塩対応婚約者の裏側 3
「あの、ランティス様は……本当にラティなのですか?」
たしかに、目の前で姿が変わるところをメルシアは確認している。
それでも、あまりの違いに、信じられないという気持ちが先に立ってしまうのだ。
「――――俺は、俺だ。ただ……」
「ただ?」
「…………好きだ、メルシア」
「えっ、ええ?! きゅ、急にどうしたんですか?!」
そばに寄って、土下座しているランティスの前にしゃがみ込めば、メルシアが想像もしていなかった言葉が伝えられる。
まったくもって、心臓に悪い。
「好きだ。メルシアが好きだ。今だってこんなにも好きなのに、狼になるとそれしか考えられなくなる」
「え?」
「狼の姿になった時、それまでの記憶や感情はある程度、残っているのだが、価値基準や行動が人間とは、完全に違うんだ」
「ええ?」
つまり、狼姿の時には、ランティスは狼になりきっている。そういう認識でいいのだろう。
でも、とメルシアは首をかしげる。
「え? でも、おかしいですよ」
「…………ああ、そうだな。やっぱりおかしいし、気持ち悪いだろうな」
「ち、違います! 違うんです」
「では、何が違うというんだ」
こんなことを言っていいのだろうかと、しばらくの間、メルシアは逡巡した。
けれど、ランティスが狼姿のラティになることを教えてくれたのは、生半可な覚悟ではなかったことも理解している。
だから、隠し事は、もうなしだ。
「だって、初対面から、ラティは私のことが好きだと、前面に押し出してきてましたよ」
「…………それは」
「――――ランティス様?」
上目遣いにメルシアが、体を折り曲げて見上げれば、分かりやすくランティスは体を震わせた。
「うぐ、かわいすぎか。……そ、そうだな。隠し事はなしだ。つまり、その。……ずっと、好きだったから」
メルシアは、あまりに予想外、とばかりに、キョトンと長いまつ毛に縁どられた、エメラルドのような瞳を瞬く。
「え? だって、塩対応だったではないですか」
「…………塩対応とは?」
「塩対応は、塩対応ですよ」
「……そうか。だが、俺は、婚約なんてする前から、いや、厳密にいえば」
しかし、その言葉の続きは、語られることはない。
再び、メルシアの目の前には、しっぽをちぎれそうなほど振ったラティがいた。
「ワフ!」
「わぷ?!」
再び、メルシアは押し倒される。今度は床に。
幸い、フェイアード家の絨毯は、毛足が長くてふかふかなので痛くない。
でも、先ほどの土下座が脳裏をよぎる。
こうしている間の記憶は、しっかりランティスに残っているらしい。
「あぅ…………。と、いうことは?」
婚約破棄の日に、あんなに号泣して、ラティに話したメルシアの本音も、全部ランティスは知っていたということではないか。
そして、今現在、ランティスのシャツと下着だけというあられもない姿で、床に押し倒していることも。
「ちょ、ちょっと! まって! まて、ラティ!」
「キュ、キュウンッ!」
一瞬、我に返ったらしいラティが、壁際まで走り去って、きちんとお座りをした。
狼にも、待て、が有効だということを、この日メルシアは初めて知ったのだった。
次の更新は、夜です。
ちなみに、甘いです。お楽しみに( ^ω^ )
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