塩対応婚約者の裏側 1
「ラティ……」
夢の中で、恐怖にがんじがらめになりかける度、フワフワの触感に心癒される。
メルシアの隣には、一晩中温かい気配があった。
「――――すまない」
ギュッと、抱きしめられて、目を開ける。
先ほどまで、確かに温かい毛並みに顔をうずめていたのに、今は逞しい腕の中だ。
「……ラティは、ランティス様だったのですね」
「……君に生き恥をさらすくらいなら、死んだほうがいいと思っていた」
「死んだらダメですよ?」
「……わかった」
人間が、犬になることがあるなんて。
聞いたことがなかったわけではない。でも、それはあくまで神話やお伽噺の話だ。
メルシアは、先ほど、ラティの毛並みにしたように、ランティスの胸元に顔を摺り寄せた。
針葉樹に咲きかけの花の香りが混ざったみたいで心地よい。
(もっと早く、話してくれたら良かったのに)
でも、外側からのランティスしか知らなかったメルシアが、それを受け入れることは出来ただろうか。
(推しの騎士様が、モフモフの大型犬に? ……なんですか、その展開)
「メルシア、すまない。君が望むなら、今度こそ婚約破棄を受け入れよう」
「なんですか、それ」
「メルシア?」
「…………推しの騎士様が、モフモフの大型犬に? なんですか! その素晴らしすぎる夢展開!!」
「…………は?」
まだ、信じられない気持ちでいっぱいなのだとしても、受け入れられないという気持ちがこれっぽっちも湧かないメルシア。
一つだけ、今すぐに伝えられるのは、推しへの大きすぎる愛だ。
「私は、どんなランティス様でも、大好きですよ?」
「――――メルシア」
「……大好きです! 遠くから見ているだけで、生きる気力になります。騎士として働いている姿、訓練している姿、あまりに尊いです。運良く近くで見られた時には、心臓が止まりそうになります。低い声は甘くて取っておきたいほどですし。え? その上、モフモフの大型犬に? 夢を具現化した存在。推しが尊すぎる!」
「………………恐縮だ」
そこまで推しへの愛を一息に言い切って、メルシアはようやく、目覚めたばかりの素直すぎる思考から覚醒してきた。
「…………あれ?」
この状況は、どういうことだろうか?
こんなに近く、しかもベッドの中で、推しの美貌の騎士様に抱きしめられているこの状況は……。
「え、あ! ひぇ。ひえええええ?!」
バサリと布団をどけて、ベッドから転がり落ちると、メルシアは勢いよく壁際まで下がった。
「ど、どうして! どうして、一緒に寝ているんですかぁ?!」
「どうしてって……。メルシアが、俺の上着を掴んだまま、放してくれなかったから……」
「え? え?! ご、ごめんなさい!」
「どうして謝る? 俺にとっては、ご褒美でしかなかった」
パチリと瞬かれた緑の瞳。
あっという間に、真っ赤に色づいていく、丸みを帯びた柔らかそうな頬。
その顔を眺めていたランティスが、思わずといったように口元を緩める。
「少しだけ、話を聞いてもらえるかな? たぶん、30分もすると、また姿が変わってしまうのだが」
「わ、わかりました! そのあと、もふってもいいですか?」
「――――好きにして欲しい。だが、一つだけ訂正したいことがある」
「…………はい。なんでしょうか?」
ごくりと喉を鳴らしたメルシア。眉を寄せるランティス。
「俺は…………犬じゃない! 狼だ!」
――――どちらにしても、かわいいなぁ。
緊張感のかけらもなく、能天気にメルシアはそう思ったのだった。
予告を覆す勢いで、ヒロインの推しへの愛がヒーローからの溺愛に一本勝ちしてしまいました。
次回、溺愛。
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