塩対応婚約者の裏側 5
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メルシアとランティスが、出会ったのは、その年の冬、初めて霜が降りた日だ。
まだ、メルシアは幼くて、初対面の相手に人見知りをして、母親の後ろにくっついて離れなかった。
ランティスは、6歳になって初めて、騎士を務める父の仕事について、メルセンヌ伯爵家を訪れていた。
その頃から、白銀の髪にオリーブイエローの瞳、整った顔立ちのランティスは、美しい少年だった。
「はじめまして、僕はランティス・フェイアード。君は?」
「……メルシア」
それだけ言うと、初めて会ったランティスのことが怖かったのか、メルシアは再び母親の後ろに隠れてしまった。
ふわふわウェーブかかった淡い茶色の髪。
まるで宝石を閉じ込めたみたいな、長いまつ毛に縁どられた丸い緑の瞳。
美少女の部類にもちろん入るだろうメルシア。だが、その姿はどこか小動物を思い起こさせる。
それでも、ランティスが、メルシアに抱いた初対面の印象は、「ものすごく可愛いな?!」くらいのものだった。
初恋というには、まだ幼すぎたのだろう。
そっと手を掴んで、「遊びに行こう?」とランティスは、メルシアを誘った。
当時、メルシアはどちらかというと内気な少女だった。文官をしている父の仕事について、領地から王都に移り住んだメルシアには、友達もあまりいなくて、いつも弟とばかり遊んでいた。
「う、うん……」
おずおずと、手が伸ばされ、ランティスの手に触れた。その瞬間だ、パチッと二人の間に火花のような魔力の伝達が起こったのは。
「え……?」
「いたた……」
静電気でも起こったのだろうと、ランティスは、メルシアの手を握り直して、庭を駆けていく。
ほんの数十分もすれば、子ども同士、すぐに打ち解けて仲良く遊び始めた。
そして、事件が起きたのは、その直後のことだった。
「…………ワンちゃん!」
小さな白い犬。
厳密に言えば、それは白銀の毛をした狼の子どもだ。状況理解が追い付かないランティスに、幼いメルシアは、無邪気に抱きついてくる。
その小さな手と、石鹸の香りにクラクラとした酩酊感と、どうしようもないほどの愛しさをランティスは感じた。
それと同時に、メルシアのそばにいたくてたまらない衝動に駆られる。
「ワフッ」
「あれ……。ランティスさまは?」
「ワフッ!」
ここにいると告げたつもりのランティス。
けれど、口からこぼれ落ちたのは、まるで犬の鳴き声。
それも、大した問題ではなく感じた。
少なくとも、狼の姿に変わっていた、その時は。
あとから考えれば、それはランティスの人生に最高の幸福と、あまりに大きな悩みを引き起こす出来事だったのに。
気がつけば、再びランティスは、人の姿を取り戻していた。
さっきまでの、幸せな触れ合いが忘れられないままに。
「あれ? ワンちゃんどこか行っちゃった?」
「…………メルシア、そろそろ父上たちが心配している。帰ろう」
子どもの頃から、何度か狼の姿になることはあった。
だが、ランティスにとって、それはコントロール可能なものだった。
けれど、先ほどの狼化は完全に不測の事態だった。
「う、うん……」
目の前にいるメルシアが、愛しくて仕方がない。ランティスは、今まで知らなかったその感情に戸惑いを覚えた。
「モフモフでね! 小さいお目目はお月様みたいなの。それですりよってきてね!」
しかもメルシアは、先ほどあった小さな白い犬がどれほど可愛かったのか、最初の頃の人見知りが嘘のようにランティスに語り続けるのだ。
ほどなく、二人は別れる時間になった。
「また、遊んでね? ラティ」
「……ラティ?」
「うん。ランティスさまなんて、長すぎるでしょう? だから、ラティと呼んでいい?」
「そうだね。これからも、ずっと、ラティと呼んで?」
「うん!!」
幼かったメルシアには、その頃の記憶なんてないに違いない。それはランティスの初恋だった。
***
「……え? そんなに前からですか? しかも、侯爵家のご子息を愛称呼びって……」
「まだ、幼かったからな。だが、あれが俺の初恋だ。間違いない」
「えっ? は、初恋?!」
「そして、今も君に、恋している」
メルシアは現在16歳。ランティスは、19歳。
十年を優に超える時間、ランティスがメルシアのことを好きだったなんて、想像もしていなかったメルシア。
「――――君に会いたかった」
そして、メルシアが、ちょっと他に類を見ないほど犬好きになってしまったのも、白い可愛らしい犬との出会いが原因なのだ。おそらく。
そのあと、約束は果たされることはなかった。
その頃から、すでにメルセンヌ伯爵領では、魔獣発生の不穏な兆しが表れ始めていた。
メルシアは、領地に戻ることになった父とともに、王都を離れた。
魔獣の脅威にさらされながらも、騎士団の活躍や、メルセンヌ伯爵の統治力により、なんとか大災害とを乗り切ったときには、メルセンヌ伯爵領は、完全に疲弊していた。
少しでも、家族の力になりたいと、光魔法を持っていたメルシアは、王都の治療院への就職を決めたのだった。
そして、ランティスと、メルシアが再会するのは、あの事件の日だった。
ランティスの初恋。ちびラティを堪能していただければ幸いです(*'▽')
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