集めるだけで、天にも昇る気持ちだった。
「――――恵まれていたんだわ」
大きなため息をもう一つ。
(婚約破棄しても、遠くから眺めるくらいなら出来ると思っていたんだけどなぁ)
貧乏伯爵家のメルシアは、少しでも家族の食い扶持になればと、治癒院で働いている。
ほんの少しだけ、光魔法の素養があるメルシア。
光魔法を持っている人は珍しいから、ほんの少しの治癒魔法でも、それなりに重宝されていた。
その時、治癒院の入り口が騒がしくなる。
「…………え?」
目の前には、ここ一週間姿を見ることも叶わなかった、元婚約者がいた。
「ランティス様…………?」
「――――約束を果たしに来た」
「は?」
グイッと手首をつかまれて、立ち上がらされる。
一瞬そのまま、抱き寄せられると思ったのは、メルシアの自意識過剰だったのだろう。
そのまま、今度は優しい力で、手を引かれた。
「……あの」
「治癒院には、午後からの半休を申し入れた。大丈夫、ほかの人間を派遣した。勤務の穴はあけていない」
「え?」
「――――行こう」
何が起こったのか理解が追い付かないまま、それでも、手が繋がれていることが嬉しくて、メルシアは黙ったままランティスに手を引かれる。
道行く人が、二人を振り返る。
メルシアは、治癒院の制服姿のままだ。白いフリルのついたエプロンと、細い水色のストライプのワンピース。
一方のランティスは、式典の帰りだったのだろうか。長いマントをなびかせ、装飾の多い騎士服を着用している。
ちぐはぐで、釣り合わない二人だとメルシアは思っているが、たぶん道行く人にとっては、騎士と治癒院の乙女の物語の一幕のように見えただろう。
(あわわ……。素敵すぎる)
ランティスは、こちらを見もせず、速足で街を通り過ぎていく。
息が切れて、体力がそれほどないメルシアが限界になりかけたころ、二人はフェイアード侯爵邸についた。
「はぁ、はぁ……。ランティス様? どういうことですか」
「……すまない、あまり残された時間がない」
何か大事な用事から、抜け出してきたのだろうか。
そんなに慌てるほど時間がないのに、メルシアをここまで連れてきたランティスの行動に、メルシアは首をかしげるしかない。
「あの?」
「約束したから。うちのオオカ……。ゴホンッ。犬にたまに会いたいと言っただろう?」
「えっ、あの」
「待っていても、会いに来ないから、迎えに来た」
あんな約束、もちろん無効だと思って諦めていたのに。
メルシアは思わず、花が綻ぶような笑顔を見せる。
「うれしいです! ありがとうございます」
「――――っ、俺は約束は守る」
いつもお茶会をしていた庭園に、いつものように用意されたかわいらしいスイーツとティーセット。
まるで、婚約破棄なんてなかったみたいだ。
「……メルシア。もしよかったら、いつでも来てくれないか?」
「え……。でも、私は」
眉をなぜか寄せて、困ったかのように笑うランティスから、メルシアは目が離せない。
(いつでも来ていいなんて、そんな社交辞令……。どうして、婚約破棄したのに)
いや、いつでも来ていいなんて、婚約者だった時にすら言われたことがない。
これは一体どういうことなのかと、メルシアは混乱した。
「じ、実は、あ、愛犬の元気がなくてな」
「え! ラティが?! …………あ、あの愛犬さんの?!」
「愛犬さん? …………は、はは!」
初めて笑った顔を見たのかもしれない。
笑うと少し幼いランティスの雰囲気の変化に、メルシアは視線が外せなくなった。
「ご、ごめんなさい。あの、飼い犬のお名前……」
「――――ラティと」
「え?」
「ラティと呼んで? メルシアには、そう呼んで欲しい」
とたんに、メルシアの頬は真っ赤になってしまった。
(ど、どうしよう。ほっぺが熱い。愛犬の名前、ラティって呼んで欲しいって言われただけなのに。こんなの勘違い女だって、引かれてしまう)
「え…………?」
それなのに、ランティスはメルシアから、目を逸らすこともなく真っすぐ見つめていた。
「――――っ、すまない。時間だ。ゆっくりしていってくれ」
それだけ言うと、ランティスは足早に去って行ってしまった。
いつものお茶会みたいに、メルシア一人を残して。
いつもと違うのは、メルシアの頬が真っ赤に色づいていること。
そして、メルシアにはもう見えないランティスの頬も、赤くなっていることぐらいだった。
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