長期休暇はモフモフとともに 5
ラティが、屋敷を飛び出した時、メルシアは事件に巻き込まれていた。
(人生二度目の命の危機?!)
メルシアは、自分のうかつさを呪った。
けれど、どうすることもできない。
「……こんなことをして、ただで済むと」
「光魔法を持っている人間は希少だ。その自覚がないのが悪い、そう思わないか?」
「――――っ」
逃げようにも、すでに路地裏に連れ込まれて、逃げ場を失ってしまった。
最近の王都は、治安が悪くなる一方だ。
ランティスが忙しいのは、王都の治安を守るためでもある。
もちろん、いつも、メルシアは、周囲に気を配って生活している。
光魔法を持つ人間が攫われる事件が、最近いくつか起きていたから、なおさらだ。
まさか巻き込まれるなんて。
「…………まあ、でも。殺しはしないさ、光魔法が欲しいだけだ」
「え?」
そういえば、事件に巻き込まれた人間は、みんな命まではとられなかった。
その代わり、魔力が枯渇するまで、光の魔力を奪われてしまったのだ。
通常であれば、魔法を使うことが出来るまで、しばらくかかるだろうが、命に別状はない。
(――――魔力の枯渇……。普通であれば、しばらく気を失う。それだけで済むだろうけれど)
けれど、メルシアの場合はそういうわけにはいかない。
なぜならば、一度メルシアは……。
バシャンッと、甘い香りのする液体を頭からかけられたメルシア。
(……ランティス様!)
猛烈な眠気が襲ってくる。
メルシアの魔力は、一度焼き切れてしまっている。
それは、騎士ベルトルトを助けるために、魔力の限界を超えて治癒魔法を行使したせいだ。
『今度、魔力を枯渇させるようなことがあれば、光魔法どころか、魔力を使うことができなくなる。運が悪ければ、命にも関わる。無茶をしないことだ』
治癒院の、院長の言葉が頭の中に警笛を鳴らすように響き渡る。
けれど、すでに眠気は限界を超えて、どうすることもできない。
ドサリ……。と倒れたメルシアは、連れ去られてしまうのだった。
***
『ワフ! ワフッ!』
遠くからラティの吠える声が聞こえた気がして目を覚ましたメルシアは、丸いスノードームのような透明なガラスの中に閉じ込められていた。
メルシアは、そこに満たされた紫色を帯びた冷たい液体に、すでに胸元まで浸かっていた。
(寒い……。寒いよ)
思わず体を抱きしめるように腕を回す。
物理的に液体が冷たいだけではない。魔力がどんどん溶けだしている。
(――――これは、まずいかも)
すでに、魔力の流れが滞り始めている。
メルシアの体は、魔力枯渇寸前まで追い詰められていた。
目の前には誰もいない。
あと少しだからと、監視が緩められたのだろうか。
(何とか、ここから出なくちゃ)
けれど、ガラスでできたドームは頑丈で、出入り口も見当たらない。
おそらく、何らかの魔法を使うか、物理的に破壊しない限りは、外に出られなそうだ。
「――――ああ。ラティが、心配する……」
もうろうとしてきた意識の中で思い出すのは、ぐるぐると心配そうにメルシアの周りをまわっていたラティの姿だ。
それに、ランティスは、どんな顔をするだろうか。
ベルトルトが、凶刃に倒れた時のように、何でもないとでもいうような無表情のままなのだろうか。
それとも……。
なぜか、ランティスの泣きそうな顔がまた、一瞬歪んで浮かび、そして消えていく。
あんな顔、もうさせたくないのに……。その瞬間、急にメルシアは恐怖に囚われてしまった。
「あ……。や、やだ。ランティス様! ラティ!」
その時、傾きかけていた古い扉が吹き飛んだ。
蹴破られた扉を見つめるメルシアの瞳に、ランティスの姿が映り込む。
「メルシア!」
ガチャンとガラスが破壊されると、メルシアが浸かっていた溶液が流れ出す。
続いて、破壊されたガラスの隙間に手が差し込まれ、その腕が傷つくのもいとわずに、メルシアは抱き寄せられた。
「無事か……」
「ごめんなさい、ランティス様。……ご迷惑を」
「っ、迷惑なはずないだろう! どれだけ心配したか!」
ほのかな体温に、ようやくメルシアは、安堵した。
(うっ、でも……さすがに、魔力を失い過ぎた)
「魔力が枯渇しかけているのか。それにしては、体温の低下が異様に。…………っ、メルシア。まさかあの時に」
メルシアの様子を見て、事態を理解したランティスの顔に焦りが浮かぶ。
「完全に、魔力がなくなったわけではないから。大丈夫、です」
「やせ我慢している場合じゃないだろう」
ランティスは、メルシアを横抱きにすると、フェイアード侯爵邸に向かって走り出した。
やっと、この次の次ぐらいから、吹っ切れたランティス様からの溺愛ターンになります。(あるいは、犬からの溺愛)
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