長期休暇はモフモフとともに 3
(……今日は、お庭ではないのね)
そのことを、少しだけ残念に思いつつ、家に入れたくないのではないのかと思っていたことが否定されて安心もしたメルシア。
忙しいのだろうか、今日も、ランティスは足早だ。
長期休暇を取ったのも、もしかしたら、用事があっただけなのかもしれない。
侯爵家の長男としての役割もあるだろう。ランティスは、いつだって忙しい。
メルシアとの月2回の婚約者としてのお茶会も、いつも30分を越えることがなかったのだから。
そうだとすれば、押しかけてきて、やはり迷惑だったのではないかと、メルシアは思う。
「……それで、今日はマントを返しに来てくれたのかな?」
ずっと、ランティスのマントを後生大事に抱えていたことに気がついたメルシアは、再び赤面する。
名残惜しさをぬぐい切れないまま、ランティスに差し出したマント。
(あっ、しわになってしまった……)
フェイアード侯爵家に案内されてから、ずっと無意識に抱きしめていたせいで、しわになってしまっている。
「ごめんなさい! あの、しわになって……」
「メルシアはずっと、俺のマントを抱きしめていたからね」
「っ……あ、あの」
「それだけのことなのに、俺は」
するりと、マントがメルシアの手から、ランティスの手に渡る。
愛しいものが戻ってきたとでもいうように、ランティスがマントに長い指を滑らせた。
二人の間に、沈黙が訪れる。
心臓の鼓動が、ランティスに聞こえてしまうのではないかと、メルシアは動揺する。
「――――でも、きっと、マントを返しに来たんじゃないだろう? メルシア」
うつむいたままの、ランティスが小さな声でつぶやいた。
いつも、低いよく通る声をしているランティスが、こんなに自信なさげにしゃべるなんて滅多にない。
「……長期休暇を取ったと聞きました」
「ああ。休暇がたまっていたからね……」
「今までそんなこと、ありませんでしたよね?」
ずっと、遠くから見ていたことや、情報を手に入れていたことに気がつかれたら、もっと嫌われてしまうかもしれない。それでも、メルシアはそのことを聞かないわけにはいかなかった。
(私とのことが、関係しているなんて思うのは、自意識過剰なのかな。でも……)
すっと、ランティスの瞳が細められた。
やはり、今回のことにはメルシアが関係しているに違いない。
「……少しでも長く、メルシアと過ごしたいと思っただけだ」
「え。………………えぇっ?!」
「それで、気がついたら長期休暇を申請していた。……メルシアの予定も聞かずに、迷惑だっただろうか。しかも、騎士団を休んでも……時間が細切れにしか取れない」
「迷惑なんて……そんな」
うれしいです、と言えたならどんなにいいだろうか。
でも、ランティスの意図が掴めないメルシアは、その言葉を続けることがどうしてもできなかった。
「もし、できるなら、できる限りこの屋敷にいてもらえないかな? ……無理を言っているのはわかっている。だけど」
「わかりました!」
だって、どう考えても、ランティスは何かを抱えている。
メルシアは、ランティスのことが心配で仕方がない。
「私にできることなら、何でもしますから!」
グッとこぶしを握り締めて、メルシアは宣言する。
その言葉に、ランティスはなぜか露骨に眉を寄せた。
「……ほかの人間の前で、そんなこと言ったらだめだから」
「ランティス様くらいにしか、言いませんよ」
「……ある意味、もっとだめだ」
それを言うなら、ランティスだ。
婚約破棄の日に「なんでも叶えると誓う」と、心配になってしまうほどの言葉をメルシアに言ったのは、いったい誰なのだ。
頬を膨らませたメルシアを見つめるランティスは、そっと淡い茶色の髪を一房すくい上げる。
(え…………っ)
まるで、それは王子様がお姫様にするような口づけだ。
茫然と見つめるメルシアと、どこか思案気な瞳で、口づけを落とした髪を見つめるランティス。
「……ラティと遊びながら、待っていてくれるかな。用事を済ませないといけないから」
(そういえば、いつもそうだ。ランティス様は、私と短時間しか一緒にいられないと告げる時、いつも目を合わせてくれない)
そのことに、少しだけ違和感が残る。
「今日も、治癒院で仕事だよね。戻ってきたら、その時に送っていくから」
「あの、ひとりで行けます」
「――――最近王都で起きている事件知っている? メルシアは危険なんだから自覚して」
今度の言葉は、真っすぐメルシアの瞳を見つめながら告げられる。
たしかに、最近王都では光魔法の持ち主をターゲットにした事件が、頻発していた。
騎士団がすでに捜査に乗り出しているらしいが、犯人は捕まっていないらしい。
一緒にいるのが嫌というわけではない、そしてメルシアのことを心配してくれているのも理解できる。
けれど、いつもランティスが一緒にいてくれるのは……。
(30分に満たない……?)
ランティスは、どう考えても行動と言葉が伴っていない。
それなのに、メルシアを見つめる視線は、熱を感じるほど真剣で真っすぐなのだった。
そろそろ、気になる核心に迫ります(*'▽')
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