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塩対応婚約者の裏側 5

 ***


 メルシアとランティスが、出会ったのは、その年の冬、初めて霜が降りた日だ。


 まだ、メルシアは幼くて、初対面の相手に人見知りをして、母親の後ろにくっついて離れなかった。

 ランティスは、6歳になって初めて、騎士を務める父の仕事について、メルセンヌ伯爵家を訪れていた。


 その頃から、白銀の髪にオリーブイエローの瞳、整った顔立ちのランティスは、美しい少年だった。


「はじめまして、僕はランティス・フェイアード。君は?」

「……メルシア」


 それだけ言うと、初めて会ったランティスのことが怖かったのか、メルシアは再び母親の後ろに隠れてしまった。


 ふわふわウェーブかかった淡い茶色の髪。

 まるで宝石を閉じ込めたみたいな、長いまつ毛に縁どられた丸い緑の瞳。

 美少女の部類にもちろん入るだろうメルシア。だが、その姿はどこか小動物を思い起こさせる。


 それでも、ランティスが、メルシアに抱いた初対面の印象は、「ものすごく可愛いな?!」くらいのものだった。


 初恋というには、まだ幼すぎたのだろう。

 そっと手を掴んで、「遊びに行こう?」とランティスは、メルシアを誘った。


 当時、メルシアはどちらかというと内気な少女だった。文官をしている父の仕事について、領地から王都に移り住んだメルシアには、友達もあまりいなくて、いつも弟とばかり遊んでいた。


「う、うん……」


 おずおずと、手が伸ばされ、ランティスの手に触れた。その瞬間だ、パチッと二人の間に火花のような魔力の伝達が起こったのは。


「え……?」

「いたた……」


 静電気でも起こったのだろうと、ランティスは、メルシアの手を握り直して、庭を駆けていく。

 ほんの数十分もすれば、子ども同士、すぐに打ち解けて仲良く遊び始めた。


 そして、事件が起きたのは、その直後のことだった。


「…………ワンちゃん!」


 小さな白い犬。


 厳密に言えば、それは白銀の毛をした狼の子どもだ。状況理解が追い付かないランティスに、幼いメルシアは、無邪気に抱きついてくる。

 その小さな手と、石鹸の香りにクラクラとした酩酊感と、どうしようもないほどの愛しさをランティスは感じた。

 それと同時に、メルシアのそばにいたくてたまらない衝動に駆られる。


「ワフッ」

「あれ……。ランティスさまは?」

「ワフッ!」


 ここにいると告げたつもりのランティス。

 けれど、口からこぼれ落ちたのは、まるで犬の鳴き声。


 それも、大した問題ではなく感じた。


 少なくとも、狼の姿に変わっていた、その時は。

 あとから考えれば、それはランティスの人生に最高の幸福と、あまりに大きな悩みを引き起こす出来事だったのに。

 

 気がつけば、再びランティスは、人の姿を取り戻していた。

 さっきまでの、幸せな触れ合いが忘れられないままに。


「あれ? ワンちゃんどこか行っちゃった?」

「…………メルシア、そろそろ父上たちが心配している。帰ろう」


 子どもの頃から、何度か狼の姿になることはあった。

 だが、ランティスにとって、それはコントロール可能なものだった。

 けれど、先ほどの狼化は完全に不測の事態だった。


「う、うん……」


 目の前にいるメルシアが、愛しくて仕方がない。ランティスは、今まで知らなかったその感情に戸惑いを覚えた。


「モフモフでね! 小さいお目目はお月様みたいなの。それですりよってきてね!」


 しかもメルシアは、先ほどあった小さな白い犬がどれほど可愛かったのか、最初の頃の人見知りが嘘のようにランティスに語り続けるのだ。


 ほどなく、二人は別れる時間になった。


「また、遊んでね? ラティ」

「……ラティ?」

「うん。ランティスさまなんて、長すぎるでしょう? だから、ラティと呼んでいい?」

「そうだね。これからも、ずっと、ラティと呼んで?」

「うん!!」


 幼かったメルシアには、その頃の記憶なんてないに違いない。それはランティスの初恋だった。


 ***


「……え? そんなに前からですか? しかも、侯爵家のご子息を愛称呼びって……」

「まだ、幼かったからな。だが、あれが俺の初恋だ。間違いない」

「えっ? は、初恋?!」

「そして、今も君に、恋している」


 メルシアは現在16歳。ランティスは、19歳。

 十年を優に超える時間、ランティスがメルシアのことを好きだったなんて、想像もしていなかったメルシア。


「――――君に会いたかった」


 そして、メルシアが、ちょっと他に類を見ないほど犬好きになってしまったのも、白い可愛らしい犬との出会いが原因なのだ。おそらく。


 そのあと、約束は果たされることはなかった。 

 その頃から、すでにメルセンヌ伯爵領では、魔獣発生の不穏な兆しが表れ始めていた。

 メルシアは、領地に戻ることになった父とともに、王都を離れた。

 

 魔獣の脅威にさらされながらも、騎士団の活躍や、メルセンヌ伯爵の統治力により、なんとか大災害とを乗り切ったときには、メルセンヌ伯爵領は、完全に疲弊していた。


 少しでも、家族の力になりたいと、光魔法を持っていたメルシアは、王都の治療院への就職を決めたのだった。


 そして、ランティスと、メルシアが再会するのは、あの事件の日だった。


ランティスの初恋。ちびラティを堪能していただければ幸いです(*'▽')


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それから、誤字報告、ありがとうございますm(_ _"m)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラティの目をお月様に例えてお話しするところが好きです^_^ 「ラティ」呼びはちびメルシアの提案だったんですね! 大人メルシアにも「ラティ」呼びされてしっぽブンブンのところを読み返してみま…
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